第81話 厄災の種

 結局のところ、俺が教えてやれることは戦い方だけだった。

 そういう結論に辿り着いて、より積極的に少女達との鍛錬を積むことになった。

 

 東大陸の街道には新街道と旧街道があり、街道筋を外れれば魔物が湧いて出る洞窟や迷宮、樹海などが点在している。いくつか、洞窟や迷宮を踏破する中で、魔物数が多くて手強い迷宮を見付けて、今はその迷宮を鍛錬の場と決めて通っていた。


 走って3日の場所に、わりと大きな交易所のあるトンロンという町があり、大口の買い取りをする商人が競うように軒を並べている。おかげで、山のような魔物の素材が順調に換金できるのだった。

 トンロンの町で骨休めと反省会をしてから、また走って迷宮へ出掛ける。全982階層からなる迷宮で、最深部は広大な空間になっていて壁も床も壊れてもすぐに元通りになる不思議な場所だった。人様に迷惑をかけずに鍛錬をするにはもってこいの場所なのだ。

 

「そろそろ戻るか」


「そうですねぇ」


 何度目かの模擬戦を終えてから回復を待って、地上へ戻ることを決めた。


 水も食料も十分に残っているが、この数日の鍛錬で各人の所持している魔技や武技の練度が最高になったらしい。模擬戦の戦い方も熟れて来て、それぞれの戦闘能力は格段の進歩をしている。ただ、常に同じ相手になるので、駆け引きという点ではマンネリ化してしまう。


「ここも、そろそろかな?」


 俺は大きな空洞の隅っこへ視線を向けた。

 

「そうですねぇ・・」


 少女達もちらと流し見る。


 そこに、ゴツゴツとした岩を背負ったような三つ首の大亀が居る。首の一つ一つが別々の属性を持ち、熱気、冷気、毒気を広範囲に噴射してくる。切っても高速で再生するという魔物だった。

 甲羅の岩が稀少鉱物になっているが、背負っている鉱物よりも、鉱石を食べて出す"糞"が真の稀少鉱石になるという、ありがたい魔物だった。おまけに生きている限り、甲羅の鉱石はいくらでも再生するのだ。


「もう、さんざん採ったからな。また足りなくなったら来よう」


「ですねぇ」


「この亀、美味しかったですよねぇ」


「・・生食はきつかったけど」


「また泡を吹いて倒れましたもんね」


 口々に言って笑い合いながら、また来るねぇ~などと大亀の魔物に手を振って、攻撃の催促をする。

 この大亀、進入者を迷宮の外へと弾き飛ばす大技を持っているのだ。

 

 どこか疲れたような顔の大亀が、大きく口を開けて竜巻のような息を吹きつけてきた。

 恐らくは、この洞窟内の何かの仕組みが動くのだろう。淡い光が俺達を包み込んで、次の瞬間にはいつもの山上湖の畔に放り出されていた。

 火山の火口らしい場所に湖はある。エメラルド色の美しい湖だった。

 全員がふわりと水面に舞い降りて、そのまま湖面を歩いて岸へ向かうと、水辺で休んでいたらしい豚頭の妖鬼達が迷惑そうに鳴きながら散り散りに駆け去って行った。

 

「またオークが湧いたんですね」


 エリカが冷たい視線で見送りながら呟いている。その手が両腰の短刀の柄を撫でていた。


 まあ、豚顔の大きな身体で、樽のように腹回りが突き出し、その腹に隠れるように巻かれた腰布はボロボロで、ともすればポロリもあるという・・少女達からすればちょっと視界に入れたくない不快な生き物である。

