第108話 魔素の地底
視界すら惑わせるほどの濃い魔素の淀みの中で、金属が激しく打ち合わされ、火花を散らせている。短く点る閃光に、闇中に蠢く無数の異形の群れが見え隠れしていた。
「もうっ・・しつっこいっ!」
円楯で攻撃を受けつつ、リコが足を踏み替えながら姿勢を低くして手にした長剣を突き出した。
鉢金を被ったような小柄な人形が吹き飛んで床に転がる。
代わりに、蜘蛛か蟹か分からないような形状をした金属質の生き物が押し寄せてくる。
魔法を吸収する性質があるらしく、中小の魔法では元気づかせるばかりだ。と言って、相手の数が減る気配が無く、大魔法を連続して放ち続けるのは控えていた。
金属性の質感をした浮遊型の虫と、多足の歩行型の虫・・・そして、楕円の鉢金を被ったような案山子のような魔物。
やたらと高威力の破壊光を放つ魔物を斃したら、今度は魔法が効き難い金属製の虫が溢れかえらんばかりに地下空洞いっぱいになって押し寄せて来たのだ。
多足歩行の虫型は、尖った足先や口に当たる部分から飛ばす金属片による中近距離からの攻撃、鉢金の案山子は浮遊する楯で身を護り、同じく浮遊する剣や槍で攻撃しながら、少しでも足を止めると、シンの細剣技に似通った貫通系の魔技を繰り出してくる。直撃をくらったサナエが受け止めた楯ごと数十メートルも噴き飛んだくらいの高威力だったが、ためが必要らしく連発はしてこない。
そして、何よりも面倒なの事に、倒しても倒しても、どこからともなく湧き出て押し寄せて来るのだ。
ラースやバルハルも奮闘していて、体力さえ切れなければ圧し負けることは無さそうなのだが、どうしても負傷はするし、都度、治癒魔法を使うはめになる。魔力量の回復と残量を確かめながらの長期戦となっていた。
「武技も使って無いのにぃ、おかしいよねぇ・・」
離れたところで、サナエがぶつぶつ言っている。
結構、ボコボコと攻撃を受けていながら、持ち前の回復力でほぼ無傷だったが・・。
サナエが文句を言っているのは、遙か前方で暴れ狂っているシンの細剣捌きだった。
楯を鈍器のように打ち振るい、向けられた攻撃はすべて細剣の切っ先で貫き弾いている。何人も居るのでは無いかと眼を疑いなくなるくらいに、無尽蔵の刺突を連撃しながら、周囲に破砕された虫やら案山子が山積している。そして、そのまま、前へ前へと進んでいくのだ。
サナエが言っているように、シンは武技も魔技も使っていない。
すべて鍛錬して身につけた細剣の技であり、楯の扱いだった。
シンが居る辺りだけ、金属が砕ける乾いた音がひたすら鳴り続ける、ちょっとおかしな空間になっている。
負けじと奮闘しているのがヨーコだ。
薙刀を縦横に振るい、受けきれない攻撃は龍鱗で防ぎ、底なしの体力で寸断し、打ち払い、殴り潰して瓦礫の山を生み出していた。
「ちょっと、うちら向きじゃないよねぇ」
サナエがリコに話し掛ける。
「いいから、前向いてなさいっ!余計な怪我をするんじゃ・・ないっ!」
リコが苛々とした声で応じながら、鉢金の案山子を浮遊する楯ごと叩き伏せた。そのまま踏みつけて鉢金頭を長剣で貫き徹す。
「魔法も半分くらい吸われちゃうしさぁ・・もぉ、反則だよねぇ」
棘付きの鉄球で強引に粉砕し、円楯で殴り飛ばし、何だかんだと言いながらサナエが前進して行く。
敵対している金属の魔物達も、こちらと同じような事をぼやいているかもしれない。
たった5人という少人数なのに、底なしの体力と素の攻撃力だけで、衰える様子も無いままに突き進んでくるのだから・・。いったい何体が粉砕されたことか。
「先生っ・・」
エリカが戻って来た。
「どうだった?」
俺は周囲に集まった虫型を纏めて粉砕しながら、エリカに視線を向けた。
「ご無事でした。町も、そこまで被害を受けて無かったです。ちょっぴり燃えてましたけど・・」
「そうか。この先に妙な部屋・・空間がある。このまま押し通るから離れないように伝えてくれ」
「はい!」
返事と共に、エリカが瞬間移動で消える。
(さて・・今度は何だ?)
始まりは、巨亀を模したような金属製の怪物との遭遇戦だった。
高威力の魔光線とやたら硬い金属の肉体が厄介だったが、きっちりと削りながら、ほぼ攻撃を完封する形で仕留めることが出来た。苦し紛れに吐かれた魔光線が、どこぞの町に来ていたレイン司祭達に当たりそうになったと聴いて少しばかり焦ったが、どうやら問題無かったようだ。
(こいつは・・?)
