第107話 怪光
「ご無事ですか?」
聖光壁を展開していたミューゼルが、背後のレイン司祭を振り返った。
「ええ、大丈夫です。皆、ありがとう。助かりました」
神殿騎士達に声をかけつつ、治癒光で周囲にいる全員を包み込む。
遙かな上空を通過しただけの魔光だったが、凄まじい熱が降り注いできて地上にいた神殿騎士達が灼かれたのだ。距離があったおかけで、火ぶくれ程度で済んでいたが、聖光で祝福された楯の表面が溶解しかかって液だれしていた。
「新たな魔人でしょうか?」
初老の神殿騎士がミューゼルに訊ねる。
「ただの魔人にしては強力過ぎますが・・・転移して来たのかもしれませんね。あの禍々しい光を直接向けられると現状の装備では防ぎようがありません。まずはレンステッズの城壁内へ退避。残してきた者達と合流した後、速やかに本殿へ戻りましょう」
ミューゼルが指示しながらレイン司祭を見る。
「それで良いと思います。聖術の治癒でどうこうできる相手では無さそうですから・・・場合によっては、アマンダ神官長にお願いして依頼を取り持って頂かなければなりません」
「とにかく急ぎましょう。ここには遮蔽物がありません」
ミューゼルに促されて、レイン司祭を護りつつ、レンステッズ導校の学園都市へと移動を開始した。
周囲を警戒しながらの移動だったが、あれからは何も起こらないままにレンステッズ導校まで無事に辿り着くことができたが、魔光の余波は学園都市の城内にも被害を及ぼしており、方々で火災が発生し、火傷などの傷病者が搬送されて混乱を極めていた。
「司祭様、御無事でしたか!」
城門に待機していたジークールが駆け寄ってくる。
「ええ、皆のおかげで命拾いをしました」
レイン司祭がわずかに微笑をし、城内の救援活動に加わるよう指示をする。
ただちに、数名の騎士を残して、神殿騎士達が散って行った。
「魔人の姿を?」
ジークールがミューゼルに訊ねた。
「いいえ、あの光だけです。下から斜め上へ・・・なぎ払うように抜けて行きましたね」
「・・こちらを狙ったものでは無いと?」
「狙われていたのなら蒸発しちゃっていますよ」
ミューゼルが笑った。
「・・笑えませんね。司祭様をお守りするのが我らの役目・・そのような脅威が迫っているのなら、直ちにこの地を離れるべきでは?」
「ええ、そうですね。消火活動をして、負傷者の手当をした後に、直ちに離れましょう」
「隊長っ、それでは聖女様を危険にさらすことに・・」
「あんなあり得ない攻撃をしてくる相手に狙われたんじゃ、どこに行っても危険の度合いは変わりませんよ?」
「しかし・・」
ジークールが食い下がるが、
「負傷者を見捨てて逃げ出したと知れたら、奥殿の長老方に説教をくらいます。主に私が・・・なので却下です。きっちりと救援活動をして、それから本殿へ帰還しましょう」
ミューゼルが言うと、他の神殿騎士達も小さく笑い声をあげつつ頷いて見せた。
「・・司祭様に直言させて頂いても宜しいでしょうか?」
ジークールが噛みつくように言ってくる。
「ええ、どうぞ」
ミューゼルは持て余し気味に苦笑しつつ頷いた。すぐさま、女騎士が身を翻して駆け去って行く。
「大変ですな」
初老の神殿騎士が声をかけてきた。
「結婚してないのに、子守りを体験できて嬉しいよ」
「はは・・司祭様の護衛任務で張り切っていらっしゃるんでしょう」
「もうちょっと堅さがとれないもんかねぇ・・」
ミューゼルは頭を掻きながら嘆息した。
その時、
「ミューゼルさん」
不意に、年若い女の声が掛けられた。
「え・・あっ!? 君は確か・・シン君の?」
瞠目するミューゼルの前に近づいて来たのは、甲冑姿のエリカだった。思わず腰の剣へ手を伸ばした騎士達をミューゼルが手で制した。
「向こうで戦闘をしてて、敵の流れ弾がこっちに被害を出したようだって・・先生に状況を見てくるように言われて来たんです。司祭様は大丈夫でした?」
面頬をあげた兜を左右させ、エリカが周囲の様子を見回す。
「ああ・・うん・・レイン司祭様はご無事だよ。今は町の人の治療にあっておられる」
ミューゼルが戸惑い気味に返事をする。
「そうですか。良かったです」
「シン君達は?」
「魔素溜まりに降りたら地下洞窟があったから、そのまま探索してたんです。そしたら、ちょっと変わった魔物と遭遇戦になってしまって・・」
地下洞窟で結構な大物と戦闘を行っていたらしい。あの赤黒い魔光は、その魔物が放ったものだという事だ。
「ええと・・それで斃したんだよね?」
「はい」
「そうなんだ・・まあ、それなら良かったよ。新しい魔人が現れたのかもって心配してたんだ」
ミューゼルがほっと安堵の息をついた。
「先生を呼んで来ます?」
「いや・・ちょっと、頭の堅い子が戻って来そうだから・・また別の機会にするよ。あ・・シン君に、地上の方はリアンナ様が片付けたって伝えておいて」
「分かりました」
そう言うなり、エリカが消えて行った。
警戒しつつ様子を窺っていた神殿騎士達がどよめいた。それが転移術では無いことは誰の目にも明らかだった。
「もう隠す気も無いって感じだねぇ・・まあ、あれだけ強くなっちゃうと、こそこそやる必要は無いよね」
ミューゼルが感心したように呟いた。
「今の娘・・女性は?」
初老の神殿騎士が捜すように周囲を見回しながら訊いてきた。
「以前にレイン司祭の命を救ってくれたシン・・という子が居るんだけど、知ってるかな?」
「ああ、存じております! 魔人の撃退にも尽力して下さったという・・」
「そのシン君のお弟子さんだよ。さっきの可愛い子の他にも3人居るんだけどね」
「ほう・・やはり、お強いのでしょうな?」
「うん、お強いよぉ・・もう、手が付けられないくらいに」
「では、司祭様もご存じの方達なのですね?」
「レイン司祭様も、アマンダ神官長も良く知っている子達だよ」
ミューゼルが通りの向こうへ視線を向けた。女騎士が何やら俯き加減で戻って来るところだった。レイン司祭に撤収を進言して一喝されたに違いない。
「お二人が御存知とは・・それは凄い方々ですな。それで、我らとしてはどのように対応すれば?」
「国賓を相手にするつもりで、礼を失わないよう注意して適切に穏やかに」
「・・なるほど」
初老の騎士が頷いた。
「もし、シン君の身元が心配なら。南境の女王陛下に問い合わせると良い」
「リアンナ様に・・?」
「まあ、お弟子さんだね」
「おおっ・・そう言うことなら、あれほどの武勇も納得できます。なるほど・・国賓ですな」
「はは・・気持ちの真っ直ぐな子だし、レイン司祭様には恩義を感じているようだから、こちらがよほど非礼な事をしない限りは害意を向けてくることは無いよ・・・むしろ、こちらに、ちょっと心配な子が居るんだけど」
ミューゼルが、ちらと視線を向けた。
憤懣やるせないといった顔のジークールがまっすぐにミューゼルに向かって近付いて来た。
「・・司祭様から、神殿騎士団は町の人の救助活動にあたるようにと命じられました」
「分かった。では、10人組で区分けをして総当たりにやっていこう」
ミューゼルは初老の騎士に目配せしつつ、女騎士の肩を軽く叩いて、人々を救う事こそ神殿騎士の本分だよ・・と苦笑交じりに言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます