第148話 厄災

「うわぁ・・・これ、やばいよぉ~」


 サナエが青ざめた顔でリコを振り返った。

 

「・・どうしよう」


 リコまでが顔色を失い、縋るような視線をエリカやヨーコに向けていた。

 もっとも、エリカとヨーコも似たり寄ったりだ。血の気を失った顔を引き攣らせ、息を潜めるようにして互いに顔を見合っている。


 事態は深刻だった。


 リコ、サナエ、エリカ、ヨーコ・・・彼女達の先生が、危険極まりない状況に陥っていた。

 

「・・大噴火しそう。やばいよ、これ・・」


 ヨーコがぽつんと呟いた。

 

 どこかの空間に転移で連れ去られた先生が、どうやら怒り心頭になって、箍が外れそうな気配なのだ。


「先生の居る所が見えないわ」


 リコが不安の滲む声を漏らす。


「ゾールさん!」


 エリカがゾールに声を掛けた。ちょうど、悪魔を武技で切り刻んだところだった。


「・・私にも分かります。これは・・危険ですね」


「みんなで家に退避しようと思うんですけど、どうでしょうか?」


 エリカの提案に、リコやサナエ達も大きく頷いた。


「そうしましょう。悪魔の転移も止んでいます。残りはたいした脅威ではありません」


 そう言って、ゾールが少女達を促すようにバルハルの館を振り返り、そのまま地を蹴って走り始めた。


 少女達4人が続く。


「館に退避だ」


 駆け抜けながらゾールが、オリヌシやアマリス達に声をかける。


「おうっ!」


 何も問わず、オリヌシ達も後に続いた。



 びりびりと大気が振動を始めていた。

 死を感じさせる寒気と、灼き焦がすような怒気が暴風のように吹き荒れていた。

 その死の暴風にあてられ、まだ息のあった悪魔達が次々に灰となって崩れ散っていく。血魂石すら、地面転がる間も無く、蒸発するかのように崩れ去って物悲しい絶叫を幾重にも響かせていた。


 

 ・・・ドシィィィーーーーー



 不意の大音は、遙かな頭上から響き渡った。

 何かの殴打音のようにも聞こえたが・・。


 続いて、



 ・・・ギッイィィィィーーーーー



 金属質の擦過音が響いた。


 思わず背を縮めながら、全員が命からがらバルハルの背負った館へと飛び込んだ。


「タロンちゃん、お願い・・・家を護って!」


 エリカが縋り付くようにして頼み込む。


「ダイジョウブ・・パパノイイツケ、タロンハ、イエヲマモル」


 鉢金頭を淡い黄金色に包みながらタロンが、胞子のような光を周囲へと舞わせている。


「ラース君はどこ?」


「ラース、イエニイル、ダイジョウブ」


「・・良かった」


 エリカが安堵の溜め息をついた。


「パパ、大丈夫?」


 リリアンがタロンに訊いた。


「パパ、ツヨイ、モンダイナイ、デモ、ワタシタチ、モンダイアル」


「タロンちゃん?」


「パパ、オコッテル・・・ダレ、トメル?」


 鉢金頭がくるりと回された。鏡面のように綺麗な鉢金に、居並ぶ全員の顔が映し出されている。


「・・ええぇ・・とぉ、リッちゃんかなぁ?」


 サナエがちら・・と、横目でリコを見る。


「ちょっ・・わたしに死ねって言うの? あんた、どこまで鬼なのよっ!」

 

 リコが真っ赤な顔で憤慨する。


「じゃあ、ヨーコぉ?」


「無理だね、無理、無理、ぜぇ~たいに無理っ!」


 ヨーコがぱたぱたと顔の前で手を振った。


「エリぃ~?」


「まだ死にたく無いな」


 エリカが真面目な顔で呟いた。


「じゃぁ・・」


 サナエの視線が、オリヌシからゾールへと漂っていく。


「サナがやれば?」


 リコがじろりと眼鏡の奥で睨んだ。


「やだなぁ、サナは避けるの下手だしぃ・・・ミンチになって飛び散る絵しか浮かばないんだけどぉ~? もう一生、ハンバーグが食べられなくなるよぉ? トラウマになるよぉ?」


「あんた、この世の終わりまで生きるとか言ってたじゃん」


「リコ君、今がその時かも知れんのだよぉ? まさに、この世の終わりが訪れようとしているかも・・・」


 サナエが何やら言いかけた瞬間、



 ・・・ドォォォォォーーーーン・・



 唐突な爆音が、重たく腹腔に響いてきた。

 肌がひりひりしてくるような殺意の渦は依然として弱まる気配が無い。掛け合い漫才のようなことをやりながらも、リコとサナエは防護の魔法と精神治療の魔法を使って館を包み込んでいた。

 そうでもしなければ、少女達はともかく、リリアンやアマリス達がもたない。


「・・・先生、何と戦ってるんだろ」


 ヨーコが窓辺から外を眺めながら呟いた。


「エリの転移魔法に割り込んで改竄したくらいだし、かなりの強敵よね」


「・・あれって、上位の転移法術だったのに・・あんな一瞬で・・どうやったら出来るんだろう」


 エリカが悔しそうに言った。


「なんかさぁ・・本当に果てしないよねぇ」


 サナエが達観したような顔で溜め息をついた。


「強さ?」


「うん・・だってさぁ、うちらって、結構いけてると思うんだよねぇ・・魔族領とか行っても、普通に覇王とか成れるんじゃないかなぁ?」


「そうね・・覇王くらいなら務まるかも」


 リコが頷く。


「なのにさぁ・・これだもん」


 みんなして館に閉じ籠もって、凶悪な嵐が過ぎ去るのを待っているのだった。

 

「まあ、どこまでやっても、上には上がおるからのぅ」


 オリヌシが苦笑気味に笑った。世の常識に照らすならば、この少女達も十分に理不尽な存在なのだ。ただ、ちょっと、より非常識な存在を手本にしようとするから、無力感を味わうことになるだけで・・・。


「おとさん、タロンのパパさんは?」


 リリアンが父親に抱かれたまま訊ねた。


「今、強い敵と戦っていらっしゃる」


「だいじょうぶ?」


「もちろんだ」


 ゾールが小さく笑った。


「パパ、ツヨイ、ダイジョウブ」


 タロンがふわりと舞い上がってリリアンの横に浮かんだ。


「・・・ただ、どこかでお止めしなければ」


 どこで戦っているのか未だに判然としないが、いずれ余波が吹き荒れて、この辺り一帯が消失させられる可能性がある。それは、熱かもしれないし、風かもしれない。毒気や殺意かもしれない。戦いの中で吹き荒れた何かによって、地表が破壊されてしまうだろう。


「そう、どこかでお止めしなければぁ~」


 サナエがリコの肩に手を置いた。

 外では何度目になるのか、激しい衝突音が鳴り響いていた。

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