第147話 招かれざる者

 転移から再転移までの3分間、俺は細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44:M829A3 を延々と打ち続けた。秒間5回、付与・双によって倍の10回、付与を盛った細剣技で距離2キロに転移してからの連撃である。


 リコが言ったように大きな褐色の岩をくり抜いたような形状の物体めがけて委細構わずに打ち込んでいった。ちょっとした山のような大きさがあったが、ものの1分半で形状が瓦解して半壊状態に陥った。さらに1分経った時、膨大な熱が体に流れ込んで来るのを感じた。さらには、舞い散った光の玉がいくつか、俺めがけてぶつかって来た。


(打ち切れなかったな・・)


 M829A3 の残数を残したまま、出現した転移陣に取り囲まれた。


(エリカか・・)


 ちょうど3分くらいだろう。いつもながら時間に正確だ。

 転移を受け入れるよう意識をすると、こちらへ来た時とは違って血流が逆流するような強烈な目眩に襲われて、思わず顔をしかめる。


 直後に、俺のやや右手、斜め上方から何かが近付いて来た。


(・・む?)


 咄嗟の動きで、騎士楯をかざしてそれを受け止めようとした。

 すでに、エリカの転移術では無いことに気が付いている。エリカの術に、途中から何者かが割り込みをかけた感じだった。


「・・ぐっ」


 いきなりの衝撃が騎士楯に衝突し、胸を圧されるまま後方へと跳ね飛ばされていた。一瞬の判断で、踏みとどまろうとするのを止めて、飛ばされるままに身を任せた。


 ・・・敵が居る。


 何者かが、転移によって俺を掠った。

 そして攻撃をしてきた。


 ・・・人?


 大きい・・だが、人のような姿に見える。彫りの深い端正な顔立ちで、双眸には黄金色の瞳が輝き、引き締めた唇には尖った牙が覗いている。背には大鳥のような純白の翼があった。

 身の丈が20メートル近い白銀の甲冑を着た巨人だった。間合いも何も無い。相手の武器は届くが、俺の武器は届かない。武技なり魔技なり使わなければ反撃できない状況だったが・・。

 巨人が握り持っているのは、柄まで金属で出来た淡く光る戦斧だった。

 

(足場は・・)


 足元を見る余裕は無いが、硬質な石床のような感触だ。

 

 力任せに殴りつけられた戦斧を跳び退りながら騎士楯の表面に当てる。再び、大きく跳ね飛ばされた。

 抵抗する間も無い圧倒的な力で、ともすれば腕ごと楯を引きちぎられそうだった。


 身を捻って足から下りながら、追撃してくる巨人の巨体を観察する。

 戦斧を振り下ろし、刃を返して振り払う。一連の動きにかかる時間は、半秒足らず・・。力任せのように見えて、俺が逃れ出ようとする方向を抑えるように、精密に攻撃を加えてきた。

 

 白翼の巨人は、わずかな力の拮抗も許さず、連続した攻撃で圧しきろうという鬼気迫る形相だったが・・。


(ゾエ、踵を打ち込め!)


『畏まりました』


 俺は両足を踏みしめて、腰を落として騎士楯を前に、細剣を後ろへ引いて半身に構えた。


 間を置かず、戦斧が真っ向から振り下ろされた。

 

 ・・ゴッ!


 重く短い衝撃音が鳴り、戦斧と騎士楯がまともにぶつかり合った。

 勢いをつけて振り下ろされた戦斧に分があるだろう衝突だったが、下から上へ、身を屈めて打ち上げた騎士楯の方が圧し勝ち、戦斧が勢いよく跳ね上げられて巨人が姿勢を乱して後退る。

 

 すかさず、細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44:M829A3 の打ち残しをまとめて打ち込んだ。

 

 本能的な動きか、巨人は腕をかざすようにして顔を庇っていた。喉当てから胸甲、籠手・・Rheinmetall 120 mm L/44:M829A3 が命中するが、激しい衝撃音を響かせるだけで弾かれていた。

 

(良い鎧だな・・)


 巨体に相応しい、分厚い金属で出来ているのだろうか。


(・・表面は少し削れたか)


 まったく通用しないというわけでは無さそうだ。

 

(問題は細剣が効くかどうかなんだけど・・)


 以前に出くわした沌主のように生身で細剣を弾かれるようだと勝ち目が薄くなる。

 顔を庇った動きからして、そこまで肉体の強度に自信は無さそうだが・・。


(む・・?)


