第91話 エルフ里の防衛戦
「いや、行き違いで迷惑をかけた。悪かった。申し訳無い」
魔獣討伐の礼を言うエルフ達に向かって、俺は頭を下げて謝った。先制攻撃が信条なんだ・・と、こちらが攻撃した理由を説明しておく。
「じゃあな」
立ち去ろうとしたところで、
「先生っ」
エリカとリコに袖を掴んで引き留められた。
「ルーアリーさんを送りに来たんですよ?忘れてないですよね?」
「・・ぁ」
俺は虚を突かれた思いで声を漏らした。
確かにそうだった。
完全に失念していたが・・。
いや、古種エルフの護送は少女達の任務だろう。俺の役回りは、厄災種の退治だった気がするが・・。
「この辺りに、古種の里があると聴いた。案内を頼みたい」
とってつけたような俺の依頼に、ぽかんとした顔でエルフ達が眼と口を開けた。
「シン殿・・」
そっと声をかけてきたのは、護送中の古種エルフ、ヒアン・ルーアリーだった。
「ん?」
「その・・この方達が古種のエルフです」
困り顔で言うヒアンの顔をしばし見つめ、俺は居並ぶエルフ達を振り返って神眼・双を起こした。
「ぁ・・そうなんだ」
全員が古種エルフだった。
「・・ああ、じゃあ、ここが里?」
俺は何も無い巨樹の森を見回した。
家屋らしき物が見当たらないが、エルフというのは野山の獣のような暮らしをしているのだろうか。
「里は・・恐らく・・」
「・・先ほどの魔物によって」
エルフの男が沈鬱な顔で呻くように言った。俺が電流で殺しかけた若者だ。この場に居るエルフの中では隊長格の者らしい。
俺は無言のままリコを見た。
「樹の上に家が作られた場所・・樹が幹ごと折られて滅茶苦茶です。真っ黒な目玉みたいなのが何匹か浮かんでいます」
「ふうん・・厄災種はいるかな?」
「どうなんでしょう?ただの大きな目玉みたいですけど・・」
「まあ良い。ヨーコは、ラースを連れて先行。その目玉の魔物を片付けろ。リコとサナエは、エルフを護りながら・・・」
言いかけて、俺は左手の木々の間へ眼を向けた。
ボロを纏った骸骨のようなものが宙を舞いながら迫って来ていた。
「あれは、サナエがやってくれ」
「はい~」
「ヨーコとラースは行け」
「はいっ!」
ドンッ・・という衝撃を残して、大地を蹴ったヨーコが放たれた矢のように疾走して行く。後ろを喜び勇んで銀毛の魔獣が追いかけていった。あいつは遊びのつもりかもしれない。
「リコ、サナエと組んで周辺の掃討だ。死霊の類いはサナエに回せ」
「はい! エリ・・トカゲっぽいのが18体来てる。なんだか、黒くてヌメってしてるよ」
「見せて・・」
エリカがリコの手を握る。わずかな間を置いて、すうっと瞬間移動で消えていった。
「鬼装・・」
俺は漆黒の鬼鎧を纏った。騎士楯を取り出して左手に握る。その騎士楯を軽く振って、動こうとしたエルフ達を制した。
「邪魔になる。そこから動かないでくれ」
「し、しかし・・」
何かを言いかけたエルフの男を見据えたまま、俺は左手を上空へ持ち上げて放電した。
巨樹の上から襲来しようとしていた羽根の生えた蜘蛛のような形状の生き物が、ドシッ、ドシッ・・と重たい地響きを立てて降り注いでくる。いずれも、わずかに足を震わせていたがそのまま死んでいった。下から見た腹の感じは蜘蛛のようだったが、背は硬い甲皮が被っていて甲虫のようにも見える魔物だった。
いずれも即死だ。
(麻痺放電・・なんだよな?)
麻痺という名称に疑問を覚えたくなるが・・雑魚を散らす威力としては申し分ない。
「魔族の使役蟲・・」
エルフの若者が憎悪の視線を蟲の死骸に向けて呟いたのが聞こえた。
(魔族の・・?)
蟲の死骸を踏みつぶしてみたが、この蟲っぽいのには血魂石は無かった。
サナエが片手棍の一撃で、宙を舞う骸骨を粉砕し、さらに派手な聖光を放って白い煙の塊のような死霊をまとめて滅していた。のんびりした声で技の名前を叫ぶ癖だけは、なんとかして欲しい・・。
そこへ、
「・・リコ?」
姿を消していたエリカが戻って来た。小声で何やら告げて再び消える。小さく頷いて、リコが俺に近付いて来た。
「エルフの里とは別に・・・この先に大きな骨の龍が居ます。こいつだけ、他の魔物とは気配が違う・・ように見えます」
「よし、他のやつの掃討はリコが指揮をとれ。俺はその骨をやる」
「はい!」
「ジチョウ ダイジ トテモ ダイジ」
リコとサナエに見送られて、俺は身軽く地を蹴ると、巨樹の幹から幹へと身を躍らせながら骨の龍が居るという方向へ向かった。
すれ違いで見失わないよう神眼・双を起こしている。
(・・術者? 妖鬼か?)
ちらと見えたのは、骨の龍とは別物だった。
(まあ、敵だろ・・)
細剣技:7.62*51mm に付与を総盛りにしてローブ姿の何かをずたずたに打ち抜く。そのまま駆け抜けると、行く手に骨の龍とやらが見えてきた。
「風刃・・」
右手を差し伸ばして、風刃で狙い撃ってみる。
しかし、骨に届く前に霧散して消されてしまった。魔法が効かないか、効き難いかのどちらかだろう。
(デカいな・・)
近付けば近付くほどに、聳え立つような大きさが分かってきた。
蹲るようにしているが、その剥き出しの頭蓋骨まででも地上から50メートルはあるだろう。
(・・ただ、弱いな)
これは図体が大きいだけの見かけ倒しだ。少しばかり魔法の効きが悪いのかもしれないが・・。
俺は駆け寄るなり、左手の騎士楯でぶん殴った。
それだけで、直接当たった所はもちろん、触れていない場所までが粉々になって飛び散っていた。ただの殴打で、骨の龍のおよそ半分近くが瓦解して崩壊していく。
再生阻害・・
俺の固有特性が効果を及ぼしたのかどうか。
骨の龍は呆気ないほど簡単に地面に倒れ伏し、そのまま動かなくなってしまった。
(見せかけ?・・には思えないが)
付与をすべて載せた細剣技:7.62*51mm で骨という骨を打ち壊して回る。例え、死んだふりをしていたとしても、打ち込まれた付与によるダメージが累積し続けて無視できない脅威になっていくはずだ。
(ん・・?)
いきなり膨大な熱の奔流が流れ込んできた。
目の前の骨からでは無い。
振り返って見た方向は・・・おそらく、先ほど通過しながら打ち倒したローブ姿の何かだ。
(こいつは・・人形か?)
骨の龍だった何かが粉々になった広場を見回してから、先ほど見かけたローブ姿の何かを捜して駆け戻った。
「これは・・?」
血魂石が3個くっついた状態で転がっていた。
(妙なのが居るもんだ)
俺は3つをほぼ同時に貫き破壊した。
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