第109話 強くなろう

 タロンという正体不明の生き物(?)のおかげで、身内での模擬戦が大幅に捗るようになった。

 霊峰跡地の地下深くにある空洞を利用し、タロンが液体のような金属で強化した中でなら、余波による周辺被害をさほど気にしなくても良い。少なくとも、魔法による被害は大幅に軽減できる。


 おかげで、約3ヶ月の間、周辺被害を気にすることなく模擬戦闘を続ける事が出来た。新しく取得した固有特性や魔技、武技などの熟練度を最大値まで引き上げるための訓練である。

 エリカやリコの推察では、一定値以上の熟練度になった魔技や武技、習得魔法を所持していることで、それらの組み合わせによって別の魔技や武技が発現する・・・はずだというのだ。


「・・どうだった?」


 俺の問いかけに、4人が難しい顔で首を傾げている。どうやら思ったような結果にはならなかったらしい。


「いえ、魔技や武技は増えたんですよ?上位版っぽいのが・・でも」


 リコが首を捻っていた。


「先生は何か増えました?」


「ん・・どうかな」


 俺は自分の手をかざして神眼・双で見つめた。

 

「ああ・・3つ・・新しいのがあるな」


 習得魔法の欄に "付与・震" 魔技の欄に "神雷*Ⅰ" 固有特性に"絶対感覚" というものが追加されていた。他は、細剣技の使用可能回数が増えたくらいか。


「いやいやいやいや・・先生、おかしいからっ!」


 ヨーコが泣きそうな顔でしがみついてくる。


「うん?」


「武技の威力がおかしな事になってますからっ!」


「武技の?」


「そうですよ! だって、おかしいでしょっ!? おかしいよねっ?」


 ヨーコがエリカの肩を掴んで揺する。


「う~ん、おかしいというか・・もう、大変な事になってます」


 エリカまでが難しい顔をして首を捻っている。


「そうかな?」


 自分では良く分からないが・・。


「武技には体の能力だけじゃなく、武技や魔技みたいなスキルとは別の・・たぶん、鍛錬を積んだ剣術のような、そういう練度も影響を及ぼすんですね」


 リコが思案顔で呟いた。


 武技というのは、それを使用することを意識するだけで精密に発動してくれるものだ。多少のばらつきはあるが、おおよその威力が決まっている。

 だが、身体能力が高い者が使えば・・あるいは、使用した武器の性能によって、同じ武技を使用しても威力が段違いに異なる。それは判っていたが、リコが言うには、俺の場合はその上がり幅がデタラメに大きいらしい。


「細剣の基礎鍛錬は続けているから・・かな?」


「いやいや・・そんなもんじゃ無いですからっ! そういう積み重ねの域をど~んって、超えちゃってますよ?」


 ヨーコが大袈裟に騒ぎ立てる。


「影響しているとしたら、肉体強化か・・加護の基礎強化かもな」


「・・そうですね。先生は、基礎そのものが滅茶苦茶に底上げされているでしょうし・・そうなのかもしれません」


 リコが無表情に頷いた。


「基礎とか肉体強化くらいで、あんなになる? ねぇ? 本当に信じてる? リコ・・こっちを見て!」


 ヨーコがリコにしがみついて揺すり始めた。どこか遠い場所を見つめながら、リコが沈黙してしまった。

 

「そう騒がれてもな・・蟻に羽根が生えただの角が生えただの・・そんな程度の話だ。真の強者を前にしたら失笑されるだけだぞ」


 俺は苦笑しながら、放電してラースに浴びせ、龍炎を吐いてバルハルに、タマネギみたいな銀兜に手を置いて魔力を流し込む。


「・・まあ、基礎値というのか・・基礎の能力は底上げされた感じがする」


 魔力の量は増えたし、放電にしろ、龍炎にしろ、量も威力も増した感じだ。この頃はラースやバルハルから満足そうな歓喜の思念が押し寄せて来るように感じる。

 

「この3ヶ月で、みんなの力も上がった。武技や魔技以外の動きも全体に良くなっているし、何よりも基礎体力は大幅に高められただろう」


「先生の相手をしていればぁ~・・強くならなきゃ即死ですぅ~・・あぁぁ~・・そろそろ太陽が拝みたいぃ~~」


 サナエが妙な節をつけて歌い出した。瀕死の全員を治療し続けて魔力切れで気絶していたのだが、眼を覚ましたらしい。


「わずか3ヶ月くらいで大袈裟な・・」


 俺は苦笑した。

 しかし、この場の誰1人として同調した者はいなかったようだ。全員が、クスリ・・とも笑わずに腕組みをして唸っていた。


「昔、お兄ちゃんが持ってた少年漫画で、古武術には闇行という修行があるって読んだことありますけど・・3ヶ月も真っ暗闇って感じじゃ無かったですよ?」


 ヨーコが嘆息した。


「しょうねんまんが?」


「だいたい、光が点らない空間とか・・ここって、おかしいですよね?」


 霊峰跡地・・つまり、今は魔の森になっている広大な盆地の地下深くにある魔素溜まりに、完全なる闇に覆われた空洞があったのだ。どんな魔法を使っても、金属で火花を散らしても、龍炎を噴こうが放電しようが・・一切の明かりが生み出せない視界の存在しない世界だった。

