第11話 神殿へ

「シン君っ!」


 神殿に駆けつけた俺を、ミューゼル神官が出迎えた。ちょうど出掛けるところだったらしく、青い法衣の下には甲冑を着込んでいた。


「司祭様はっ?」


「・・大丈夫だ。なんとか、命を取り留めた」


「そ・・そうですか」


 俺は安堵のあまり座り込むようにして地面に膝をついてしまった。


「シン君、あの二人はどこに?」


「俺が・・手にかけました」


 俺は布で包んでいた二人の頭を差し出した。刺突で無惨なことになっていたが、なんとか人相が識別できる程度の損壊状態だった。


「・・・すまない!よくやってくれた」


 ミューゼル神官以下、馬を連れて行こうとしていた神殿騎士達が一様に表情を明るくして俺を見た。


「疲れているだろうが、中で事情を聴かせて欲しい」


「もちろんです。俺も・・混乱してて」


「よし・・全員、神殿内にて待機してくれ。彼から事情を聴いた後、改めて指示をする」


 ミューゼル神官が神殿騎士達に声をかけながら、俺に手を伸ばして引き起こしてくれた。


 


「司祭様がお呼びです」


「はい」


 呼ばれて、俺は促されるままに扉を開けて部屋の中に入った。


 生活をしている私室らしく、壁際には衣装箪笥のようなものがあり、小さなお茶台や書棚もあった。司祭様は寝台の上に半身を起こすようにして柔らかく微笑していた。


「シンです。入ります」


 一言断って、俺は部屋の中へと入った。


「ありがとう・・シン君」


「え・・と、俺はその・・召喚者を殺めてしまったのですが」


「私はあのマサミという子と話をしているところを背後から刺され、昏睡状態になっていたそうです。治癒魔法が使える者が居たおかげで何とか即死は免れていましが・・呪いによって、それ以上の回復が出来ない状態だったの」


「呪い・・?」


 あの二人はそんなことは言っていなかったが・・。


「この身から武技と魔法が消え去っていたわ」


「・・ええ、それについては二人から聞かされました。二人とも、瀕死状態や死亡した者から武技や魔法を奪う力を持っていたそうです」


「そして、奪われた者は呪いを浴びたようにして衰弱してゆく・・」


「・・そうだったのですか」


「私の他に、同じ召喚者の二人の少女が犠牲になりました」


「えっ!?」


「本来、シン君に実地教練をお願いするはずだったのは四人だったでしょ?」


 壁際に控えていたミューゼル神官が言った。


「・・あいつら、どこかのお偉いさんが二人を連れて行ったって」


「発見した時には、二人とも息を引き取った後だったよ」


「・・そうだったんですか」


「シン君が、あの二人を始末してくれたおかげで、司祭様に武技と魔法が戻ったんだ」


 ミューゼル神官の言葉は俺を驚愕させた。


「えっ?・・それは・・それは良かったですけど、そんなことが?」


 奪った本人が死んだら、武技が戻る? そんなことがあるのだろうか?


「おかげで、呪いも消え去り、治癒魔法によって、こうして貴方とお話しができるほどに回復できました」


「王都へ向かった召喚者達・・大丈夫でしょうか?」


 他にも同じような技能を持った者が居るかもしれない。

 野放しにするのは危険過ぎる。


「あの二人のように、こちらの世を憎む人は居るでしょう。実際の話、強制的に連れて来てしまっているのです。召喚されてしまった方々こそが被害者なのですから」


 それは召喚した連中がとるべき責任だろう。


「・・・俺には難しい事は分かりませんが、世界が違うからといって人を殺して物を奪うようなことが出来るものでしょうか?」


「それは・・あの方々と同じ立場になってみなければ分かりません」


「俺は・・いえ、そうですね」


 言いたいことはあったが、どうも感情の方が激していて上手く言葉にならない。病み上がりの女性にぶつけるような言葉では無さそうだ。


「貴方には、嫌な思いをさせてしまいました。申し訳無く思っております」


「いいえ、それは良いのです。ただ、同じような事が起こるのは・・なんというか、怖いなって思います」


「ええ、そうですね」


 俯いた司祭様の疲れた様子を見て、俺は辞去することにした。長居し過ぎたようだ。


「・・でも、本当に良かったです。まだお休みにならないと駄目でしょう。今日はこれで・・俺、町に居ますから、いつでも呼んで下さい」


 俺は寝台の司祭様に頭を下げて戸口へと向かった。すぐにミューゼル神官が追いかけてくる。


「シン君」


「司祭様がお元気そうで安心しました」


「うん・・お顔の色もかなり良くなった。あの調子なら、またいつもの大声が聞けそうだ」


 ミューゼル神官が明るく笑って見せる。


「持ち帰った品はどうでした?やっぱり盗品でしたか?」


 俺も気分を変えることにした。


「うん、どうやったのか知らないけど、神殿に寄進された品々だったね。目録も作らずに倉庫に置いてあるから・・あまり確実では無いんだけど」


「危険な力を持っていましたよ。あの二人・・」


「あのまま逃走されたら、いずれ手がつけられなくなっていただろうね」


「・・本当に、なんで召喚とかしたんです?」


 つい恨み言になってしまう。


「はは・・馬鹿だからじゃないかな?」


「王様が?」


「誰とは言えないんだけど・・・この世界のことは、この世界の人間で解決すれば良いのさ。異世界から人を招いてお願いしようなんて、気が触れているとしか思えないよね?」


 神官という立場としては、ずいぶんと際どい発言だろう。それだけ、ミューゼル神官自身も、異世界者の召喚という行為を納得できていないという事なのだ。


「・・誰とは言えないけど?」


「言ったら首が飛ぶからね。ほら、生活あるしさ」


 エルフにしては堅苦しくない物言いが今は心地良い。


「ですよね。なんか腹が立ってきちゃって、色々言って御免なさい。忘れることにします」


 俺は頭を下げて謝った。


「それが良いよ。ああ、司祭様から・・君が持ち帰ってくれた品の中から、何でも好きな物を選んで持っていってくれってさ」


「何でもですかっ!?」


 俺は喜色満面、青年神官に詰め寄った。


「食いつき良いねぇ」


「そりゃあ・・あ、数は?いくつ選べるんですか?」


「はは・・なんだったら、全部もってく?」


「良いんですかっ!?」


 両手を伸ばして、神官服の袖を握りしめる。


「良いんじゃない?だって、無くなってたのに誰も気付かなかった品だよ?」


「そうですよね!そういうことなら、全部下さい!」


 俺は遠慮無く申し出た。


「いやぁ、気持ちいいくらいに真っ直ぐだね。うん・・もう、全部あげちゃう!全部あげたって、司祭様に言っとくよ」


「ありがとうございます!では、早速・・」


「あっ、それから、前に鑑定をやった大広間に神官長がいらっしゃるよ。まだ、ゆっくりお話しをしていないのだろう?」


「・・あぁ、そうでした。アマンダ様でしたよね?」


 色々あって忘れていたが、冒険者協会のリアンナさんから、神官長に会いに行くよう言われていたのだった。

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