第82話 腕ガァァァーー!

 コンマ数秒で9連撃を繰り出し、9つの命核を正確に貫き徹す。跳び退る俺の細剣に、9つの半透明な小玉が串刺しになっていた。特性に"剣聖"を得てから、恐いくらいに自分の身体が軽く、速く動いてくれる。

 

 厄災の種だという粘体の化け物は、少女達が予想した通りに、命核というものが体の中にあって、それを潰されない限り、再生し続けるという生き物だった。おまけに、その命核が巨体の割りに小さく、数は9つあり、そして、命核そのものが1秒おきに再生し直すという念の入りようだった。

 そうした事を一つ一つ確認して斃し方を理解するまでに、2時間近くも要してしまった。


 俺の細剣に数珠つなぎに串刺しになった小玉を見るなり、


「わぁ~団子だぁ」


 サナエが声をあげた。


「言うと思った」


 リコが嘆息する。


 魔人の最期と同じように、粘体が砂状に崩れて崩壊していき、力の奔流が身体に流れ込む。それと共に光る玉が無数に舞い飛んで少女達に吸い込まれて行った。


(いったい、いくつの技を覚えるんだ?)


 少女達の万能ぶりに拍車が掛かりそうだと呆れつつ、俺は地面に転がった大きな血魂石を細剣で貫き徹した。通常の魔人の血魂石の10倍近い大きさだった。



 オキャャァァァァァァーーーーーー



 恐ろしく大きな悲鳴が響き渡り、思わず全員が耳を塞いでいた。

 

「ぅ・・?」


 砕けて崩れ去る大きな珠から黒々とした煙のようなものが噴き上がって俺めがけて飛来した。


(なんだ!?)


 禍々しいものを感じて、咄嗟に剣を握っていない左の腕で顔を庇って受け止めていた。

 煙が当たったとは思えないほど、重たい衝撃が左腕に弾けて、俺は地面を踏みしめたまま後ろへ押しやられていた。



 ゥォォォオオオオオオオオーーーーーーー



 風鳴りのような音が渦巻いて、やがて小さくなり消えていった。同時に、腕に感じていた重みも消え去った。


「先生っ?」


 4人が駆け寄ってくる。


「ん・・大丈夫」


 俺はざっと自分の身体を見回してから、神眼・双で自身を確かめた。

 特に状態の異常は見られない。

 生命量も減っていないから、今のでダメージを受けたわけでは無さそうだ。


(何だったんだ?)


 首を傾げつつ、黒いのを受け止めた左腕を確かめるために鬼鎧を収納して、上着の袖をまくって動きを止めた。


「あぁ・・これは?」


 手の甲から肘にかけて真っ黒く変色していた。おまけに、赤黒い筋が脈打つようにして鈍い光を放って明滅している。そのままじっと見ていると、赤黒い筋が徐々に光を弱めて消えていった。


「先生っ!?」


 指で触れようとして俺を、慌てたヨーコがしがみつくようにして止める。


「ん?」


「へ、平気なんですか、それ?」


「・・大丈夫だろう」


 俺は黒くなった自分の左手に触れてみた。


(まあ・・普通の感触だな。何か・・・ひんやりするけど・・腕の感覚はある)


 表側だけが黒い物に覆われてしまったような感じだった。


「まさか・・あれか?」


 先ほどの粘体のような・・?


