第92話 後片付け
散乱した家屋の残骸の片付けや巨大な倒木の撤去など力仕事は4人の少女達がてきぱきと終わらせ、家財の片付けや遺品の収集整理など、里のエルフ達が手分けをして進める。
俺はラースの前脚を枕にして寝転がっていた。
巨樹の太い枝の上である。
ラースの巨体を載せてもビクともしない頑強な横枝で、ラースもうとうと・・と眠たげにしている。その太い前脚が枕に丁度良いのだ。どうやら自分の意思で獣毛を硬くも柔らかくもできるらしく、今は俺のために柔らかくして包み込んでくれていた。
(しかし・・)
三つ石の血魂石というのは初めてだったが、まあ、数が多いだけなので、それは良いだろう。問題は、あの時に飛び立った光る玉が少女達に降り注いだ・・いや、それはいつもの事だから気にもならないが、こいつ・・このラースにまで吸い込まれていったことだ。それも複数個である。
(俺は一個だけだったのに・・)
少女達は異世界から召喚された人間だ。存在そのものが特別なのだから、まあ仕方無いだろう。しかし、この犬だか猫だか判らん魔獣が俺より多いというのはいかがなものか。
(神眼・双・・・)
自分を眺めて見ると、新しく増えたのは魔法だった。既存の習得魔法の欄に、付与・双Ⅰというものが生じていた。
(付与・・魔法か)
熊の魔物を斃した時に飛び込んで来たのは、基礎体力という加護だった。ヨーコとラースが斃した目玉からは、弱点痛撃という特性が得られた。
魔法、加護、特性と三種に1つずつ新しい力が加わった。
程度については試してみないと分からないが、字面だけを見れば、かなり攻撃力の底上げに繋がりそうである。
るるるぅぅ・・・
その巨体からは想像もつかない喉を鳴らすような小さな音が聞こえて、俺は寝転んだまま銀毛の魔獣を見上げた。
どうやら眠ったまま喉を鳴らしているらしい。
(魔獣も夢とか見るのかな?)
ぼんやりと考えながら、生気に満ちた森の空気を胸一杯に吸い込む。
古種エルフの話では、さっき斃した魔物が姿を見せるようになったのは、ここ半年ほどだという。幻惑の結界を使って、里の場所を知られないようにしながら、結界の外で仕留めようとしていたらしい。しかし、甲虫のような魔蟲にすら苦戦し、逆に大勢の負傷者を出してしまい、里へ戻るところを目玉の魔物に追跡され、熊の魔物が襲ってきた・・と。
(アイーシャ・・これを知ってて、リコ達を煽ったな?)
俺を説得するのは難しいと見極めて、4人の同情をひくように誘導し、ヒアン・ルーアリーを護送するように頼み込んだに違いない。
(賢者・・というのは伊達じゃない)
おかげで、魔族と戦えた上に新しい付与なども手に入れた。
(まさか、これまで予見していたのかな?)
