第89話 大亀の呪い!?

「あんなのが・・」


「・・あれですか」


「あれかぁ~」


「あ~あ・・」


 4人の少女が膝から崩れるようにして地面に手を着いて項垂れた。


「まさか・・あの亀か」


 斃して内臓を生食した迷宮主の大亀・・。あの後の七転八倒した腹痛が、まさかの"不老長寿の試練"だったとは・・。


「あはは・・なんだい、何にも知らずに食べちまったのかい? っていうか、普通、生で食べようって思うかねぇ~? 気味悪いだろうに・・」


 老婆がつぼに来たらしく、涙をこぼしながら身を折って笑っている。


「コラーゲンがぁ・・とか、エリちゃん言ってたしぃ」


「サナだって、高級食材だって、騒いでたじゃないの!」


「疲れがとれるって・・リコが」


「ヨーコだって、元気が出るから食べてみたいって言ってたじゃない!」


 4人が責任の擦り付け合いを始めた。

 そう、食べてみたいと言い出したのは、この4人なのである。

 自業自得・・なのだが。


「まあ、ちっとばかし可哀相かねぇ・・これから佳い女になっただろうに」


 迂闊な老婆の呟きに、4人の尖った視線が降り注いだ。


「おっと・・いや、はは・・なぁに、ただの独り言さね。年寄りはついつい口が滑っちまうもんさ。勘弁しておくれよ」


「ところで、あいつら・・奴隷市に出されていた連中まで連れて来たのは?」


 俺は話題を変えるために、どうでも良いことを訊いてみた。神殿に連れて行って保護して貰うことを決めていた。そういう意味で老婆の返事の内容には興味が無かったのだが、


「先が視えるって言ったろ? その上、転移術も使えるって。聴いて無かったのかい?」


「転移術で送れるのか。それぞれを・・」


「そういうことさ。魔神の因子を潰してくれたんだ。あんたに、これ以上の迷惑はかけないよ」


「別に迷惑じゃないが・・・まあ、俺が連れ回すより、良い未来が待っていそうだな」


 俺は、悲嘆に暮れる4人を横目に見つつ苦笑した。

 

「あっちの連中も?」


 獣人の男達を見た。


「ああ、何人か死なせちまったけど・・・厄災種を相手にして、あの3人だけでも生き残ったのは僥倖ってもんさ」


「あのエルフは?」


 人になりすましているつもりのエルフを見た。


「あの子は別口らしいね。あたしが呼んだわけじゃない。ただ・・もう故郷が無いんだよねぇ。里が丸ごと喰われちまった」


「厄災種に?」


「ああ・・仇でも討つつもりだったんだろうけど、エルフお得意の魔法じゃ、あれを育てるばかりだったからね」


 あの粘体の化け物は魔力を喰っていた。魔法主体の戦い方では餌をやり続けるようなものだ。


「・・そうだな」


「まあ、あの子がどう言うか分からないが・・無理矢理にでも、エルフが暮らしている他の町へ飛ばすさ」


 老婆が笑って言った。


「そうか、なら、俺達はもう行く。送還魔法の情報は嬉しかった」


「・・あんたの名前を聴いて無いんだけどね? その4人はまあ見えたから分かるけど。情報の対価に教えてくれないかい?」


「ん?・・ああ、そういえば・・シンだ」


 なんだかんだで名乗っていなかった。


「苗字無しかい?」


「ただのシン」


「そうかい。あたしは、アイーシャ・コーリン。世間じゃ忘れられてるだろうけど、賢者コーリンってね・・今は隠者コーリンだけどね」


 アイーシャと名乗った老婆が喉を鳴らすようにして笑う。


「俺達はまた旅をする。どこかで、送還に関わりのありそうな物や文献を見付けたら、ここへ持って来たい。良いだろうか?」


「構わないよ。どうせ、暇してるからさ」


「リコ、エリカ?」


「・・覚えました」


「大丈夫です」


 2人が項垂れたまま答えた。


「・・瞬間移動に、転移術・・どんな空間把握能力だい、まったく、とんでもない娘だねぇ・・いや、そうか。そっちのリコって娘が空間把握・・エリカがそれを使って跳ぶってことか」


