第90話 厄災種はどこだっ?

「古種の里ってのは数が少なくってね。里の中に放り込むことだってできるけど、その後が気まずいだろ? だから、里の近くに転移させるから・・まあ、後は宜しく頼んだよ」


 アイーシャがそんなことを言いながら転移させた。

 

(あれ・・どうして俺も?)


 話の成行は背中を向けたまま聴いていたし、内容は完璧に理解していた自信がある。4人の少女達が同行し、送り届けてから戻ってくる・・・そういう話だったはずだ。


「リコ・・?」


 顔を向けると、


「ごめんなさい!」


 速攻で謝罪された。


「エリカ・・」


「すいません!」


「ヨーコ?」


「申し訳ありません!」


「・・サナエ?」


「わかんないですぅ」


 とぼけているのでは無く、本当に理解が追いついていないらしい。

 俺は、アイーシャが古種だと言ったエルフを見た。貰った服に着替えて、妙齢の女性らしい姿になっている。



「・・ヒアン・ルーアリー」


 緑碧の瞳で見つめたまま、いきなり名乗ってきた。


「俺は、シン。できるだけ簡潔に、俺が巻き込まれた事情を説明して欲しい」


「そちらの4人が私を護衛して、古種エルフの里へ送ってくれることになった」


「うん」


「でも、4人だけだと厄災種に遭遇した場合に私を護り切れないと、エリカが言った」


「・・うん」


「先生・・シンが居れば大丈夫だと、ヨーコが言った」


「・・うん」


「それなら大丈夫だと、リコが言った」


「・・なるほど」


「そうだったんだぁ」


 隣でサナエが理解した顔で頷いている。常々、自分達の手に負えない案件を勝手に引き受けるなと言って聴かせているのだが・・。


「シン、貴方が厄災種を斃してくれたと聴きました」


「そうだな」


「魔神血魂石はどうしました?」


「砕いた」


「・・見事というしかありません。心から感謝をいたします」


 ヒアン・ルーアリーが両手を胸の前で交差し、両肩に指先を置くような形で片膝を折るようにして頭を下げてみせた。


「それで、どこに厄災種がいる?」


 俺は木漏れ日の差し込む巨樹の梢を見上げ、ぐるりと周囲を見回してみた。


 これほどの巨樹が乱立する森は初めてだった。

 枝葉に遮られて下草の生えが悪く歩きやすそうだ。見通しも良い。

 

(見ている奴は・・・エルフか)


 遙かな樹上の高みから伺い見ている連中が居た。


「上のエルフは、おまえのお仲間か?」


「・・私の里は、この森の者達とは交流が無いのです」


「そうか・・」


 俺はエリカを見た。


「連れて来ます?」


「1人で良い」


「はい」


 短く返事をすると同時に、エリカが瞬間移動して消えた。

 すぐに、エルフの男を1人連れて戻って来た。額に黒い布を巻いている。エルフとしては当たり前なのだろうが、嫌味なくらいに完璧に整った美貌をした若者だった。


「リコ・・」


「はい」


 リコが周囲に魔法の防御膜を張り巡らせる。

 直後に、上方から降り注いだ矢が跳ね返り、風の魔法が虚しく吹きすぎていく。


 俺はエルフの男の額に、左手の人差し指を着けた。

 小さく電流が放たれて、エルフの男が海老反りになって痙攣した。


「ぁ・・・・サナエ」


「はい~」


 サナエが慌てて治癒の魔法をかける。泡を吹いて即死しかけていたエルフの男が、ぎりぎりで命を拾っていた。


「これ、加減が難しいな」


 俺は顔をしかめた。麻痺電流という技なのだが・・。気絶しているから、蘇生させるつもりで少量しか放電しなかったのに、危うく死なせるところだった。


「起きるのを待つか」


「その方が良いですよぉ」


 サナエが呆れた声をだしながら周囲を見回した。

 

 必死の形相のエルフの男女がずらりと姿を見せて取り囲んでいた。


「ラース」


 俺は何も無い所へ声をかけた。

 途端、大きな魔獣が喜び勇んで姿を現した。バタバタと振り回す尾が、集まったエルフ達を払いのけ、宙へと弾き飛ばす。


「ほら・・」


 俺は、電流棒を作ってラースに食べさせた。

 

「厄災種の気配は無さそうだけど・・・リコ、何か見える?」


「厄災種とは違いますけど・・大型の魔物は居ますね。熊っぽい感じですけど・・大きいです」


「よし、そいつを狩ろう」


 俺がそう言った途端、ラースが身を翻して駆けて行った。


「行っちゃいましたねぇ」


「先生、ラース君が行っちゃいましたよ!」


 ヨーコが自分も追いかけたそうな顔で振り返る。


「・・・連れて来たみたいです」


 リコが言った。

 激しい獣の咆哮と一緒に、小山のように黒々とした獣の巨体が近付いて来た。

 どうやら片足にラースが食い付いて、強引に引きずっているらしい。


(思うように動けないなら・・)


 細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44・・・俺は細剣の切っ先を巨大な魔獣へ向けて身構えた。


 *** M829A3 ***


「耳を塞いでおけ」


 諦めたように遠い眼をしているヒアン・ルーアリーに告げた。すかさず、4人の少女達が耳を塞ぐ。それを見て古種エルフも耳を両手で塞いだ。


 ガチンッ・・


 重たい金属音が脳裏に響いた。


 即座に打ち放つ。

 轟音と共に細剣から炎煙が噴出して辺りを埋め尽くす。

 

 続いて打とうかと準備を意識したが・・。


(む・・?)


 ラースが千切れた魔獣の片足を加えたまま、座って尻尾を振っていた。

 その横に、巨体をほぼ真っ二つに分裂させた魔獣の死骸があった。大量の熱が身体に流れ込んでくる。光るものが浮かび上がって、いつものように主に少女達へと吸い込まれて行った。ありがたいことに、俺にも1つ飛んで来た。


 M829A3 というのは初めて使ったが、凄まじい貫通力だった。その貫通する力だけで、小山のように大きかった魔獣を股間から頭部まで粉砕して引き裂いてしまった。


(1発か・・)


 これは、なかなか頼もしい威力だ。


「治療しておきますねぇ~」


 サナエが爆音で昏倒したエルフ達に治癒魔法を使い始めた。衝撃波だけで打撲や骨折をした者、炎煙で火傷を負った者・・無惨なことになっていた。


「これも・・使い所が難しいな」


 俺は小さく舌打ちしつつ、地面に転がった血魂石を見つめた。

 ただの魔獣では無く、魔人か・・天空人・・のような成り立ちの生き物だったらしい。


(迷宮主のようなものか? ここは森のようだけど?)


 巨樹の梢を見上げる俺の横で、サナエとリコがせっせと治癒魔法を使ってエルフの治療を行っていた。

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