 そんな暗闇に3ヶ月も閉じこもって模擬戦を繰り返していたのだ。


「だが、良い鍛錬になった」


 相手は魔人や天空人なのだ。武技や魔技などで視界を奪われたまま戦いを強いられる事を想定しておかなければいけない。

 幸い、この空洞は一度、床から離れると上下の感覚すら消え失せるという不思議な場所だった。五感が狂った中での戦闘まで訓練することが出来た。実に有意義だったと言うべきなのだが・・。


「感覚は狂いっぱなしになるし、もう立ってんだか、浮いてんだか分からなくって、何にも見えないのに・・・いきなり、ぶん殴られて、蹴り飛ばされて、武技で穴だらけにされて・・あれって身構えて無い時に受けたら洒落にならないんですよ?もう、乙女が終わっちゃうくらいの悶絶っぷりですよ?」


 ヨーコが力説する。


「おまえは、鱗が使えるだろう?」


 黒い龍鱗で全身を護れるだけ、他の3人よりも耐久力が高いのだが・・。


「あんなの紙です。ティッシュです。先生の攻撃を前にしたら、もう・・ガーゼ着てるみたいなものですからっ!」


「がーぜ?・・てぃっしゅ?」


 弱い物なんだろうと想像はつくが・・。


「とにかく、先生の武技はヤバイんですよ」


「そうかな? 俺からしたら、お前達の魔法や技の方が多彩で羨ましいが・・」


 4人とも、いったい何種類あるのか知れないほど多彩な魔法や技を身につけている。ぶつぶつ言っているが、俺と普通に模擬戦がやれているのだ。俺からすれば、4人の少女達の方がおかしい。


「技が多くても効かないと意味ないんですぅ~ 見た目派手でも、威力無いと意味ないしぃ~」


 サナエが頬を膨らませて不満たっぷりに呟く。


 何だかんだと言っているが、すでに全員が、ここの闇を見透せるようになり、感覚を狂わせる事無く普通に立っている。だからこそ、模擬戦闘を終了したのだ。

 ぶっ続けの、休憩の無い戦闘だったから、さすがに疲労困憊したらしく、主に4人がぶつぶつと不平を並べたり、諦めを口にしたりしていたが・・。


(相変わらず、とんでもない回復速度だ)


 神眼・双で見ていると分かる。枯渇寸前だったリコの魔力量が、瞬く間に上限近くまで回復していた。模擬戦を終えて、わずか10分足らずの事だ。魔力量だけじゃなく、生命量も同様の回復ぶりだった。


(こいつらが魔人だと言われても信じられるな・・)


 生命量も魔力量も、かなり多い方だろう。

 素の体術、武術も、相当なレベルに達している。武技や魔技を織り交ぜれば、結構な頻度で俺に当ててくるのだ。


 そして、ラースにバルハル、タロン・・・想像はしていたが、こいつらも強かった。 4人の少女達と一緒に連携させると、回避が間に合わず常に誰かの攻撃を受けてしまうほどに・・。


(俺にとっても、良い鍛錬になった)


 ある程度の力量を持った相手、それも複数人を相手に戦うことは、常に想定しておくべきだ。並の魔人を凌駕する4人と3体を同時に相手して思う存分模擬戦が行えた。


(・・実戦を交えるべきだろうな)


 できれば感覚を狂わせるような、そういう魔技なり武技を使う相手が望ましいが・・。


「天空人について調べてみようか」


 俺が提案すると、お日様がぁ・・お風呂がぁ・・と嘆き節だった少女達がピタリと静かになった。


「前は苦戦したが、今ならどうだろう?」


 四つ名、5つ名を相手に苦戦した過去がある。あれから鍛錬を積んできたつもりだが、模擬戦と実戦では差違が小さくない。鍛錬を積んだのだという気持ちが過信に繋がり、自分の力を見誤っている可能性がある。それでも、以前よりは上の領域へと達しているはずだった。


「ぜひ・・やってみたいですね」


 リコが低い声音で呟く。


「そろそろ、ちゃんと斬れる相手とやりたかったんです」


 ヨーコが笑みを浮かべた。


「どこへ向かいます?」


 エリカが瞬きしない双眸で見つめてきた。横で、薄く笑みを浮かべたサナエが、棘付きの鉄球を手に持って撫でている。


「カレナド島へ向かおう」


 リーラとサリーナ、それに他の天空人達・・。カレナド島には何かの資料なり、口伝なりが残されているだろう。島に天空人が居なくても、どこかに国のようなものがあるはずだ。その大体の場所が分かれば、今のリコなら見つけ出せる。そして、エリカなら跳べる。


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