第154話 パーリンス
「ようこそ、おいで下さいました」
宿の前で、モーラ・ユシールがにこやかに出迎えてくれた。到着前に、ゾールが連絡に走って報せてあったのだ。聖瘡の件も伝えてあるらしく、宿屋の一室に資料らしい物、魔導器や石版などが積んであった。
「お時間も御座いましょう。性急で申し訳ありませんが、まずはゼール公家に伝わる口伝をお話しし、それから用意の遺物を元に説明をさせて頂きたいと思います」
全員が部屋に入れ無いので、俺とリコ達4人、ゾールとリリアンが部屋に入り、残りは廊下で話を聴いている。
まだゼール家が地方領主だった時代に、花妖精の男と末姫が婚姻を結んだらしい。当時は、いわゆる人間族、妖精族、獣人族などそこら中に入り乱れて暮らしていて、別種族という概念も無いまま、ごく普通に執り行われた婚儀だったそうだ。どちらかと言えば、ゼールの末姫からの熱望によるものだったと、史書には記されているらしい。
「聖瘡というものは、花妖精でさえ滅多に顕れるものでは無く、ごく小さな物でも生死を彷徨うほどの重態に陥るそうです。そのための聖薬なるものがあるそうですが、薬の作り手が絶えて久しいと聴いております。ゼール家では現公主が初めての聖瘡でしたが・・ゾール様からお聞きしました。リートを・・公主をお助け頂いたそうで、ありがとう御座います」
「聖瘡を取り除いただけだ。色々と邪魔も入った。あれが無ければ、ついでに治癒くらいしても良かったんだけど・・」
老騎士が騒ぎ立てて暴れようとしたおかげで、やる気が消え失せたのだ。
「話は伺っております。ドラスデン卿が出しゃばったそうですね」
モーラが嘆息した。
昔から、そういう気質で、自分が正しいと言い張って譲らず、どこにでも首を突っ込んで横槍を入れる質だったらしい。ただ、口ばかりの騎士とは違い、武術の腕は確かなもので幾多の戦場で活躍したため騎士団長の地位まで登った。ゼール家の傍系という血筋で、花妖精の血が濃く出たためか、茨を生やして使役する魔技を身につけており、率いる騎士団は薔薇騎士と称された。
聴いたことが無かったが、ゼールの薔薇騎士団と言えば、それなりに勇名を馳せていたそうだ。
「あの後、リートはすっかり快復し、今では1人で執務が出来るほどとか。息子達は大慌てでしょう」
そう言って、モーラが意地の悪い笑みを浮かべた。
後継者争いが起こったのは、リート公主が聖瘡のために臥せったからだ。快復したとなれば、退位の話自体が消えて無くなる。
「ドラスデン卿が騒ぎ立てて身辺警護を増やし、暗殺に備えているとか・・まあ、あれだけ暗殺の脅威があると広言して回ると、王子達にその気があったとしても、やりにくいかもしれませんね」
「・・ゾール」
俺は凶相の男を呼び寄せた。
「これをその公主に渡してくれ。使う使わないは当人の自由で良い」
「はっ」
ゾールが低頭して受け取ったのは、俺の手製の身代わりの呪具だ。模擬戦で少女達に持たせているものの廉価版だが、毒殺や刺殺くらいなら一度だけ命力を肩代わりしてくれる。
「まあ、例の老人が放り捨てるかも知れないけどな」
その時はそれで良いさ・・と、俺は笑った。
「さて、聖瘡なんだけど・・」
「はい」
モーラが姿勢を正した。
まずは実物を見て貰った方が早いだろうと、俺は上衣や肌着を手早く脱いで上半身を晒した。モーラによく見えるよう背を向ける。
「こっ・・これは・・こんな」
動揺した声を漏らして、モーラが絶句してしまった。
「聖瘡などではありません。シン様・・貴方様のこれは、妖精神の力そのものを顕したもの。花妖精より伝えられた妖精史にも数例しか無いとされる帝王の証です」
「王の?」
「妖精王・・国の王という意味では無く、妖精を従える資質を顕す印だそうです。ゼール家に身を寄せていた花妖精は存在を信じていないようでした。物語の中の存在だと・・そう申しておりましたが・・」
「周りに害を及ぼす物なのか?」
「いいえ、害・・ではありませんが、リートがそうであったように、身に宿した者の命力と魔力を大量に消費しながら成長して行くものですから、大抵の場合は命を縮めることになるそうです。十分な命力、魔力を与え続けることが出来る人にとっては、何の脅威もありません」