神眼・双で見つめる先に、黒々とした魔素を宿した扉が浮かんで見えていた。
試しに、神眼を消すと、扉が見えなくなる。
(・・罠か?)
だとすれば、神眼を使える者だけを捉える罠という事になるが・・。
「先生っ!」
ヨーコを先頭に全員が追いついていた。
「ここにある扉が見えるか?」
鑑定眼で見えるか訊いてみた。
「いいえ、見えません」
リコが首を振った。
「ふうん・・よし、みんな俺を掴んでくれ」
転移系の罠なら、全員を巻き込んだ方が後が楽になる。
俺の意図を理解して、少女4人が片手を伸ばして俺の鬼鎧の背中に触れた。
(う・・)
言葉を理解したらしい、ラースがのしっ・・と俺の肩に巨大な前脚を置き、
(・・おまえ、言葉が分かるんだな)
家を背負っているバルハルが体の一部を触手っぽく伸ばして俺の腰に巻き付けた。
「行くぞ」
間を置かず、魔素で象られたような扉を押し開けた。
直後に起こったのは、転移というよりも、変位とでも言うべき事象だった。
「うわぁ・・なんか綺麗・・」
ヨーコがきょろきょろ見回して感嘆の声を漏らした。
周囲から金属の魔物が消え失せ、広々とした明るい光に包まれた広間になっていた。
石なのか金属なのか判らない、つるりとした表面の床や壁・・。
部屋の中央には祭壇のような場所があり、ツルンと丸い金属の鉢金が置かれていた。先ほどまで戦っていた鉢金頭の案山子の物とは造りが違う、細やかな模様が彫り込まれた異質な金属製の鉢金・・兜のようだった。
「ラース、バルハルと共に俺達の家を護れ」
銀毛の魔獣に命じて、細剣を手に祭壇へ向かう。4人が油断無く身構えながら後ろに続いた。
「・・先生」
ヨーコが声を発した。
祭壇上の、兜の周りに、見慣れない文字が浮かびあがり、祭壇を中心に光る魔法陣のようなものが現れて、時計の針のようなものがぐるぐると回転し始めた。
「知らない文字でした」
エリカとリコが首を傾げる。
「俺も初めて見た」
周囲を見回すが、他に変化は見当たらない。
「これも、案山子みたいになるんですかね?」
「タマネギみたいな兜ですねぇ」
「銀色で可愛い形だけど、小さいし子供用かな?」
「よく見ると模様が彫ってある。とても綺麗・・」
口々に感想を言っているのを聴きながら、俺はじっと見守っていた。
この辺りの国の兜とは形状が異なる。サナエが言ったように、タマネギを想わせる形状で、たぶん顔がくる辺りだろう場所には、アヒルのクチバシのような小さな庇が突き出していた。仮にこれを人が被ったとしても、顔はよく見えないだろう。
「先生・・魔力を吸われてます」
リコが小声で注意を促した。
「ふむ・・」
自分を神眼・双で鑑定しつつ、振り返ってラースやバルハルを鑑定してみると、この場の全員が魔力を吸い上げられているようだった。ただ、それほど多くは無い。
「何の仕掛けか知らないが・・喰いたいなら喰わせてやろう」
俺は左手を伸ばして銀のタマネギみたいな兜を掴むと、総身から噴き上げるようにして魔力を放った。無論、神眼で自分の状態を見ながらの放出だ。
魔力量:7(55,824,998/83,274,761)
急速に減っていく残量を見つめながら、何桁まで減らすか思案していると、
(ん・・?)
