第83話 銀毛の魔獣

「まさか、こんな事になってるとはなぁ」


 俺は呆れかえる思いで嘆息していた。


「ほんと、信じられない」


「もう・・潰しちゃいますか?」


「まだ、全体を把握できてないわ」


「・・許せない」


 4人の少女達が危険な方向へ振れつつあった。

 

 まあ無理も無い話である。

 魔族領だという土地へ来てみたら、肝心の魔族というのに出会えず、代わりに見付けたのは、どうみても人間達による闇取引の市場だった。

 見るからに妖精ですといった小さな羽根の生えたものから、オークやらゴブリンやらの子供、獣人から魔獣・・・当然、人間の男女も売り買いされているようだった。

 リコの観察によると、市場のほぼ8割が奴隷売買の天幕になっているらしい。


 大河の畔に岬が突き出して流れを遮るようになっている船寄せには絶好の湾処がある。そこを港にして、巨大な天幕を設営した市場があちこちに併設されていた。


「これが全体図になります」


 リコが平に均した地面に図を描いて説明をした。


「取り逃がすのは嫌だな・・」


「はい」


 エリカとヨーコが頷いた。


「エリカ、まず停泊中の船の舵棒と舵輪を破壊してくれ。その後は奴隷商人達の殲滅を優先」


「はいっ!」


「ヨーコは、エリカが船の舵を破壊してから中央の大天幕へ突入」


「はい!」


「サナエは市場を周回して、奴隷商達を殲滅しつつ、商品にされている奴等を治療してくれ。できる範囲で良い」


「わかりましたぁ!」


「リコ、混乱した中ではどうしても討ち漏らしが出る。殲滅、治療、監視・・すべてを等分に気を配ってくれ。一番忙しい役割になるが・・」


「やります!」


「今更だが、相手が人間だからといって躊躇はするな。ここで討ち漏らした商人は、また奴隷の売買をやるぞ」


「はいっ!」


「よし・・」


 俺は廃墟となった砦跡地から見下ろせる奴隷市の灯りを眺めやった。

 この場で見張りに立っていた連中は片付けた後だ。


「・・やろう」


 そう呟くように指示するなり、エリカが瞬間移動で、投錨して停泊している帆船へと向かった。太さが1メートル近い舵棒だったが、エリカなら短刀の一旋で切断できる。たとえ、芯に鋼鉄が入っていようとも・・。


 わずかな時間で、


「エリカが、28隻・・すべての船の舵棒と舵輪を切断しました」


 併走していたリコが報告した。


「よしっ、突入っ!」


 俺の掛け声で、抑えて走っていた少女達が地面を爆散させるように飛散させて奴隷市めがけて突入していった。


 極小に圧縮した風刃を次々に放って宙を舞わせながら、商人、護衛の男、使用人・・片っ端から首を刎ねながら歩く。


 少女達は鑑定眼を、俺は神眼・双を起こしているのだ。

 誤認は無い。

 老若男女、一切の加減なく平等に首を刎ねる。

 

 ちょっとした宿場のように店が並び、露店もあったが、当然のように全員の首を切り捨てた。


「先生・・」


 エリカがふわりと姿を現した。


「リコが上流から船が近付いて来ているって・・」


 どうやら別の奴隷商が近付いて来ているらしい。


「ヨーコと一緒に斬り込んで奴隷を保護してきてくれ」


「はい」


 エリカが瞬間移動で空へと消えていく。


「先生ぇ・・放すと他の子を食べようとする小鬼とかどうしますぅ?」


 サナエが離れたところで声を張り上げている。


「始末しろ」


「はいぃ~」


 返事と同時に、棘鉄球付きの片手棍が振り下ろされた。

 物悲しい豚の悲鳴が聞こえた気がした。

 サナエが入っているのは、どうやら妖鬼などのゲテモノを集めた天幕らしい。


 俺は神眼・双を起こしたまま、生者がめっきり減った奴隷市の中を歩いた。

 ふと、一つの檻の前で足を止めた。

 中で蹲っているのはずんぐりと幅広の体型をした獣人だ。手足が切り落とされて包帯が巻かれていた。灰褐色の毛並みの感じは年老いているようだが・・。


「歩けるか? 自力で広場まで行けるなら助けるぞ?」


「・・這って行く。頼む」


 獣人の声は思ったより若かった。人間で言えば、40歳程度か。


「よし・・」


 俺は素手を振って檻を切断した。即座に隷属の呪具から解放し、首に巻かれていた鎖を引きちぎった。


 そのまま次の檻へと向かう。


「あんた、妖精族だね! 助けてよっ! こっち! ここだってばっ!」


 姦しく騒ぎ立てているのは、背中に羽根のある小さな妖精達だった。鳥かごの中に閉じ込められている。全部で50人近くいるだろうか。


「また、ずいぶんと大勢で捕まったな」


 呆れながら、俺は鳥かごを破壊した。首に嵌められている隷属の呪具をすべて解呪して消し去る。


「ありがとーーー!」


 大はしゃぎで飛び跳ねながら、羽根妖精達が代わる代わる周囲を舞いながら礼を言ってくる。


「帰れるか?」


 身体は元気そうなので訊いてみると、


「大丈夫っ! 泉の方角は感じるわ!」


 先ほどから声を張り上げている女の子が返事をした。そういう種族なのか、全員が薄いブルーの髪をしている。妖精種なので外見で年齢は測れないが、見た目で言うと二十歳前といったところか。


「なら、気をつけて帰れ。もう捕まるなよ?」


「うん! ありがとう! 花の人っ!」


「ありがとうっ!」


 羽根妖精達が互い違いに舞いながら、何度も振り返って手を振りつつ去って行った。


(賑やかな奴等だった・・次は)


 どうやら"人間"以外の者を集めた天幕らしく、魔獣の子やら蜘蛛女、トカゲ人など大勢が閉じ込められていた。それら全てを外へ出して隷具から解放し、治療が必要な者、対岸へ渡らないと帰れない者は広場へ集まるように伝えた。

 

「へぇ・・」


 異種族の天幕、最後の檻には獅子のようにも、犬のようにも見える大型の魔獣が繋がれていた。

 立ち上がれば体高だけで、5メートルほどだろうか。体長は尻尾抜きで10メートル前後か。なかなか立派な体躯をした魔獣だ。


 長い銀色の獣毛の下にあちこち傷があるらしく血が臭った。

 金緑の瞳が激しい怒気を込めて俺を睨みつけているが、動く力は残っていないようだった。長く前に突き出た双角がある頭部だけは黒い獣毛が多く混じっている。獣耳の先、ふさふさと長い尻尾の先も、黒毛が多いようだ。


 初めて目にする魔獣だった。

 神眼・双で詳しく鑑定してみると・・。


(ウルラース?・・そういう種族名か)


 角があるし、どことなく猫科のような体型にも見えるが顔付きなどは狼のような感じもする。


(まあ良いか)

 

 俺はさっさと檻を破壊し、四肢それぞれを拘束していた隷属の呪具を解呪して消し去った。最後に首の隷具を消滅させてから、広場へ行けと言ってみたが、低く唸るばかりで動こうとしない。


「俺の言葉が分からないのか・・犬っころなら仕方無いな」


 やれやれ・・と首を振り、俺は魔獣の頭部に生えた双角の片方を掴むと、小石でも投げるようにして巨体を広場に向かって放り投げた。


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