 おまけに、初見の時など、ボロボロの布切れを押しのけるようにブツをおっ立て、涎を撒き散らしながら吼え声をあげて突進してきたのだ。印象は最悪である。


「この山は魔素溜まりになっているみたいだな。魔物の湧きが早いし、個体の強さも増している感じがする」


 俺はオークの事には触れず、いつも通りに火口の岸壁を跳び越えて火口縁の外へと身を躍らせた。4人がぴたりと併走するように跳んでついてくる。


「次はどこへ行くんです?」


 ヨーコが訊いてきた。


「そうだな・・」


 召喚国を迂回して進むなら新街道から旧街道へ入った方が良い。どうであれ追いかけ回される事にはなるのだろうが・・。


「北にある魔族領を抜けて、東のトワ王国を目指してみよう」


「魔族領・・魔人が住む国ですね」


「魔人ばっかりなんですかぁ? それ、ヤバくないですぅ?」


 サナエが割って入る。


「天空人で言えば、三つ名くらいの奴が多いんじゃないか? 五つ名並の奴がぞろぞろ居るようなら、南へ逃げ出せば良いだろう」


 俺は頭に地図を思い描きながら言った。


 魔族領と人界を引き裂くようにして巨大な河が流れている。黒流と呼ばれる墨のような色をした水が渦を巻きながら東から西へと流れていた。対岸までの距離は狭いところで、50キロほどらしい。当然、水中にも空中にも魔物がいるのだろう。


「そうですね、魔族・・魔人ですか。どんな暮らしをしているのか興味があります」


「リッちゃん、絶対まともに食べれる物とか無いよ?食卓に人間でてくるよぉ?」


 サナエの心配はそこらしい。


「その時は、おやつを食べれば良いじゃない?」


 エリカが笑った。先日、サナエが店に並んでいた焼き菓子を全部買い上げたのだ。おまけに、その後も店々をはしごして大人買いをやりまくり、町長から遠慮がちに厳重な注意を受けたのだった。大亀を生食やって倒れた反動なのだが・・。

 今回、町を離れて移動をする動機の一つである。


「面白いお菓子とかあるかも」


 ヨーコが無邪気な事を言った。

 途端、サナエが眼を大きく見開いた。


「そうね。風俗が違うんだし、変わった食べ物はあるのかも」


 リコも追撃する。


「えぇ~・・だって、魔族の町って金貨とか使えるのぉ? 買い物できるかなぁ?」


 サナエの不安点が変化した。


「向こうで何か売れば良いんじゃない?」


 エリカの提案に、サナエが何度も頷く。


 辛抱強く結論を待って、


「・・決まりで良いか?」


 俺は4人の顔を見回して最終の意思確認をした。まどろっこしいようだが、この過程を踏んでおく事が後々のために非常に重要なのだ。4人と付き合うようになって、俺が学んだのは、この合議一致を待つための忍耐強さだった。


「はいっ!」


 4人が気持ちよく返事を返す。


「なら・・」


 急ごうかと言いかけて、俺はふと異質な気配を感じて最寄りの大樹へ身を寄せた。

 僅かに遅れて少女達が同様に木立を楯に身を潜める。瞬時に生命の気を断って存在感を消し去ったのは見事だ。衣擦れの音、心音、呼吸音はもとより、体臭などの臭いも消し去っている。

 盛ったオークでも嗅ぎつけられないだろう。

 

(ふうん・・?)


 妙な生き物がそこに居た。ぶよぶよと乳色をした粘体のあちこちに、オークやゴブリン、オーガなどの首や手足が埋まるように生えている。


(スライム?・・それにしては)


『厄災の種と呼ばれる種ですね』


(厄災の?・・なんだそれ?)


『あのまま大量の魔物を悔い続けて、次第に強大な生き物へと変じていくのです』


(・・際限なく?)


『町を呑み込む程度で止まるはずです』


(そんな生き物がいるのか)


 俺は神眼・双でじっと観察した。ほぼ溶解してしまい薄らとしか見えないが、甲冑らしき物や武器のような残骸も呑まれているようだ。


「鬼装・・」


 俺の呟きと共に、粘体の化け物の表面を細波のように波紋が拡がった。

 細剣と楯を取り出して装備すると、4人の準備を確認した。全員、甲冑を着終わって、こちらを伺っている。


「厄災の種という生き物で、他の生き物を喰いながら力を増していくらしい」


 俺は鬼面を閉じた。4人の少女達も面頬を下ろした。


「まずは、いつも通りにやる。感じからして、長期戦になるかもな」


「分かりました」


 簡単に立ち位置の打ち合わせをしていると、粘体の化け物が向きを変えて、地面にある草木を強酸で溶解させながら這い進んできた。


(触手か・・液を飛ばすか?)


 そう予測した途端、酸らしき透明な液体を飛ばしてきた。

 しかし、狙いは正確にできないのか、近くの木々に散って白煙をあげただけだった。


「先手、行きます!」


 掛け声を残し、姿勢を低くしたヨーコが矢の勢いで突っ込んで行った。

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