第155話 予定は未定。

 モーラが色々と手を回してくれたのだろう。パーリンスの町では、比較的のんびりとした時間を過ごす事が出来た。

 バルハルが背負っている館を町の外へ置き、町中と館は徒歩で行き来する。

 人外との戦いが続いていたおかげで、ごく当たり前の町並が新鮮に感じられた。毎日の手合わせの他は、各人が自由行動と決めて、お互いにやりたい事をやる。好きな物を買い、好きな物を食べ、好きな物を飲むことが出来る。何しろ、軍資金は潤沢にあるのだから・・・なのだが、


「・・町へ行かないのか?」


 どういうわけか、少女達もアマリス達も、館の居間で寛いでいることが多かった。


「だってぇ・・あの愛想笑いが痛くってぇ~」


 ソファーに横倒しになったまま、サナエが何やら呻くように言っている。

 また、何かを食べ過ぎたのかもしれない。


「普通に接しろと言う方が無理でしょう」


 獣人のエルマがそっと目端を和ませる。


「そんなものかな・・そう言えば、あんた達の旦那はどこ行った?」


「モーラさんを訪ねて行かれました」


 アマリスが冷やした花茶をカップに入れてくれた。礼を言って受け取りながら、窓辺の枠に腰掛ける。


「オリヌシは、ゼール公国のために何か手伝いたいのか?」


「どうなのでしょう? それほど思い入れがある感じはしないんですけど・・」


 人柄がお優しいから・・と、エルマが笑う。

 エリカと向かい合って何かの盤上遊戯をやっていたリュンカが、顔の前に掲げた手札越しに眼を向けてくる。


「そうだな・・あいつ人が善いから、何だかんだと頼まれ事を引き受けて帰って来そうだ」


 お茶を楽しみながら窓の外を見ると、ラースの襟元にリリアンがしがみついて楽しげに笑い声を立てている。その足元を、無表情に・・しかし心配そうに凶相の父親が影のように併走しているのが見えた。


「パパ、ツギ、ドッチイク?」


 声と共に、ふわふわと漂うようにして、鉢金が宙空に出現した。


「レンステッズに立ち寄ってから、ヤガール王国だな」


 カップの中で咲いた花を見つめながら答えると、途端、4人の少女達が跳ね起き、立ち上がった。


「お前達を召喚した責任というやつがある。きちんと送還する方法があるのか無いのか、訊いてみたい」


 まずは、王家の人間を捉えて順番に訊いていくのが良いだろう。

 

「先生、面倒だったら、まるっと城ごとやっちゃって良いんですよ?」


 エリカが物騒な事を言う。リコとヨーコが隣で頷いている。どうせ言を左右して、まともな話し合いにはならないだろうと・・。


「まあ、待ちたまえよ、君達ぃ~」


 サナエが割って入った。


「先生ぇ、どうやって訊きに行くんですかぁ?」


 訊ねるサナエの顔が期待に輝いている。


「どうって・・王都へ行って呼び出せば良いだろう?」


「王様が外に出て来ますかねぇ~?」


「多少の邪魔はあるだろうけど、きちんと順を追って交渉すれば出てくるだろう」


「うんうん、交渉ですねぇ~、うん、交渉ぉ~・・でも、出て来なかったら、どうするんですかぁ~?」


「せっかく立ち寄ったのに無駄足になるのは嫌だから、どうしても出て来ないなら少し強引にでも訪ねて行くしかないな」


「ですよねぇ~」


 サナエが喜色満面に何度も頷いている。


「・・おまえな、何でもかんでも力で解決しようという考え方は良くないぞ?」


 そんな事では、嫁に貰おうという男が居なくなってしまうだろう。せっかく器量が佳いのに、この子は何かにつけて暴力的なのだ。それも、近接戦に執着するところがある。


「リッちゃ~ん、うちらの先生が何か言ってるよぉ~?」


「・・私にふらないで」


「だってぇ~」


「レンステッズ、ヤガール・・ツギハ、ドコ?」


「ヤガールの北にある町で買い物だな。俺の師匠が紹介状を書いてくれたから・・お金はあるし、良い買い物が出来るかもしれない」


 出立する時に、値段は法外だが間違いの無い品を揃えているのだと・・リアンナ女史が紹介状を書いてくれたのだ。あの時は到底無理だと思っていたが、今なら四千龍貨の品でも顔色を変えずに物色できる。あるいは、もっと良い品があるなら、そちらを購入することだって可能だ。

