第88話 いつからですか?
「ハヤテ、シロ、タロ、マロン、ギン、シルバー、エレキ・・と出そろいました」
ヨーコが俺を見た。どれかに決めてくれといった顔だったが・・。
「どれも、パッとしないな」
俺は切り捨てた。
「あぁ・・言われちゃった」
「でも、そうかもぉ」
エリカとサナエが崩れ落ちる。
「ウルラースという種族らしいし、縮めてラースで良いんじゃないか?」
俺が言うと、4人が眼を見開くようにして見つめてきた。
「・・く、悔しい」
「なんだろう・・眼から汗がぁ」
「私達の討論はいったい・・」
「・・良い名前だと思います」
最後に締めくくったリコが一番悔しそうな顔をしていた。そんな良い名前とは思えなかったが・・。これ以上長引かせるのは馬鹿馬鹿しい。
「そういう訳で・・おいっ!」
俺は大人しく踞ったまま待っている銀毛の魔獣を呼んだ。瞬間移動かと思うくらいの速度で尻尾を振りながら駆け付ける。
「今からお前は、ラース! ラース! 覚えたか?」
俺が言うと、大はしゃぎで飛びついてきた。自慢じゃないが、俺じゃなかったら踏みつぶされて床の染みになっていただろう。
微動だにせず真っ向から受け止めて、擦りつけてくる額の辺りを撫でてやる。
「ラースぅ、おいでぇ!」
サナエが呼びかけると、今度はサナエめがけて突進した。
もちろん、サナエもがっちりと受け止める。うちの4人はこの程度の魔獣の突進くらい抱きとめられる。
リコ、エリカ、ヨーコと代わる代わる抱き止めて貰い、額やら耳の後ろやらを掻いて貰っているのを見ていると・・。
(犬だか猫だか知らんけど・・魔獣には見えないな)
少女に襲いかかってるような絵面にしか見えない光景を眺めやりつつ、俺はぬるくなったお茶に手を伸ばした。
そこで、ふと視線に気付いて顔をあげた。
獣人の男、蜘蛛女や蝶の羽根をした青年が俺の方を見つめていた。
「なんだ?」
「いや・・そろそろ、こちらの話にも加わって頂きたく・・」
獣人の男が遠慮がちに申し出てきた。
いつの間にか、話がついたらしく静かになっていた。
「何の用だ?」
俺は座ったまま茶を飲みつつ、玉座の方を見た。
「この東の大陸で起きている出来事について、その方にも聴いて貰いたくてな」
玉座の主が声をかけてきた。
「俺は知らん。おまえらでやれ」
吐き捨てるように言って、俺はお茶請けのお菓子へ手を伸ばした。
「・・この通りでな、我らの手に負える御仁では御座らん。そちらで宜しく対応頂きたい」
獣人の男が玉座の主に向かって言うと、さっさと歩いて、生気を失った顔で踞っている少女達の近くへ戻っていった。蜘蛛女も蝶の羽根の青年もそれに習って移動する。
「ここは我が城なり!」
玉座の主が言った。それに合わせて、壁際に控えていた黒頭巾やら甲冑やらが駆け寄ってきた。
「今は、俺の城だ」
埃でも払うかのように手を振った。
黒頭巾と甲冑、さらには玉座の主までが噴き飛んで床に散乱していった。やや間を置いて、玉座の背もたれが割れて崩れ落ちていく。
「そろそろ、人形遊びを止めて貰おうか」
俺は、収納から細剣を抜きだし鞘を払った。
「茶番を続けるなら、10秒後に全てを破壊する」
短く告げて、俺は全身から殺気を放つ。
一瞬の間を置いて、周囲に見えていた風景が一変していった。
古めかしい城の謁見の間だった場所は、湖の見える丘の上に変わり、廃墟も同然の苔むした石館が見えている。空には太陽が輝き、羽虫を追って小鳥が舞い過ぎていった。
「5秒・・」
「児戯で惑わせようとした事を謝罪しましょう。稀なる人の子よ」
老いた声がして、石館から腰の曲がった老婆が姿を見せた。
俺は抜き身の細剣を鞘に納めて収納へ放り込んだ。
「事情を聴いてみてくれ」
リコ達に丸投げして、再び敷物に座るとお茶菓子を口へ運んだ。
4人が老婆を取り囲むようにして話を聴き始める。内容が分かっているのかいないのか、大きな魔獣が座ったままゆっくりと尾を左右へ振っていた。
(ゾエ、あいつは?)
