第110話 異邦の訪問者

「天空人・・?」


 俺はリコの顔を見た。自分を天空人だと言う客が訪ねて来たというのだ。

 カレナド島をめざして、バルハルが背負った家で移動している途中である。


「・・取り次いだ方が良いかなって・・思いました」


 やや硬い表情でリコが言った。完全武装で兜まで被っている。かつて、天空人から奪った楯と長剣を装備していた。ただ、まだ戦ってはいない。

 戦闘寸前の気配は感じていたが、ぎりぎりで踏みとどまっている感じだった。

 あれほど天空人を憎み、毛嫌いしているリコ達が、戦いもせずに取り次いでくるというのが逆に不気味に感じられる。


「人数は?」


「それが・・2人なんです」


「2人・・?」


 俺はリコの眼を見た。

 洗脳や呪縛といった魔法をかけられた様子は無い。あくまでも、リコ達が自分達で判断した結果、俺に会わせようと決めたらしかった。

 ただ本意では無いという表情だ。

 

「会ってみよう」


 俺はリコに促されるまま、工作室を出て広間へと向かった。


 バルハルという器用な粘体が背負っているおかげで、ほぼ揺れを感じない。カップにお茶を入れていても、あるかなしかの波紋が生じる程度なのだった。


 それでいて、馬より速く移動しているから、バルハルという生き物の能力は計り知れない。


 リコを連れて広間に入って行くと、武装したヨーコ、エリカ、サナエの3人が戸口を護るように立ち、部屋の中央に置いた応接用の椅子には、明るい緑と白の布地を組み合わせた細身のドレス姿の女性が1人座っている。その後背に武装した巨漢が立っていた。


(・・強いな)


 神眼など必要無い。2人とも底が知れないほどに強かった。

 ちらとヨーコ達の表情を確認すると、気圧されるギリギリのところで踏みとどまっている様子だった。


 俺は工作室で着ていた作業エプロンのまま無言で近づいて行った。


 武装した巨漢から凄まじい怒気が吹き付けてくるが・・。


「ダマノス・・お控えなさい」


 ドレス姿の女が声をかけると、ぴたりと怒気が止んだ。


「こちらのお屋敷の主人かしら?」


「そうだ」


 俺は作業エプロンを脱いで収納へ放り入れると女の向かい側に座った。


「いくつか確認したいことがあったの。具体的には、情報の提供と確認、質問がいくつか・・ね」


「長くなるなら茶を用意するが?」


「いえ・・そうね、下界の飲み物には興味があるわ。温かいものが有り難いのだけど?」


「そっちの護衛は?」


 俺は無限収納から素焼きの湯飲みを取り出しながら声をかけたが、当然のように返事は返らなかった。代わりに、射殺さんばかりの視線が向けてくる。


「余裕の無い奴・・」


 軽く鼻を鳴らしつつ、俺は同じく収納から取り出した青白いポットから濃緑色をしたお茶を注いだ。


「見た目は悪いけど、味と香りが良い」


 そう言って、片方の湯飲みを手に取って飲んでみせる。

 