 何より、それほどの品々を取り扱っているという店主に興味があった。


(リアンナさんの知り合いだろうから、ただ者じゃ無いだろうし・・)


 顔を見ておくのも悪くないだろう。

 

「午後の模擬戦はどこでやります?」


 エリカが焼き菓子を持った皿を手に近付いて来た。


 幾多の失敗、壮絶な黒歴史を乗り越え、この頃ではちゃんと食べて美味しいお菓子を作れるようになっていた。噛むと歯が欠けそうな焼き菓子やら、ナイフを押し返す弾力のパンケーキだったり・・クリームサンドの時は全員がその場で喉を押さえて嘔吐に到ったという、凄まじい毒物だったりしたが・・。


 お菓子以外で言うと、料理をさせればヨーコが一番腕が良い。ただ、人外を含めると、調理の類いはタロンが一番上手い。精密に実行するばかりでなく、人に合わせた匙加減、その日その日の気温や皆の疲労具合を観察して、程よくアレンジした物を作ってくれる。


「うん! エリちゃん、上出来だよぉ~」


 なお、口いっぱいに焼き菓子を頬張って偉そうに感想を述べているサナエなどは、甘いお菓子が大好きなくせに、作る料理は全体に味が濃く、辛く、熱過ぎるくらいに茹だった料理ばかりだった。リコに調理させると、半日以上も台所に籠もって朝の品が昼に並び、昼の品が夕食になるといった感じで、美味しいのだが必ず一食を抜くことになる。

 戦闘になれば果断に意思決定をして即座に指示を飛ばせるのに、いざ料理となると、やたらと悩み、考え込み・・分量は恐ろしいほどに正確に測ろうとするし、とにかく手間暇を掛けすぎるらしい。


「先生?」


 エリカが顔を覗き込んできた。


「ん?・・ああ、今日から厄災戦を想定して、俺の厄災種を相手に戦闘をやってもらう。場所は旧帝都跡地、タロンの防壁内でやろう」


「はい!」


「ヤクサイセン・・滅亡ワードが聞こえた気がするぅ~?」


「良かったね。サナの回復魔法が大活躍だよ!」


 ヨーコがサナエの肩を抱いて揺すりながら笑う。


「俺の感覚的な格付けだが・・第5階梯までは完全に制御できている。まずは、第一種・・第1階梯から慣らしていって、第5階梯まで対処できるようになったら、ここを出発してレンステッズへ向かう」


「はいっ! 質問があります!」


 ヨーコが勢いよく手をあげた。


「魔界で退治した悪魔達は、何階梯まで耐えましたか?」


「どうかな? 途中、気を失ったりしていたから・・たぶん、第一種の第2階梯か、3階梯といったところだろう」


 その先は、生命反応の失せた魔界の中で、俺が色々と試していた過程で厄災種が成長したために発現するようになったのだ。ゾエの推察では、悪魔達を喰って栄養が満たされた結果だろうということだったが・・。


「・・それって、何階梯・・何種まで行けそうですか?」


 リコがやや硬い表情で訊いてきた。


「う~ん・・まだ開発途中だからな。短時間なら、今でも第八種まで操れるけど・・それぞれ、9階梯に分けているけど、これはあくまで感覚的なものだな」


 先がどこまであるのか、そもそも階梯の区切りも感覚的なもので、これといって明確な線引きがある訳では無いのだ。


「厄災種との模擬戦で、みんなの中に耐性・・できれば、"厄災殺し"のような特性が顕現してくれることを期待している」


「なるほど・・特性があれば、少しは耐えられるかもしれませんね」


「厄災種の触手・・第3階梯になると、もう魔法では防げない。空間を侵食して貫き徹すため、断裂した空間に逃れても届く。耐性と特性、最低でもどちらかを持っていなければ、逃げおおせることだって不可能になる」


「ジチョウダイジ・・・トテモダイジ」


「この先、旅を続ける中で厄災種との遭遇戦も有り得るだろう。そうした時のために、みんなには模擬戦の中で耐性と特性、両方を会得して貰う」


 俺は、エリカの焼き菓子を口に運びながら告げた。

 無理でも何でもやってもらうしかない。


「はいっ!」


「わかりました」


 少女達が頷いた。やれと言われたら、やるしかないのだ。


(お・・美味いな、これ)


 俺は思わず目元を和ませて、指で摘まんだ焼き菓子を見た。

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