第156話 タロンとお話。

 それは長く苦しい・・ひたすらに苦しい日々だった。

 当初は午後のみだった模擬戦は、午前午後の二部制になり、やがて夜間訓練まで取り入れられ、日に三度、悪夢のような壮絶な厄災戦が行われた。

 無論、全員参加だ。

 リコ、エリカ、ヨーコ、サナエの4人はもちろん、オリヌシ、アマリス、リュンカ、エルマ、ゾールにリリアン、さらにはラースやバルハル、タロンまで参加しての厄災触手との戦闘だった。

 それは、厄災触手によって体を喰われる日々だと言って良い。

 朝昼晩と毎日のように触手に喰われる毎日だった。


 サナエを中心とした回復魔法の技能が大活躍したのは言うまでも無いが、各人、捕食行為に対する精神的な耐性が芽生え、練度は劇的に上昇した。


 約1ヶ月、正確には36日間、毎日繰り返されて、ようやく参加者全員が厄災耐性と厄災殺しの特性を会得できた。未だに第四種となると圧しきられてしまうが、第三種までの厄災触手なら対抗できるようになっている。


「うん、最低限の目標は達成できたな」


 神眼で全員の状態を確認しつつ、俺は小さく頷いた。


 途端、張っていた気が緩んだらしく、


「ふ・・ふははは・・魔神がゴミのようだぁっ!」


 サナエが壊れた顔で笑い出した。そのまま白目を剥いて、仰け反るように倒れていった。

 慌てて、ヨーコとエリカが両脇から支える。


 無理も無いのだ。

 厄災触手に喰われると傷口から厄災の呪が流れ込む。それが命を奪い去る前に、手遅れにならないよう瞬間回復させなければいけない。サナエは、36日間、延々と聖術と回復魔法を使い続けることになったのだ。


「確かに、帝都に出現した魔神くらい、今なら狩れそうだのぅ」


 オリヌシが苦笑いする。


「・・リリアン、ダイジョウブ?」


 タロンが心配そうに声を掛けながら、ゾールに抱かれた幼子に治癒魔法を浴びせている。


「だいじょうぶ・・ありがとう、タロンちゃん」


 疲労で青ざめた顔でリリアンが健気にも笑顔を作って見せていた。


「先生、今日は休息日にしませんか?目標も達成できましたし・・すぐに移動じゃ、倒れる人が出ちゃいますよ?」


 リコがやや上目遣いに軽く睨んでくる。色々と物を申したそうな顔だ。


「まあ・・そうだな。今日は、ゆっくり休んでくれ」


 適宜、互いに治癒魔法を使い合って回復しておくように・・と言い置いて、俺はそそくさと自室へ引き上げた。


 確かに、休み無く36日間というのは少し耐性付けを急かし過ぎたかもしれない。

 わずかなミスで、命が失われる緊張感を1ヶ月とちょっと持続したのだから、多少なりとも無理がきているだろう。


(明日も休息日にして、明後日の移動にした方が良いかもな)


 少女達はともかく、リリアンには厳しかっただろう。ゾールには無理に付き合わせる必要は無いと言ってあったのだが、リリアン当人の希望で最初から最後まで模擬戦に参加させたようだった。


(あの子にも、神具の防具を揃えてやらないと・・)


 あの調子だと、父親にくっついて戦闘に参加すると言い出しそうだ。

 魔法の防護膜を展開する魔導具をいくつか持たせてあるが、魔神などを相手にすることを考えれば頼りない装備品だ。


(・・あ、あの子くらいの大きさなら)


 無限収納に、天空人から贈られた籠手が仕舞ってあった。その手甲の部分を少し加工すればリリアンの装備品に出来そうだ。本格的な鍛冶仕事は出来ないが、彫金細工の方は得意中の得意だ。

 神具を神聖視している人間からしたら気絶しそうな事を思い付くと、白銀色をした大ぶりな重籠手を取り出して早速加工を始める。


 接合部から切断し、板金をばらしていると、


「パパ」


 小さな声と共にタロンが姿を現した。


「ん?・・ああ、どうした?」


 風刃を使って細かく切れ目を入れながら応じる。


「リリアン、ネムッタ」


 ふわふわと宙を漂いながら顔の前までやって来る。


「疲れたんだろう・・ちょっと可哀相だったな」


「デモ、ヤクサイ、ダイジョウブニナッタ」


 まだ幼いのに、厄災耐性を会得している。体力の回復も速い。ぐっすり眠れば大丈夫だろう。


「うん・・タロンは大丈夫か?」


「ダイジョウブ、デモ・・」


「どうした?」


「タロン、マタ、タクサン、タベルヨウニナッタ。パパ、ダイジョウブ?」


 魔力の吸収量が大幅に増えて、最初に比べれば二倍近くになっていた。その事を心配しているらしい。


「俺の魔力量も増えたからな・・それに、タロンが食べる量より、回復する量の方が多いんだ」


 サナエなどが聴けば、ぎゃーぎゃー騒ぎ出しそうなくらいに急速回復をするようになっていた。


「それに、これは他のみんなには言ってないけど・・」


 俺は、タロンを抱えて膝に乗せながら、右腕に顕れた"力"について話して聴かせた。

 ゼール公国が聖瘡だという薔薇が背中に顕現し、薔薇ノ王という特性が顕れてから、自前の魔力だけでなく、周囲の魔素を吸い上げて魔力に変換している事に気付いていた。ゾエと検証したのだが、太陽に当たりながらだと、その変換効率が抜群に良くなる。僅かな魔素を膨大な魔力に変換できるのだった。