「・・うん、美味しいわね。ただ・・少し渋みが残るかしら」


「そこで、これだ」


 焼き餅を載せた皿を出した。後ろで控えていたサナエがくわっ・・と眼を見開く。何度かせがまれたが、もう無くなったのだと言ってあった品だ。


「食べ物?」


「行儀は良くないが、串を摘まんで、こう・・」


 俺は1本を手に取って食べて見せた。


「なるほど・・」


 見よう見真似で女が焼き餅を口に入れた。すぐに表情を明るくする。


「で・・茶を飲む」


 俺に勧められるまま、濃緑色のお茶を口にして女が大きく頷いた。


「粗野だけど、これは素晴らしい取り合わせね」


「奇跡の相性だと思う」


 俺は清浄の魔法で指先を綺麗にしながら残るお茶を飲み干した。


「それで用件は?」


「デウゼ・ロン・ベルーカ・ラ・デウス・モード・キルイアという天空人を知ってるかしら?」


「7つ名・・知らないな」


「名は7つ・・だけど、まだ大した力は持たない者よ。ただ放っておくと、少々厄介なことをしでかすようになる」


「ふうん?」


「下界もそうでしょうけど・・天空にも多くの国がある。その1つの国が滅んだ際に下界へ逃れ堕ちた王家の血統・・下界の獄舎に封じてあったのだけれど」


「カレナド島?」


「ええ・・下界ではそう呼ばれているらしいわね。私達は、クリルディ監獄と呼んでいるわ」


「クリルディ・・天空人が造った場所なら、そちらが本来の名称なのか」


「島そのものは天然自然のものよ。私達が手を加えて獄門島へと変えただけ」


「そいつ・・脱走したのか?」


「下界の者が手引きをして、天空人が牢を破って回ったらしいわ」


「ふうん・・」


「同時に、多くの犯罪者達も脱獄しているわ」


「まあ、そうだろうな」


「その中に、身内が1人居たのよ」


「・・剣のターエル」


「あら、神眼でも使った?気が付かなかったけれど?」


「面影が・・目元がよく似ている」


「・・そう。あの子は、貴方に討たれたのね?」


「アインジ・ラウ・リューダス・リーラ・ターエル・・・剣のターエルと名乗った」


「あの子・・強かったでしょう?」


 女の双眸が射抜くように俺を見据える。


「強かった」


 俺は穏やかに見つめ返していた。


「あれで、名を三つ封じられていたと言ったら信じられる?」


「ターエル・・八つ名だったのか?」


「そうよ?」


「そうか・・封じられていなければ殺されていたのは俺の方だったな」


「五つ名でも相当なものだけれど・・できれば、あの遺品を返して貰えないかしら?」


 女が、扉近くに立っているリコを見た。


「分かった。返却しよう」


 俺が言うと、


「あら・・あの子の持ち物なのに、貴方が差配するの?」


「私も構いませんよ」


 リコが腰の長剣と楯を手に近付いて来ると、俺に手渡してから扉際へとさがった。


「どうぞ?」


 俺は長剣と楯をテーブルの上に置いた。

 

「・・なんだか、拍子抜けね。抵抗されると思っていたのだけど」


 護衛役の巨漢が、剣と楯を手早く確かめてから女に向かって頷いて見せた。


「勝手な言い分だとは思うが、親族の遺品だと言われると気分が悪いじゃないか」


「ふふ・・そうね。意地の悪い言い方だったわ」


「ターエルの・・姉妹・・姉なのか?」


「母親よ? 可愛い娘が討たれたと聴いて、仇をとってやろうとやって来たの」


「仇討ちか。できれば外でやりたいな。ここでやると家が壊れる」


「冗談よ」


「・・何が?」


「仇討ちよ。堂々と名乗りを交わした上での戦いでしょ? 母親がしゃしゃり出て仇討ちだなんてやったら、あの子の恥になるわ」


「ふむ・・」


 俺は少し考えて、無限収納から透明な小瓶を取り出した。中には、砂状になった虚命晶が入っている。


「下界で言えば、遺灰ということになるのかな・・まあ、貴女が母親だと言うのなら返しておこう」


 俺が小瓶をテーブルに置くと、女が自ら手を伸ばして小瓶を摘まんだ。わずかに目を眇めるようにして白銀色の砂を見つめると、やがて目を閉じて小さく何やら呟いた。


「貴方の名前は?」


「シン」


「私は、ラキン・デス・ライリュール・ミドン・ジィ・リエン・モーラン・ウル・リーエルよ。私人として会う時は、リーエルと呼んでくれて構わないわ」


「公人としては?」


「ラキン皇国の皇太后ね」


 さらりと言いつつ、それまで抑えていた強者の気配を一気に溢れさせた。

 たちまち、息苦しいほどの強烈な魂圧に空気が震え始める。


「天空にある国の名か」


「下界に文明が生まれるずっと前から栄えていた国・・今は古いだけが取り柄の国になってしまったのだけど」


 女が冷めたお茶を口にしながら言った。


「デウゼ・ロン・ベルーカ・・何某という奴もラキン皇国の人間なのか?」


「隣国の皇太子の隠し子よ」


「・・まあ、複雑そうな事情があるのは分かった。それで、放っておくと厄介な事になるというのは?」


 これほどの強者が"厄介"と表現したのだ。ただ腕力だの魔力だのが強いというだけでは無いだろう。


「他者の能力を喰らう・・喰らって我が物とする。下界でも似たような力を持った者がいるのでしょう?そういう能力を持った奴なのよ」


「なるほど・・厄介そうだな」


「面倒なのは、相手の生死に関係無く奪える能力があること。手で触れるだけで奪えちゃうのよ」


「・・それは・・」


「触れなければ奪えない・・だけども、この下界に七つ名の天空人を相手にして、触れられることなく戦える者がどれほど居るかしら? ね? 厄介でしょう?」


「そうした能力を持った者は多いのか?」


「天空人としては、2人目ね」


「1人目は?」


「私がこの手にかけたわ」


 女が小さく笑みを浮かべた。


「・・そうか」


 こいつなら簡単にやれるだろう。


「シン、貴方が狩ってみない? 今なら未だ弱いし、ターエルを倒した貴方なら問題無いでしょう?」


 女に挑むように見つめられて、俺は即座に頷いた。最初からそのつもりだ。カレナド島で天空人の痕跡を見付け、辿り、狩る予定だったのだから・・。


「引き受けよう。しかし、居場所は分かるのか?」


「カレナド島よ」


「脱獄したんだろ?」


「舞い戻って根城にしちゃってるわ。あそこには天空城への転移門があるからね。力をつけて、天空界へ攻め上りたいんじゃないかしら」


 軽く笑って言うと、リーエルが立ち上がって、ドレスの裾と翻すように戸口へ向かって歩きだし、ふと何やら思い出した顔で足を止めた。


「そうだわ・・これをあの娘にあげて」


 収納から取り出したのは、白地に黄金色の装飾が施された円楯と長剣だった。どちらも、ターエルの円楯よりも一回り大きく、やや厚みがあるようだ。

 ターエルの剣と楯を返して貰った礼だと言って円楯と長剣を俺に手渡すと、そのまま巨漢の護衛を連れて外へと出て行った。

 ほどなく、大気を震わせていた息苦しいほどの強烈な気配が去っていった。


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