「何か特殊な力を使える・・という事は?」
「それについては、まともな文献が無く、花妖精達も詳しくは知らないようでした。血を引くというだけのドラスデン卿が、植物の蔦を生やして使役できるのですから、それ以上の事が可能になるのだと思いますが・・申し訳ありません。シン様がご自身でお試しになるしか・・」
「そうだな・・そういう事が出来ると思えば使えるようになるのか」
俺は右手へ眼を向けた。
何しろ、特性には薔薇ノ王というものが顕現している。左手の厄災種と同様に、使い方次第で色々と面白いことが出来そうだ。
「本来は植物の育ちを良くしたり、病枯れを防いだり・・そうした能力に通じるものだと思います。ドラスデン卿のように戦闘に役立つ力としては・・どうなのでしょう。私などには、薔薇で戦う絵が思い浮かびませんが・・」
モーラが苦笑した。
「確かに・・まあ、色々と試しながら考えてみるよ。ここの資料は貰っても?」
脱いでいた服を着ながら訊ねると、
「もちろんです。リートの命を救って下さった対価としては釣り合わないでしょうが・・」
「いや、助かるよ。知らないことばかりで・・これだけじゃなく、他にも検証できていないことが沢山あるんだ」
積み残してある課題、調べられていないことは山のようにある。
「・・こちらには、どのくらいご滞在を?」
「多分、1ヶ月くらいかな」
根拠は無いが、そのくらい時間を掛ければ、多少は整理がついているだろう。
「その間、お連れの方々に治療など・・ご助力をお願いしてもよろしゅうございますか?」
モーラが懸命な顔で訊いてくる。
「それは各自の自由。俺は何の制約もしないよ?」
「ゼールのルテンバール騎士団、そしてサージャ王子がこの地で消え去り、北の領主も急逝したものですから・・・いきなり統治者が失われたために、いざこざが起きました。今は不完全ながらも有力者が集まっての合議制のようなもので様々な決め事を行っているところですが・・」
そう言われてみれば、以前に立ち寄った際に、まとめて土に還したのだった。争い事が起きたのは当然だろう。
「モーラさんも、その1人?」
「ええ・・善し悪しはともかく、私はゼールの血筋ですし、多少なりとも政を見知っておりますから。尻込みをして隠遁するような場合でも無かったですしね」
むしろ、モーラが統治者に名乗りをあげれば良いような気もするが・・。
「治療というのは?」
「魔法に素養がある者が数名おります。その者達に手ほどきをしてやって欲しいのです。手本をお見せ頂くだけでも」
「今はどの程度?」
「骨に届くほどの傷は治せず、擦り傷、切り傷を何とか・・まあ、止血はそれなりに」
「それは酷いな」
「・・僭越ながら」
珍しく凶相の男が会話に割って入って来た。
「ゾール?」
「世の治癒師の基準に照らしたならば、平均には達しているかと」
「止血くらい・・治癒術じゃなくても出来るじゃないか」
血の管を縛るなりして血流を抑え、薬を使えば、浅い刃物傷くらいは手当できる。
「それが、ごく一般的な治癒術師の常識です」
「・・そうなのか」
「大将は常識知らずだからのぅ」
オリヌシが呆れ顔で言った。
「お前に言われたくないが・・まあ、常識を知らないのは認める」
俺はリコ達の顔を見た。
うちの少女達は全員がかなり上級の治癒術を使える。サナエなど、下手をすれば死者すら蘇らせかねないくらい、ありとあらゆる傷、病気を治療できる。参考にしようにも、力量差が隔絶し過ぎていて難しいだろう。
「魔法となれば、どうしても戦闘に使う攻撃的なものばかりが持て囃され、効果の薄い治癒魔法は鍛錬がおざなりになります。治癒の才に恵まれた者も、宝の持ち腐れで、できもしない攻撃魔法ばかりに拘ってしまって・・」
そうした攻撃偏重の意識に一石投じたいという事らしい。
「みんな、どう思う?」
「う~ん・・人に教えた事は無いですし、生意気を言うようですが、今の私達は相当に非常識な段階にあると思うんです。斬られたばかりなら首だって繋げますから・・参考になるかな?」
リコが小首を傾げつつ、サナエやエリカを見た。
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