第10話 マサミとヨシマサ
小鬼が四匹、ぶらぶらと小川に向かって歩いていく。
木陰から襲撃の機をうかがうヨシマサの背を、マサミが小さく小突いて振り返らせる。そのまま無言で、斜め上の方を指さしたりしていた。
二人とも、厚地の綿服で身を包み、その上から綿入りの胴衣と軽い革鎧を身に着けている。どちらも腰には短剣。ヨシマサは長剣を、マサミは方錐状の打頭がついた錫杖を握っていた。
(小鬼の釣りに気付いたか)
俺は少し離れて見守っていた。
危なくなったら助けるが、基本的には傍観すると二人には伝えてある。
小鬼に限らず、人型に近い形をした魔物は知恵を使う。一匹一匹は弱いのだが、罠を仕掛けたり、不意をついてきたり・・油断ならないのだ。
今は、四匹がのんびりと歩いているようだが、見張り役が樹上に潜んでいた。四匹を狙ってくる奴がいれば、樹上から毒矢で狙ってくる。それに、マサミが気付いたらしい。
(そこは褒めるべきなんだろうけど・・小鬼があいつらに気付いたのはマサミの体臭なんだよな)
小鬼達は、女の匂いに敏感なのだ。風に乗ってわずかに香った匂いに気がついたのだろう。小鬼達は襲撃者を予想して、逆に狩ろうとしている。
(・・さて)
どうするのか?
ヨシマサも、マサミも技能を上手に使う。俺とは考え方がまるで違っていて、武技と武技のつなぎのように体を動かし、互いの位置取りを考える。
武技や魔法という特別なはずの技を何の躊躇もなく使用して攻撃と防御を組み立てるのだった。
武技を使わずに剣を振ったりすることは極稀で、相手の攻撃を受け流すことも武技、防御は魔法・・どれだけ種類があるのかと思うくらいに多彩に技を使って戦う。
小鬼が気付いていることに、二人も気付いている。
その上で、どうするのか?
ヨシマサとマサミの、俺では決して思い付かない戦い方・・ほぼ武技や魔法しか使わない戦闘というものは、凄く新鮮で興味深かった。
最初に動いたのは、マサミだった。
風の魔法で、眼で見えにくい風の刃を生み出して四匹の小鬼めがけて放つ。
マサミがウィンドカッターと呼んでいる攻撃のための魔法だった。熟練度が上がると数を増やせるのだとか・・。
そして、ヨシマサが飛斬という武技で、離れた樹上に隠れている小鬼を斬って落とす。あれは、振り抜いた長剣の延長線上へ斬撃を飛ばす武技だ。威力は使用者の力と武器に依存するらしい。
(範囲は広い・・届く距離は5メートル前後か)
樹の幹に刻まれた傷の深さからして、大斧を力一杯振り下ろしたくらいの威力だろう。
「シンさん?」
「足跡は20匹近い」
「おっけーー、マーちゃん、まだゴブが居るんだってさ」
「やったぁ!」
ヨシマサとマサミが手を取り合って喜んでいる。
死ねば良いのに・・とは思うが、二人が息のあったコンビなのは認めざるを得ない。
戦士としても優秀だ。
出発前はどうなることかと思ったが、いざ森に入ってみると無闇に騒がないし、痛いだの痒いだの言い出さず、黙々と小鬼狩りに精を出している。ちょっと怖いくらいの集中力で次々に小鬼を狩っていくのだった。
結局、丸一日かけて周辺にあった小鬼の巣穴から集落まで狩り尽くし、どっぷりと陽が暮れてから野営になった。
「どう、マーちゃん?」
「うん、結構上がったかもぉ」
二人が自分達の能力を確認しているのを聴きながら、俺は手描きの地図を更新していた。目に付いた斜度や朽ち木、小川などを追加していく。小鬼の集落や巣穴は殲滅したが、いずれまた棲み着くだろう。
「もう大丈夫かなぁ?」
「うん、いけるんじゃない?だいたい、やり方は分かったよ」
いつものようにひっついて、ヒソヒソと囁き合っていたヨシマサとマサミが立ち上がって大きく伸びや屈伸を始めた。
「・・どうした?」
俺は地図を描いていた手を休めて顔を向けた。
途端のことだった。
「ゴメンね、シンさん」
謝罪の声と共に、凄まじい衝撃が顔面を襲ってきた。それが眼に見えない斬撃だと感じるのと同時に、俺は膝元に置いてあった短剣でそれを打ち払っていた。
咄嗟の動きである。
「嘘だろ・・」
ヨシマサが驚きの声を漏らす。
「でもっ!」
至近距離から、マサミが手を振り下ろした。
風の刃が七つ・・。
見えないはずのそれを、俺はすべて回避していた。
「おっかしいぃだろ?なんだよ、それ」
ヨシマサが苛立たしげに言いながら長剣を構えた。
「なんなの、こいつ・・そんな武技も技能も無いのにっ!」
呆然となりながら、マサミがヨシマサの後ろへと後退って錫杖を構えた。
「理由は?」
俺は受け流し用の短剣一本で二人に対峙していた。
殺すつもりの一撃を受けたのだ。問答など無用なのだが、何しろ心当たりが無い。
「あんたの武技を貰おうかと思ってさ」
「ヨシちゃん!?」