どうも、そんな気がしてきた。
(しかし・・魔族か)
思考がとりとめも無い。深くは考えないまま、つらつらと思考を流していく。
元々、魔族領を旅するつもりだった。この森がどこにあるのか知らないが、魔族が居るのなら、案外、すぐ近くに魔族の町なり村なりがあるのかもしれない。
(見に行ってみようかな)
みんながみんな好戦的という訳じゃ無いだろう。中には話せる奴が居るかも知れない。
「先生・・?」
遠慮がちな声が聞こえて、同じ枝の上に少し離れてエリカとヨーコが手を繋いで現れた。
「・・どうした?」
「起こしちゃいました?」
「ごめんなさい」
「いや・・ぼんやりしていただけだから」
俺はラースの前脚に頭を預けたまま答えた。
「アイーシャさんのこと?」
「・・どうも、あのエルフの引率と魔族退治をまとめて押し付けられた気がしてる」
俺は頭をガリガリと掻きながら大きく伸びをした。
「あはは・・私達もそうかなって」
ヨーコが笑い声をあげる。
「みんなで、のせられちゃったねって・・話してたんです」
エリカも笑っている。一段落したところで、4人で反省会をやったらしい。
「もう片付いたのか?」
襲撃を受けたエルフの里の片付けだ。もっと時間が掛かりそうな気がしていた。
「うん、終わりました!」
ヨーコが力瘤を作って見せる。まあ、どれだけ鍛えても体型は変わらないので、細い腕でどんなに力んでも力瘤の方は・・。というか、人前で軽々しく二の腕を晒すなと何度も注意をしているのに、この娘達はまったく・・。
「後はエルフの人達で大丈夫だって・・」
「魔族について話は聴けた?」
俺はゆっくりと身を起こした。
「この森を中心にして、東西南北に古い石碑があって、そこから魔族が出てくるそうです」
「なんだ・・・近くに、魔族の町とかがある訳じゃないのか」
思っていた事とは違って、どうやら近所に魔族が住んでいるわけでは無いらしい。ちょっと生活ぶりを見てみたかったのだが・・。
「詳しくは言ってくれなかったけど、ここを護るために住んでいるそうですよ?」
ヨーコが俺の背についたラースの獣毛を払ってくれた。
「エルフが?」
あんな脆弱な様子で、何から何を護るつもりなのだろう?
仮に俺が侵略する側なら数秒で征圧する自信がある。
「使命なんだって・・そう言ってました」
エリカが甘えてくるラースの鼻面を手で掻いてやりながら、エルフ達から聴いた話をざっと聴かせてくれた。
この辺り一帯の森に生えている木々、草花はすべてが古種なのだという。それらの種を護り、後世に伝え残していくことを神々から託されたのだと・・・古種エルフの伝承にあるそうだ。
「ふうん・・何か変わった森なのかな?」
「リッちゃんが見ているんですけど、特に珍しいような物は見つからないって言ってました」
「・・そうか」
魔族が、樹や草花を狙って襲って来るとは思えないが・・。
(さて・・どうしようか?)
余計な詮索はしないのが俺の生き方だけど、
「魔族戦で結構いいスキルが貰えたんですよ。だから、向こうから来てくれるんなら、良い稼ぎ場になるんじゃないかって、リコやサナエとも話してて・・あ、エルフの人には内緒なんですけど」
ヨーコが座っている俺を覗き込むようにして期待の眼差しを向けてくる。
「その内に、アイーシャさんが言ってた魔族も来るかも知れないし・・」
エリカも乗り気のようだ。
幻影では無く、外見を年齢相応に変化させる技能・・魔技?そういう能力をもった魔族という話だったが、そもそも、その情報自体が釣り餌だった気がする。
「たぶん、そうですよ。私達、まるっと騙されちゃったんです」
エリカが嬉しそうに言った。
短い間だったが、アイーシャには好意を抱いたらしく、利用されたと分かっても腹が立たないそうだ。
「なので、騙されついでに森を護ってみようかって・・思うんですけど。先生はどう思いますか?」
ヨーコが枝の上で両膝をついて俺の正面に座った。
「見張り、見回り、遭遇からの随時撃退・・・俺達5人で、森全体は護れないだろう?」
「もちろん、できる範囲で・・になりますけど。私も森を護りたいって思います。ここ・・とっても空気が良いんです」
エリカがヨーコに並んで座った。2人とも気安げに言っているが、どうやら4人で相談した上での結論を持って来ているらしく、"最悪"のことも覚悟している眼だった。
「エルフには悪いが・・勝てない相手が来たら逃げるぞ?」
「はい!」
「そのつもりです」
俺の言葉を予想していたらしい。2人が即座に頷いた。
「なら・・今度は、お前達に騙されることにする」
俺は小さく笑みを見せて、そのまま仰向けに寝転がってラースの前脚に頭を戻した。
ヨーコとエリカが顔を見合わせて手を打ち合わせて声をあげた後、何度も御礼を口にしつつ地上で待っている2人の元へと瞬間移動していった。
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