『御館様・・申し訳ありません。ゾエの識る者では御座いません』
(そうか・・)
俺の神眼・双が透らない。同格か、それ以上の神眼を所持していることになる。
俺は指先を洗って布で拭うと、
「鬼装・・」
漆黒の鬼鎧を身に纏った。おもむろに細剣と楯を取り出して装備する。誰に声をかけるでも無く鬼面を閉ざした。
リアンナ女史から贈られた小楯は、少しずつ形を変えていて、今では騎士楯と化していた。南海の龍人から贈られた細剣は、幾多の魔物、天空人、魔人を仕留めてきた逸品だ。
今、俺にはこれ以上の武装は無い。
「お待ちなさい」
老婆がやや強めの声をあげた。
「貴方と無茶な戦いをするつもりなどありません。そのつもりなら、こんな所まで招きはしません」
「・・用向きを聴こう」
「遠見では、血の気が多いという感じはしなかったのだけれど・・・慎重に過ぎる性格なのかしらね」
ぶつぶつ言いながら、老婆が小さく指を鳴らした。
白いフワフワしたものが幾つか飛んで来て、老婆の足元に集まっていき、みるみる内に椅子になっていった。
「足が悪くてね・・話は座ってさせてもらうよ」
「・・いいだろう」
「まずは自己紹介かね? 神眼が透らないんだろう? あたしも神眼持ちってことさ。嬢ちゃん達は鑑定眼持ちのようだけど・・ああ、そう恐い眼をしなさんな。こっちは1人なんだ。招くからには身元くらい調べるもんさね」
4人がするりと静かに距離を取った。脱いでいた兜を頭に、それぞれが武器を構える。
「やれやれ・・仕込んだもんだね。いったい、どんな鍛錬すれば、こんな娘っ子ができちまうんだい?」
「自己紹介はどうなった?」
「ちぇ・・愛想の無い妖精さんだよ、まったく・・」
老婆が指先を宙空に走らせた。
一冊の黒い本が出現して老婆の手元へ落ちて来た。黄金の縁取りで飾られた大きく分厚い本だった。
「あたしが、神様だって言ったら信じるかい?」
「信じないな」
俺は即答した。
「まっ、そうだろうね。あたしだって信じないよ」
のんびりとした声で言いながら、どこからともなく取り出した金縁の眼鏡をかけて、分厚い本をぺらぺらとめくっていく。
「あたしは予想屋さ」
「予想?」
「未来視と言っても良い。ちょいと昔に、いくつかの大きな災害を予見して、時の勢力者に助言した事があってね。ちっとばかし被害が少なく済んだもんだから、それから人気者になっちまってさ。どこに行っても追いかけられるもんだから、こうして隠れてんだよ」
「・・で?」
「引き籠もっちゃいるけど、別に世界が嫌いってわけじゃないからね。ちょいとマズイ事が起きそうだと思えば、何とかできそうな奴に報せたりしてるんだよ」
「それが・・あいつらか?」
獣人の男、蜘蛛女、蝶の羽根をした青年・・。
「変装したつもりのエルフも?」
「あはは・・あれはただの間抜けさ」
「そうか。それで、予見した災害というのは、俺達が仕留めた粘体みたいなやつか?」
「ああ、そうさ。厄災の種・・魔神の因子を育てる厄介な魔物・・・西の大陸で出現してね、それで退治できそな連中に夢で報せたんだけど、その内の1人が死に際に転移魔法を使いやがってね、厄災種と一緒にあいつらまで、東の大陸へ送り込んだんだよ」
「・・ほう」
俺は獣人達を振り返った。
ひと睨みで、その場の全員が真っ青になって縮こまる。奴隷にされていた女達までが一緒になって恐怖に震えていた。
「まあ、問題はそこじゃないのさ。あたしは転移術を使えるからね。なんだったら、西の大に飛ばし返す事だってできた。ただ、討伐依頼に応えてくれた奴等が奴隷にされて売られるってのは胸が痛むだろう?」
「まあ・・な」
「助け出すために準備をしてたところへ、あんた達が登場したってわけさ。おまけに、厄災そのものを退治しちまうおまけ付きだ。これは、どうしても招いて話をしてみなきゃって・・そう思った」
やがて、開いていた黒い本を閉じた。
「視えないんだよ。あんた達が・・」
「その本は魔導具なのか?」
「神具ってやつさ。あんたが持ってる楯と一緒さね」
「神具・・」
俺は左手に持っている楯へちらと視線を向けた。
「滅多に手に入るもんじゃ無いんだけどねぇ・・」
じろりと俺の楯を眺めやり、すぐに軽く鼻を鳴らした。
「まあ、詮索は止しとくよ。もう、その楯は主を定めちまった。あんたが死ぬまで、それは、あんたの楯さ」
「その本も?」
「まあね・・こいつは知識の坩堝さ。神世の時代からの・・って、恐いこと考えてんじゃ無いだろうね? 言っとくけど、老いぼれたって、あたしもそれなりだよ?」
「おまえの知識に、異世界へ渡る魔法はあるか?」
俺の問いかけに、4人の少女達がざわめいた。そのまま息を殺すようにして耳を澄ませている。
「・・無いね」
「召喚の逆・・送還は?」
「あるね」
実にあっさりと、思いがけない返答だった。これには、さすがの俺も息を呑んだ。
「あるのか。そうか・・それは習得可能なものか? それとも、何かの魔導具が必要か?」
「分からないね。ただ、その嬢ちゃん達には異世界に因子の痕跡がある。その痕跡・・どう言ったら良いんだろうね。そう・・目に見えない糸みたいなもんが繋がってんのさ。そいつを辿るようにして戻る・・って魔法らしいね」
「おまえは使えないのか?」
俺は老婆の顔を見つめた。
「あたしなんかじゃ無理さね。ただ・・あるのは確かだよ。あたしには、あるか、無いかは占えるからね」
「どうすれば使える?」
「う~ん、それは視えないねぇ・・でも、あんた達なら、いつか突き止めるんじゃないかい? そりゃ時間はかかるだろうけどさ」
老婆が苦笑気味に言う。
「・・妖精種の俺はともかく、この子達には・・寿命ってものがあるだろう」
「へっ?・・何言ってんだい? とっくに定命の縛りを抜けちまってるじゃないか。不死ってわけじゃないけど、その子達は不老になっちまってるよ?」
「・・は?」
訊き返す俺の横で、4人の少女達もぎょっと眼を見開いた。
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