 何のつもりか、白翼の巨人がわざわざ距離を取って戦斧を構え直した。円形の楯を取り出し、空いていた左手に持っている。


(警戒したか)


 それだけ、細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44 が無視できない威力だったということか。


 神眼・千では見透せない。この白翼の巨人も神眼持ちらしい。

 だが、鑑定こそ徹らないが、巨人を取り巻いている魔素の渦、その高鳴りのようなものは見えている。今のところ、魔素を喰うような技ないし能力は見せていない。


(こいつだけなら・・凌げるんだけど)


 簡単では無いが、粘って勝機を窺うくらいはできる相手だ。

 

 しかし・・。


 この白翼の巨人と同じような背格好の甲冑騎士が1人、また1人と転移をして姿を現し始めた。

 

(8体か・・)


 最初の1体を合わせて9体と対する事になった。


(呼吸は普通に出来る・・視界は開けていて足場も悪くない)


 どういう造りなのか分からないが、真っ平らな床が果てしなく拡がっている感じだ。両足はしっかりと硬い足場を踏みしめているのだが、床そのものは眼で見えていない。ただ、そこにある・・と感じているだけだ。魔技によって空中を走れるので、足場が無くても戦えるのだが、魔力を消費しないで居られるのは有り難い。


 速攻で斃せないなら、斃されないように粘るしかない。

 そのために、自身の生命量、魔力量を管理しながら相手をより多く削っていく。

 巨人達は、その巨体ゆえに、同時に俺を攻撃できない。斬りつけるにせよ、投げつけるにせよ、せいぜいが2体、それ以上になると互いの体が邪魔をして上手く攻撃できないだろう。


 魔法や魔技による遠間からの攻撃は、魔法吸収する魔技によって無効化できる。

 手足を使った物理的な攻撃は防ぐなり回避なり出来るだろう。

 

(剣のターエル・・あいつは、翼を輝かせて回復術のようなことをやった。こいつらも、似たような事をやるのか?)


 言ってみれば天空人をそのまま巨人にしたような容姿だ。同じような技を使っても不思議では無い。


(ただ・・・天空人とは違うんだよな)


 神眼での鑑定は防がれているが、肌で感じる生命感・・生き物としての存在感が天空人のそれとは全く異なる。


(ゾエ・・?)


『大気中にも・・魔素中にも御館様の脅威となる物は含まれておりません。我が身におきましても、能力の減衰等は御座いません。どうか、ご存分に』


(よし・・)


 俺は、鬼面の下で口元を綻ばせた。


 しっかりとした足場、開けた空間、毒も何も無い空気、充ち満ちた魔素・・・。

 白翼の巨人達にとっても戦いやすい場所なのかもしれないが、俺にとっても戦闘がやりやすい空間だ。存分に己の力を発揮できる。


(・・ん?)


 俺が戦いやすい場所? 転移で連れて来ておいて、わざわざ俺に都合が良い場所に?


 これはおかしい。

 俺なら、転移先には敵が嫌がるあらゆるものを用意する。せっかく、こちらで場所を選べるのだから、より優位に立てるように工夫をする。例え、相手がどんなに格下でも・・いや、格下ならば尚のことだ。


(どういうことだ?)


 俺が戦いやすい環境を・・? 手頃な敵を用意して?


(そもそも、エリカの転移魔法に割り込んだり・・そんな芸当をやってのけるような奴が、こんな詰めの甘いことをやるか?)



 ・・目的が違う?



(いや・・敵が違うのか?)


 肉迫して振り下ろされた戦斧をぎりぎりで回避しながら、俺は自分を中心に全方位へ意識を飛ばした。神眼だけでは見破れない。だが、やはり何かがあるはずだ。


 俺の固有特性、絶対感覚が、ここが現実の場所であることを教えてくれる。幻術などでは無い。足下には硬い足場が確かにあり、周囲は果てしなく開けた真っ平らな空間・・。


(・・転移を行った術者は?)


 エリカの転移魔法に割り込んだほどの術者は、どこに紛れているのか。


(大ぶりになってきたな)


 騎士楯で戦斧を弾き滑らせつつ、柄を握っている巨人の親指を細剣で貫き徹した。

 巨人の動きに乱れが見える。あれほど隙無く慎重に立ち回っていたというのに、誘いかと疑いなくなるくらいに、ちらちらと動きに乱れを起こしていた。


 まあ、どんなに頑張って戦斧を振り回しても俺には当たらない。そもそもの体格差によって、文字通りに斧で蚊を潰すような状態になっている。巨大な戦斧を懸命に振り回しても、掻き消えるようにして別の場所に顔を出す。巨人達が足元を捜し回っていると、いつの間にか頭上へ移動して、不意打ちで細剣技が降り注ぐ。

 白翼の巨人達が動きを乱し始めるのも無理は無い。


 至近から繰り出した細剣は、分厚い籠手で護られた巨人の親指を貫けた。

 

(・・う?)


 巨人の指を貫いた細剣に妙な違和感が残った。

 手刀で砂袋を貫いた時のような、ざらりとして重く湿ったような感覚・・。均一で変化の無い擦過感・・。


(こいつら・・人形か!)


 俺の奥歯が、ギリッ・・と嫌な軋み音を鳴らした。

 神眼・千を起こした双眸が異様なくらいの青白い輝きを宿して周囲へ差し向けられる。


「・・やるぞ」


 低く感情を押し殺した声を絞り出しながら、俺は硬い床めがけて左の拳を叩きつけた。同時に、殺意の渦が暴流となって全身から噴出する。


「そこか」


 神眼が下方へと向けられた。

 殺気をぶつけて拾った僅かな魔素の揺らぎ・・。

 

「すべてを喰らえ」


 俺は床を打ち抜いた左手から、厄災種の触手を解き放った。

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