「これを・・」


 エリカが地面に落ちていた武器の残骸を拾って差し出した。


 物は試しと黒い左手で握ってみるが、特に変化は起こらない。ところが溶かすイメージを思い浮かべた途端、まるで水でも啜るかのように武器の残骸が左腕の中に染み込んで消え去った。


「・・おいおい・・これは、ちょっと」


「魔法はどうでしょう?」


 リコが指先に火玉を浮かべて訊いてきた。


「やってくれ」


 左手を向けた。そこへ、リコが火玉を放つ。

 途端、火玉が腕の表面に吸い込まれて消えていった。


「あぁ・・」


「そういう・・」


 リコとエリカが、すぐに理解の声をあげた。


「うっわぁ~ 先生、良いなぁ~」


 サナエが声をあげた。


「良いのか・・これ?」


 俺は困り顔で眉間に皺を寄せた。袖をまくり上げてみたが、黒くなったのは肘くらいまでだった。


(人前で上着を脱げないな)


「黒い・・黒曜石みたいで格好良いですよ!」


 エリカが慰めるように言ってくれるが、


「いよいよ、黒くなってきましたねぇ~ もう、完全に暗黒騎士ですねぇ~」


 サナエが容赦無い。


「・・まあ、なったものは仕方無いか」


俺は左手を見ながら自分を鑑定してみた。


 魔技の欄に、魔法吸収、粘体触手、麻痺放電・・・なんと3つも増えていた。


(すごいな、これ・・)


『御館様・・』


(ゾエ?)


『御身が厄災の種子を取り込んだようです』


(俺が取り込んだのか? 逆じゃなく?)


『はい』


(無意識に、周りに居る者に危害を与えることは?)


 真っ先に思い浮かんだ不安だったが、


『御館様がそのおつもりになられぬ限り起こり得ませぬ』


 どうやら大丈夫そうだ。


(そうか・・・で、種子というのは?)


『魔神を生み出す因子の1つです』


(魔神?)


 聞き捨てならない単語だ。


『あのまま放置しておくと、数百年後に魔神と化した可能性がある・・・という程度の些少な因子です』


(なんだ、数百年後の事か)


 なら、気にする必要は無いだろう。後の世の事は、後世の人間達が考えれば良い。


『因みに、ゾエも厄災の因子で御座いました』


「・・は?」


 思わず、間が抜けた声が出た。


「先生?」


 ヨーコが心配そうに見てくる。


「あ・・ああ、大丈夫・・」


(・・・お前が厄災の因子だったと初めて聴いたぞ?)


『御館様に名を頂いたゆえ、御館様が御存命であらせられる限り、我が身の因子は起きませぬ。ご安心くださいませ』


(そういう仕組みか・・)


 ようやく、おぼろげながら理解できてきた。


「色々と調べたけど、大丈夫そうだ」


 俺は左手を空に向けて、粘体触手と麻痺放電を念じてみた。


 途端、黒い左手の表面から漆黒の粘体の触手が鞭のように生え伸び、同時に激しい電撃が放射状に上空に向けて放たれていた。どちらも25メートル前後まで届いたようだった。


「訓練すれば、それなりに使えそうだ。即座に出せるし、相手の不意を突くには良いかもな」


「先生っ」


 サナエが挙手した。


「なんだ?」


「ジチョウ ダイジ オーケー?」


「なんだそれ?」


「私が王様だったら、討伐対象にノミネートですよぉ」


「ノミ・・?」


 俺は助けを求めてリコを見た。


「その・・先生の身体が呪われたり、毒を受けたりとか・・大丈夫なんですか?」


 リコが別の心配をしている。


「毒も呪いも無いよ? まあ、あっても俺には効果が薄いけどな」


「魔法を主に使う、私みたいな戦い方だと、手も足も出なくなります」


 リコとサナエが口を尖らせて考え込んでいる。


「こういう物が存在するんだ。魔族領へ行く前に、魔力を使わない武技の練度を伸ばしておいた方が良いな」


「はい」


「逆もありますよね?」


 エリカが言った。


「あるだろう。魔法でないと斃せない奴も居そうだ」


 あれこれ話し合った結果、また大亀の迷宮に戻って修練をやり直す事になった。


「新しい技と魔法を覚えたもんね!」


「試してみなきゃ」


 少女達が和気藹々と迷宮の入り口へ駆け込んで行く。


(・・また、模擬戦が派手なことになるな)


 今更ながら、迷宮主の大亀が不憫に思えてきた。

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