マサミが慌てたように声をかける。
「いいって、どうせここでお別れなんだし・・」
ヨシマサが何かの武技を発動ぎりぎりで抑えながら小さく笑った。
「俺達、相手のスキルを奪うことが出来るんだよ。武技と魔法だけなんだけどね?」
「武技・・奪う?」
「そうなんだ。もちろん、無条件って訳じゃない。狙ってる相手が瀕死になってくれないと難しいんだけど・・ああ、薬なんかで意識不明でも良いんだ」
「・・そんな能力があるのか。どうりで・・」
この二人、やたらと数多くの武技や魔法を使っている。いったい、どこの誰から奪ってきたのか。
「スキルを集めて力をつけて、このクソみたいな世界をぶっ壊してやるよ!」
「召喚とか意味分かんないし・・・勝手に拉致っといて魔物と戦えとか馬鹿じゃないの?」
それまでの温和な表情をかなぐり捨てるように、ヨシマサとマサミが眦を吊り上げて罵り声をあげる。
「・・実地訓練は、外へ出る方便か」
「監視が付いてきてたけど、マーちゃんが風魔法で仕留めたからね。あとは、シンさん一人だけさ」
ヨシマサが長剣の切っ先をこちらへ向けて腰を落とした。
「シンさんの武技ってさぁ、細剣の技だけだし、本当は貰っても仕方無いんだよね」
直後に、槍のように長剣から光が伸びて夜気を貫き抜けて行った。俺はわずかに立ち位置を変えて避けていた。
「これ躱すとか・・凄いね、シンさん。でも、ほら・・俺も似たようなの使えるんだ。だから、あんまり欲しくないんだ」
「要らないよねぇ、物理の突き技とか射程短いしぃ・・」
マサミが嘲るように言う。
「ゴブリン相手なら無双できるけど、強い奴出て来たらちょっときついよね」
「・・そうか。神眼で相手の能力を盗み見ながら、欲しい武技を持っている人間を見付けたら奪って殺すわけか」
俺は低く唸った。ようやく、その脅威が理解できてきた。
この二人と同じ事ができる人間が大勢居るのだろうか?
召喚された69人の中には、他にも同じ力を持った者が居るのか?
「・・そこまで聴いて、この場から逃すとでも?」
俺は、二人を等分に眺めた。
「なぁに?自分が優位なつもりなの?しょっぼい突き技しか無いシンさんがぁ?」
マサミが顔を歪めるようにして嗤う。
「俺達、シンさんに見せてない技、いっぱい持ってるからね?」
一方のヨシマサは、けろっとした邪気の無い顔のままだ。
「・・つまり、すでに色々な人から奪ってきていると?」
「うん、そうだよ?」
「クラスの奴とか・・ほら、山賊騒ぎでいっぱい死んだじゃん?あの時、死にかけの奴から貰って来たんだ。敵も味方もいっぱい死にかけになっていたからねぇ。大漁大漁っ・・あっ、あと司祭さんからも貰ったよ?」
「司祭様を・・殺めたのか」
脳裏に、優しく微笑んだ司祭様の顔が浮かんだ。
どうやら、俺の中に、この二人を殺害する動機が生じたらしい。
「う~ん、お腹を刺したからねぇ。多分、死んだんじゃない?」
「そうか」
もう十分だ。
俺は腰の細剣を静かに引き抜いた。
「へへぇ、やる気じゃん! シンさん、カッコイイよっ!」
冷やかすようにヨシマサが言った。
直後、後ろに立っていたマサミが顔から胸にかけて無数の穴を穿たれて壊れた人形のように崩れ伏していた。
ヨシマサが見ている場所から、俺の姿が消えている。
瞬間移動でもしたかのように、二人の間を奔り抜けて背後へ立っていた。
「へっ?・・ちょ・・えっ!?マーちゃんっ!?」
ヨシマサが呆然と眼を見開いて骸となった少女を見た。
次の瞬間、全身を穴だらけに貫かれて、ヨシマサだったものが砕け散るようにして散乱していった。
この間合いで、細剣を持っている相手から眼を逸らすなど、とんだ間抜けだ。
「とんだ試しになった」
小さく呟いて、俺は血振りをくれた細剣を鞘へと戻した。
その時、二人の死骸が淡い光に包まれ始めた。
(・・なんだ?)
身構えつつ、眼を眇めて様子を観察する。
ややあって、二人の死骸から光る球のようなものが飛び出して俺にぶつかってきた。咄嗟の動きで回避したが、回避した方向へと追尾してきて、避けきれずに光る球を受けてしまった。
(くっ・・な、なんだっ!?)
訳が分からないまま、とにかく距離を取ろうと大きく跳び退った。
しかし、気が付くともう光はどこかへ消えた後だった。
(なんだったんだ?・・召喚者が死んだから?死ぬとああなるのか?)
俺は二人の死骸へ眼を向けた。
何処から出て来たのか、剣や防具の他に衣服やら宝飾品、金貨や銀貨までが地面の上に大量に散乱していた。
(こいつら・・武技どころか、金品まで泥棒してたのか)
俺は疲れを覚えて小さく嘆息した。
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