第204話 キルミスの最期


「とうとう、こんな事になっちゃった」


 キルミスが嘆息混じりに苦く笑う。


「おまえ1人で、何かやれるつもりか?」


 俺は細剣を手にキルミスの双眸を見つめた。


 互いの距離は50メートルほど。

 無いに等しいが・・。


「まだ、やれるさ・・まだまだ遊び足りないんだ」


「うちには鼻が利く奴がいる」


 ラースの事だが、キルミスには何のことだか分からない。


「そう?」


「そいつが、お前の複製体クローンを捜し当てた」


「・・そう」


「霊糸は切った。気付かなかったか?」


 東西の大陸に別けて、キルミスにそっくりな複製体クローンが隠されていたのだ。そのことごとくをラースが掘り当てて潰していた。あの銀毛の魔獣にとっては楽しい遊びだったのだろう。探索と破壊を命じられ、大喜びで大陸中を駆け巡った結果だ。


「・・バックアップも駄目か。本当にうざいよね・・おまえ」


 キルミスが舌打ちをした。


「敵に好かれるようでは困るからな・・エリカ」


「はい」


 エリカの返事が聞こえると同時に、周囲の景色が一変した。


 そこは、乳白色をした床や壁・・。


 半球状をした出口の無い闘技場の中だった。


 無論、ここを創ったのは俺自身だ。外部からの魔素は一切遮断され、魔技や魔法が禁じられた空間になっている。半径は100メートルほど。身を隠す何物も無い。


 そして、エリカが転移させたのは、俺とキルミスのみだ。



「ふうん、考えたね・・でも、ボクは元々魔法とか使えないし、いくつかの魔導具が使えなくても関係無いんだけど?」


 閉じた空間を見回しながら、キルミスが小首を傾げて見せる。着ている強化服に自信があるのか、まだまだ余裕のある表情だった。



「そうかな?」


 俺は、細剣を眼前に直立させた。左手の騎士楯を腰元へ引きつける。



「古風だねぇ・・」



「カンスエルの動きは筒抜けだった」



「うん?・・なんだって?」



「お前の動きも筒抜けだったぞ?」



「・・何を言っているのかな?」



「まだ気がつかないのか?」


 軽く足を踏み出して、細剣をキルミスの喉元めがけて繰り出した。


 挨拶代わりの刺突だ。


 キルミスが、光る剣のような物で打ち払って、逆に俺の方へと斬りつけてくるのを、騎士楯で防ぎながら再び距離を取る。



「前もって動きを知っていたからこそ、こうして準備をすることができたんだ」



「・・確かにね。カンスエルの時はおかしかったよ。すべて先回りされちゃったし・・」


 キルミスが眼を眇めて俺を見る。



「少し、速度を上げるぞ」


 短く告げて、鋭く踏み込みざまに刺突の連撃を繰り出した。

 余裕を持って防いだように見えたキルミスだったが、いつ貫かれたのか、脇腹に貫通痕が刻まれている。



「・・痛いな」



「もう少し速くしよう」


 そう告げた時には、大きく飛び退ったキルミスの右肩から胸元にかけて鈍色の衣服に穴が開いていた。


 痛みより怒りで顔を歪めたキルミスを見ながら、俺は細剣を軽く振って、再び眼前に直立させた。



「強化服を着て、その程度か?」



「・・いい加減にしろよ」



「お前がな」


 俺の手元で細剣が掻き消えた。直後、躍り上るようにしてキルミスが両手に光る剣を握って打ち払う。



 しかし、



「・・がっ・・ぁ!」


 キルミスが苦鳴を漏らし、身を震わせた。


 両脚、その膝から下が千切れていた。強化服が緊急的に収縮して体液の流出を食い止める。魔法も魔技も使えない空間だ。キルミスが為す術なく白い床に転がっていた。



「な、なんで・・」


 キルミスの眼には、俺の細剣が見えなかった。強化服が動体視力を最大値に調節しているというのに・・。



「お粗末だな」


 俺は小さく嘆息しながら、細剣を繰り出して、キルミスの両肘を貫き徹した。



「ぁぎぃぃ・・や、やめろ!」



「肉片を残すと再生するらしいからな・・」


 俺は床に落とした腕と脚を拾い上げて、左腕の厄災種に喰わせた。



「な、なんで・・どうして、それを知って・・」



「・・って、った」



「あの時の? だけど、管理局には知られてなかったはずだ!」



「最近、船で食料が運ばれて来た。味はともかく量だけはあった」



「・・・まさか」


 キルミスの顔が恐怖に歪んだ。



「何万年待っても、ミシューラの移民は来ない」


 俺は細剣を鞘に納めた。代わりに左手をキルミスに向けて伸ばした。



「よ、よせっ!」


 唯一動かせる頭を振って、懸命に逃れようとするが・・。



「あきゃぁぁぁーーーー・・」


 下腹部が何かにかじり取られて消えていた。すかさず、強化服が収縮して肉体の崩壊を留め、生命維持薬を分泌し、傷口の応急保護膜を塗布する。



「ひぎぃぃぃぃ・・」


 左の肩が大きく抉られ消失した。さらに、続けて右肩も消える。


 キルミスの絶叫が閉じた空間に響き渡った。



「お前の知識は美味そうだ」


 俺は、キルミスの頭に左手を置いた。



「や・・やめ・・・やめてく・・」


 弱々しく懇願するが、



 ・・ジュバッ・・


 短い咀嚼そしゃく音と共に鼻から上が喰われて消えた。



「まだ、話せるだろう?」



「・・も・・う・・終わらせ・・くれ」


 喉元から鼻までしかない状態で、キルミスが呻く。



「言い残すことはあるか?」



「・・どう・・し・・わかっ・・」



「カンスエルにも、お前にも、薔薇を植えてある。それだけだ」


 俺の左手が残っていたキルミスを喰い尽くした。

 その左手を上へと掲げる。


 大気に混ぜて逃れた素子があるのだ。残せば、キルミスが蘇る。


「総てを喰らえ・・」


 俺のささやきに応じて左腕が変容して透明な触手が無数に生え伸び、閉ざされた空間の中を埋め尽くしていく。


 やがて、ぽつり、ぽつり・・と血が滴るように色づきながら、深紅の薔薇の花を咲かせ始めた。


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