「パパ、ジチョウダイジ・・サナエ、イウ」


「あはは・・まあ、だから遠慮はいらない。好きなだけ魔力を食べて蓄えておけ」


「ウン、ワカッタ・・パパ、シンパイナイ」


「左手で厄災を操っている時は魔力が減っているけど、その時以外は大丈夫だ」


「ハイ、パパ」


 タロンが鉢金頭をくるくると回す。


「ソレ、ナニツクッテル?」


「リリアンの兜だ」


 籠手の手甲の部位を切り取って加工すると、すっぽりとリリアンが被れるような兜になる。元が神具だし、魔導具としての処理を施すので、簡素な見た目以上に優れた防具に仕上がるはずだ。


「カブト?」


「リリアンはまだ弱いからな。頭を守る防具を作ってあげないと危ないだろう」


「ウン、リリアン、ヨワイ・・マモラナイト、アブナイ」


 膝の上でこちらを見上げるようにしていたタロンが、くるりと鉢金を回して作業台へと向き直った。


「急ぐ旅でも無いし、タロンが行きたいなら、霊峰跡地に立ち寄っても良いぞ?」


「レイホウ?」


 鉢金がこてん・・と横に倒れる。


「タロンと最初に会った場所だ」


「ヨウジ、ナイ、アソコ、クライ」


 霊峰跡地の地下にある魔素溜まりだ。光の魔法も遮断される場所で、文字通りに真っ暗闇である。


「なら、真っ直ぐレンステッズだな」


「レンステッズ、ヨウジ、アル?」


「俺は、あの町には何か秘密があると思ってる」


「ヒミツ?」


「何も無い場所を、魔人が何度も襲撃するはずが無い」


 学校の関係者も知らないようだったから、自分達で調べる必要がありそうだが・・。


「ヨウジ、アッタ?」


「多分な」


「アイーシャ、アウ?」


「うん、途中で呼ぶつもりだけど・・どうした?」


「アイーシャ、タロン、シッテタ」


「そうだな」


 確かに、あの賢者の婆さんは、それらしい事を言っていた。


「タロン、ツクッタヒト、シッテタ」


「そうらしいけど、何か、アイーシャが知ってるのはタロンと違うみたいだった」


「ソウナノ?」


 くるっと鉢金が回って、こちらを見上げた。


「もしかしたら、タロンと同じようなタロマイトが他にも居るのかもな」


「タロマイト、ホカニ、イル?」


「タロンより大きかったらしい。アイーシャが知ってるタロマイトは・・」


「オオキイ?」


「アイーシャはそう言ってたな。それに、タロンみたいに言葉が喋れないらしい」


 あの賢者が、最終兵器だとか言って怯えるほどの存在だ。タロンとは、どうも違う気がする。もちろん、タロンも十分に凶悪な強さを持っているが・・。


「ハナセナイ? ソレハ、カワイソウ」


「だから、俺は違うタロマイトだと思う」


「タロマイト、ハナセナイ、タロマイト・・」


「世界は広い。俺達が巡った場所なんか、ほんの片隅の・・地図で見れば点のような広さだ。見たことが無い物、聴いたことが無い事、全く違う常識が幾らでもある。俺の用事はレンステッズ、リコ達の用事はヤガール王国、それが終われば何処へ行っても良い」


 少し前から考えていた。

 魔人の領地がどうの、魔界がどうのと言ったところで、せいぜいが東西の大陸・・それも北辺を中心にした地域だけのこと。移動距離にしても、直線距離で2000キロ足らずだろう。主に、東西の大陸間、東大陸の西岸付近から西大陸の東部から北辺にかけてを移動したに過ぎない。ごく小さな地域での、狭い世界を覗き見ただけなのだ。


 多少は死に難く、戦える力を身につけた気になっているが、世界には今の俺など虫けらのように捻り潰せる強敵だって数多く存在しているはずだ。


「セカイ・・ヒロイセカイ・・タロン、イッショ?」


「ああ、タロンも、ラースも、バルハルも・・みんなで行ってみよう」


 俺は粗く削った手甲を掲げて、出来栄えを確かめた。


「悪くないな」


「パパ、トテモ、ジョウズ」


 タロンが膝の上で手を打ち合わせて拍手をした。

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