カチンッ・・
どこかで小さく金属が打ち合わさる音が聞こえた。
直後に、
ボ~ン・・・ボ~ン・・・ボ~ン・・・
どこか間が抜けたような、盆を叩くような音が鳴り始めた。
(止まったな・・)
いつの間にか、魔力の吸収が止んでいた。
「パ・・パ・・」
不意に声が聞こえた。
「パパ・・」
「おまえ・・なのか?」
俺は、左手で掴んでいる銀のタマネギ状の兜へ視線を注いだ。
「パパ・・」
左手で掴んでいる銀の兜が、ゆっくりとこちらを見上げようとしていた。
「・・おまえは、何だ?」
手を放して、一歩距離を取りながら声をかけた。
「タロ・・マイト・・マモリテ」
「たろまいと・・まもり・・守り手?」
俺はおうむ返しに呟きながら、黙って見守っている4人を振り返った。
「頑張って下さい!」
ヨーコがぐっと拳を握って見せる。
「いや、何をどう頑張れば・・」
「パパ・・」
「ほ、ほらっ、呼ばれてますよ!」
「ん・・ああ・・でも、ぱぱって何だ?」
知らない単語だ。
「え?・・ああぁ・・あっちの言葉で、お父さんって意味です」
「お父さん・・って、俺のことを?」
俺はぎょっとして銀の兜を見つめた。
「この仕掛けって、ニホンジンが作ったの?」
疑問を口にしたのは、リコだった。
「だって、パパってニホン語よ? ニホンの造語だもの」
「えぇ・・そうなんだぁ・・エイゴかと思ってたぁ」
「召喚された誰かが作ったんじゃない?」
ひそひそと交わす少女達の会話が聞こえてくる。
「まあ、よく分からないが・・」
神眼・双で見つめていると、銀の兜の下に透明な何かが集まって幼児のような小さな体を形作り始めた。手足は棒のように細く、胴体も細く小さい。男女を見分ける部位は存在しなかった。
頑張って立ち上がろうとしているが、そもそも頭に大きな銀兜を被っている上に、どこかまだ不安定で、手足の動きがぎこちない。
見かねて、俺は両手を差し伸ばすと、透明な胴体の脇を掴んで持ち上げ、両脚で立たせてやった。木や草を触ったような感触だった。
「パパ・・アリガトウ」
得体の知れない何かが、銀のタマネギ頭を傾けてお辞儀をした。
少女達からすれば、銀のタマネギが宙に浮かんだようにしか見えないが・・。
「リコ・・」
「はい?」
「このくらいの、小さな子が着れそうな服はあるか?」
俺はタマネギ頭に手を置いて訊ねた。
手足は見えなくても、服を羽織らせれば少しは違和感が和らぐと思ったからだ。
「よく分かりませんけど・・・人の形なんですか?」
「触れてみれば良い」
「・・・何も・・触れないですね」
「そう・・なのか?」
「きっと、パパじゃないとダメなんですよ!」
ヨーコが確信したように断言する。
「すると・・服も着れないのか?」
触れないなら、衣服だって素通りしてしまうのだろう。
「私達だと無理みたいですけど、先生が着せてあげれば大丈夫なんじゃないですか?」
エリカが言った。
「そうかな?・・これは?」
リコが差し出した布切れを拡げてみると、あまり丈の長く無いスカートだった。少女達が着ると膝丈くらいになってしまうだろう。
「頭が大きいから、被る服は無理ですし、大きさも分からないので、これをこう・・履いて貰って・・」
説明しながらリコがスカートの両腰辺りにハサミを入れた。その穴に腕を通して、首の周りを絞れば貫頭衣のような形になるというわけだ。まずは大きさや形を確かめて、それからサイズ直しをする・・という寸法らしい。
「よし・・」
段取りを理解して、スカートを履けるように拡げて地面に置くと、じっとして動かないタマネギ頭のソレを抱き上げて真ん中に立たせた。それからスカートの腰の部分を持ち上げて、透明な腕を穴に通し、タマネギ兜の襟元で軽く絞ってみる。スカートはすり抜けること無く、衣服のように留まっていた。リコ達から見れば、銀のタマネギ兜の下に、細く絞られたスカートが浮かんでいる感じだ。
「おぉぉ・・すごぉい」
サナエが拍手を始め、他の3人も賑やかに話し始めた。
「結構、細いんですね。そういう感じなら・・」
リコがじっと見つめながら、ぶつぶつと呟きつつ自分の世界に突入していった。
「さあ、先生、名前をつけてあげないと!」
ヨーコが張り切った声で急かしてくる。
タロマイトと言っていたから、そのままでも良いような気がするが・・。
「ダメです!それじゃあ、私達を人間っ!て呼ぶようなものです。ちゃんと名前を考えてあげてください!」
みんなの総意で却下されてしまった。
「う~ん・・」
どこか非生物のような雰囲気なのだが・・。意味合いとしては、固有の識別名称といった感じになるのだろうか。
「じゃあ、タロン」
俺が提案すると、賛否両論あれこれ言い出したが、もう面倒なので、タロンで押し通すことにした。
「タロン・・ナマエ・・タロン」
「俺の名前は、シン。 それから、リコ、エリカ、ヨーコ、サナエ、ラース、バルハル」
俺は全員の名前を伝えた。念のため、俺の味方であると言い聞かせる。
「タロン・・タロマイト・・・マモリテ・・パパ・・タスケル・・・リコ、エリカ、ヨーコ、サナエ、ラース、バルハル・・シキベツ、カンリョウ」
こちらをどう認識しているのか、そもそも、どこでどうやって知覚しているのか不明な生き物が平坦な音声で呟くと、銀色をしたタマネギ兜が淡く光を放って、黄金色の文字のような模様が明滅しながら宙に浮かび上がって銀兜に吸い込まれるようにして消えていった。
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