第193話 アウラゴーラ


「・・どういうつもりだ?」


 憤怒に柳眉を逆立てた女魔人が、食いしばった唇から押し殺した声を漏らす。


「どうとは?」


 俺は細剣を手に、女魔人の正面に立っていた。


 1人である。


 他の皆は、魔人の掃討戦を行っている最中だった。


「我の・・我が前に、1人で立つ・・その理由を訊いている」


「価値が無い」


 沌主くらい俺1人で問題無い。他の面々には大量の魔人を狩らせておく方が効率的だというだけだ。


「・・なにぃ?」


「質問は俺がする」


 言うなり、俺は前に出て細剣を繰り出した。

 

 咄嗟とっさの動きで準備していただろう魔法を放とうとしたようだが、元より、俺に魔法は届かない。魔防壁も結界も意味を成さない。細剣の切っ先が、両腕の肘関節、両膝頭を貫き徹して穴を穿うがっていた。


「ぬっ・・」


 牙の覗いた唇を噛みしめ、女魔人がわずかに上体を揺らしながらも踏みとどまった。


 直後、俺の細剣がきらりと陽光を滑らせ、女魔人の頭に生えていた一角を根元から切断した。


「お前は、カンスエル、もしくはキルミスの手駒か? 何らかの依頼を受けて動いているのか?」


 問いかけながら、俺は落ちて来た一角を左手で受け止めた。その角が、するりと手の中へと喰われて消える。


「・・・き、貴様は・・何者だ?」


「質問は俺がする」


 俺の細剣が女の額にある黄金の瞳を貫いた。


「ガッァ・・ッ・・」


 さすがに短く苦鳴を漏らし、女魔人が身を震わせる。


「もう一度く。カンスエル、もしくはキルミスから依頼を受けて動いているのか?」


「・・違う!」


 女魔人がえるように言った。


「戦場で鎧もまとわず、娼婦のようなナリで・・無様ぶざまな事だ」


 俺は小さく吐き捨てた。侮蔑の念しか無い。


 あまりの言に、女魔人が痛みも忘れた形相で、ぶるぶると体を震わせ始めた。


「わずかな兵しか居ないようだが? たかだか、50万足らずで何がやりたいんだ?」


 俺は細剣を陽にかざして曇りを見ながら、女魔人の間近にまで近付いた。

 

「カンスエル、キルミスとの接点は?」


「・・カンスエルなどという者は知らぬ!」


「キルミスは?」


「我が元を訪れた」


 ある夜、厳重に護られた寝所に、涼しい顔で入って来たらしい。


「それで?」


「じきに結界壁が消えると告げて去った」


「ふうん・・」


 俺は右手の細剣を女魔人の顔へと向けた。そのまま切っ先を下げ、ぎりぎりまで胸元を開けた黒衣、大きく盛り上がった乳房の谷間へと突き入れた。


 ギッ・・と奥歯を軋ませ、女魔人が苦痛に耐える。


 胸の中央、細剣はわずかに切っ先を突き入れたところで止められていた。


「キルミスはどこだ?」


「し・・知らぬ!」


 睨み付けてくる女魔人の眼を静かに見つめ返し、細剣の切っ先をさらに沈める。


「キルミスはどこだ?」


「・・知らん!」


 叫ぶように答えた女魔人の唇から血がにじみ出ていた。潰された額の黄金瞳からも大量に血がしたたっている。


「名は?」


「・・ジルーナ・アウラゴーラ」


 厳しい眼光を向けたまま、女魔人が答えた。


「沌主というのは本当か?」


「そうだ」


「沌主は何人いる?」


「3名だ」


「他の2名はどうした?」


「各々、自由に動いている。我等は・・互いに不可侵だ」


「・・そうなのか」


 俺は、ゆっくりと細剣を引き抜いた。


「名は・・名乗らぬのか?」


「シン」


「・・我が呪など意にも介さんか」


 名前を知れば、呪をより深く掛けられる。だが、浅いも深いも無い。呪いが、まったく効かないのだった。


「呪だけじゃなく、何も効かないんだが・・」


「貴様は・・我の総てを否定しおるな」


 女魔人がふらりと上体を揺らした。


「少なくとも、俺と戦えるような者では無いな」


「お主達が我が領土から出て来たと言うことは、すでに我が民草は討ち滅ぼされた後か」


 呟くようにして女魔人が呻いた。


「200ほど集落を残してある」


「我等を・・魔人をあわれむか」


「俺は魔神狩りに行った。だが、わずかな数しか狩れなかった。それで戻って来たところだ」


「魔神を・・貴様になら・・できるのだろうな」


 女魔人が大量の血を吐いた。


「生きて戻る気はあるか? それとも、ここで死ぬか?」


 俺は細剣を鞘へ納めた。


「・・死にとうは無い」


「レンステッズという町がある。あれより西へ手を出せば殺す。覚えておけ」


 俺は視線を巡らせ、ゾールを見付けると手招いた。


「我が君・・?」


「サナエを連れて来てくれ」


「はっ」


 返事と共に、転移して消える。

 僅かな間を置いて、サナエを連れて戻って来た。返り血をべったりと浴びたサナエが、棘鉄球のぶら下がった片手棍を担いで近づいて来る。


「先生ぇ?」


「治療してくれ」


 俺は、今にも倒れ伏しそうな女魔人へ眼を向けた。


「はぁい」


 どうしてとも訊かず、サナエが聖術を使い始めた。

 損壊していく肉体と聖術によって復元しようとする肉体・・わずかな拮抗が見られたが、幸い傷は深くない。女魔人の手足、胸元、黄金瞳までがゆっくりと治療されていった。


「ぶはぁぁ・・先生ぇ、きっいですよぉ~。治すんなら、もっとライトな傷にしましょぉ~」


 サナエが、げんなりと疲れた顔で呻く。


「すまなかった」


 俺は苦笑しつつ謝った。


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