 ぶつぶつと唸りながら、的確に能力を言い当てている。


「ほら、4人とも、不老になっちまったもんは仕方ないだろ? 外見だけなら変える魔法があるよ。いつか元の世界に戻れるようになったら・・・この通り・・」


 アイーシャが、老婆の姿から20歳そこそこの妙齢の女性へと変化していった。


「幻術じゃない」


「本当に・・」


「当たり前さ。まやかしなんて、ちゃちな魔法じゃ無いよ。いきなり不老になっちまった身体だけど、記録みたいなもんがあってね。そいつには、あんた達が成長して老いていくはずだった予定の肉体も記憶されてんのさ」


 実際には、生活の中での出来事、よくやる仕草や表情、精神的な負荷、肉体的な負荷・・・様々な要因によって変容するものだから、その通りの姿になるとは限らないのだが、体の中には基礎となる肉体というものの記録のようなものがあるらしい。それを読み出して身体に反映させる魔技なのだと、アイーシャが語った。


「それって、覚えられるものですか?」


 リコが訊いた。


「簡単とは言えないけど・・魔族に変化で惑わすのを専門にしてる鬱陶しいのが居るんだ。そいつを狩ってればスキル喰いの奇種が混じるからね」


「なるほど・・」


 魔族領に行く強い動機が生まれたようだ。世間には知られていない魔法についての情報もあるだろうし、危険を承知で奥地まで踏み入って見るべきか。


 アイーシャの計らいで、全員を転移させるのを確認してから出立することになった。


 奴隷の少女達の名を1人ずつ呼び、呆然としたままの少女に送り先を告げてから転移させる。簡単そうにやっていたが、恐ろしく高度な事をいくつも並行して行っていた。リコとエリカが食い入るように見守っていた。


「世話になった。儂はマジリス・ドートン。シン殿、リコ殿、サナエ殿、エリカ殿、ヨーコ殿・・・いつか西の大陸に来られる事があれば、御礼の席を設けさせてくれ」


 律儀に全員の名を口にして、獣人の男が頭を下げた。


「私は、キスアリス・ゲー・ナーグ。命拾いをしました。ありがとう」


 蜘蛛女が礼を言う。


「私はカン・リュ。いずれ、改めて御礼に伺います」


 蝶の羽根の青年が最後に転移していった。


「さて・・」


 アイーシャが、1人残った擬態中の少女を見た。

 いつまで頑張るつもりなのか、じっと蹲ったまま動こうとしない。


「もしかして、戻れなくなっちまったのかい?」


 アイーシャが呆れた声を漏らした。


 少女が怒りを露わに弾かれたように顔を上げ、すぐその顔を真っ赤に染めて俯いた。


「まあ、面倒だから前後の出来事は訊かないよ」


 溜め息まじりに言って、アイーシャが少女の頭上で指を鳴らした。

 それだけで、幼い少女の姿が淡い光に包まれて、か細いながらも成人を感じさせる妖精種の肢体へと変じていった。白金の長い髪が光を滑らせて輝きを放ち、雪のように白い腕の上を滑って落ちる。


「はいっ、先生は後ろ向く」


 リコとヨーコが俺の体を掴んでくるりと後ろ向きに回した。


 元々裾の短い粗末な奴隷服である。小さな少女の姿から17、8歳くらいの乙女の姿へ戻った関係で、色々と露出が際どくなってしまったらしい。


「おっとエルフの古種かい。あんたらを見たのは何年ぶりだろうね・・って事は、あの厄災種に喰われたのは、ギヌスの里なのかい?」


 アイーシャの問いかけに、エルフが驚愕の顔で見上げた。


「昔に立ち寄った事があるんだよ。クローリンの坊主に遺跡調査で呼ばれちまってさ」


「・・・あ、貴女・・賢者様なの・・ですか?」


「賢者かどうかは知らないけど、アイーシャ・コーリンって者だよ。クローリン家には200年くらい滞在していた事があるけど、あんたを見た覚えは無いねぇ」


 アイーシャがエルフの顔を眺めながら首を傾げる。


「ん・・いや、もしかして、ルーアリーの・・フェアンの子かい?」


「お母さんを・・母をご存じなのですか!?」


 エルフが悲鳴のような声をあげた。


「あたしが居たときには、まだ・・いや、そういや結婚したって言ってたね。相手はダンジェだったっけ?」


 アイーシャが記憶を絞り出すように眉間に皺を寄せながら、ぶつぶつと言っている。

 膝立ちに座ったまま美しいエルフが涙を流しだした。


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