第85話 水底の宮殿
「降りろ・・という事ですかね?」
窓から外を見ていたヨーコが振り返った。
「だが、断るっ!」
サナエが腕組みをして宣言した。
どこからどう見ても怪しい、黒い頭巾を被った集団が外にずらりと並んでいるのだ。
サナエでなくても断るところだ。
「後ろの玉に乗ってた人達・・人じゃないのも居るけど、下ろされちゃいましたよ」
丸窓から覗きながらヨーコが言った。
俺達とは別に、奴隷市で解放した人やら人っぽい奴やら魔獣やら・・一切合財を纏めて玉に入れて運んで来たのだ。
奴隷市を殲滅して、全員(獣を含む)を治療していた時に、青黒い顔色をした奇妙な集団がやって来て、
「我等が王のお召しだ」
と、声を掛けてきたのだった。助けた奴隷達をどうしようかと思いあぐねていたところだったし、行く先が大河の底だと聴かされて何やら面白そうだと思い、言われるままにこの奇妙な乗り物に乗ったのだが・・・。
「用があるなら向こうから来るだろう」
俺は以前に手に入れた鉱石を取り出して品定めをしながら言った。
大亀で思い出したが、あの迷宮では沢山の鉱物を見付けて手に入れていたのだった。時間を見付けて整理しておこうと思っていたのだが、ついつい後回しにしてしまっていた。
「獣君が暴れ始めましたけど?」
ヨーコが獣君と言っているのは、たぶん、あの大きな猫だか犬だか分からない角付きの魔獣だろう。
「ここまで連れて来たくらいだ。取り押さえるくらいの自信があるんだろ?」
俺は鉱石を選り分けながら他人事のように呟いた。
元々、出入り口があるような乗り物じゃない。シャボンの泡で包むようにして立っていた俺達を包み込んで、見る見る白くて硬い玉に変じていったものだ。暴れなかったのは、こうした技術を持っている、"我等が王"とやらに興味が湧いたからだった。
「あ・・」
エリカが小さく声をあげた。
直後に、外から重々しい炸裂音が聞こえてきた。
「なんか・・粉々です」
「・・あの馬鹿犬、せっかく助かった命を・・無駄になったな」
哀れな事だ。
俺は嘆息しつつ、神眼・双を起こして鉱石の内部に眼を凝らした。まあ、あの犬にしても、訳の分からない所に連れて来られて気が立っていたんだろう。
(・・これは悪くない)
さして期待をしていなかったが、質の良い石が含まれていた。
全部で7つ・・。
(うん・・良い石だ)
俺は自然に口元を綻ばせて選り分けた石を一纏めにして無限収納に戻した。
ちらと顔をあげると、4人の少女達が完全武装でこちらを見つめていた。
「どうした?」
相手の様子も見ない内から、殴り込みでもかけるつもりだろうか。
「こちらをご覧下さい」
リコが掌を傾けて、丸窓を示した。
「粉々にされた現地の方々ですぅ~」
サナエが逆側に立って、同じように掌を傾けて言った。
促されるまま、丸窓の外を覗いてみると、
「なるほど・・」
確かに、先ほどの黒頭巾達が様々な形で散乱している。視線を巡らせると、少し離れた場所で銀毛をした大きな魔獣が寝そべっていた。さらに少し離れて、奴隷市で助けた者達が寄り添うように固まって座っている。
「まあ・・出るか」
俺は鬼鎧を身に纏った。
「サナエ・・」
「はいぃ~」
俺に声を掛けられて、サナエが両手を龍手に変えて乗り物の壁めがけて叩きつけた。綺麗な切り口を残して切断された壁が落ちていく。隙間から素早く出て陸地らしい場所へ降り立った。洞窟の中を綺麗に加工して、船着き場のようになっていた。
振り返ると、白い玉のような乗り物の壁が見る間に修復されて元通りになっていた。
浮かんでいる水は、普通の水のようだ。
「どこかに灯りがあるのか?」
天井から光が降り注いでいるが、これといった光源は見当たらない。
「獣君が見てますよ?」
ヨーコに言われて見ると、銀毛の大きな魔獣が忙しなく尻尾を振りながら、こちらを窺っていた。
「王がどうとか言っていたよな?」
とりあえず魔獣は無視してリコ達を振り返る。
「そうですね。我等の・・と言っていた気がします」
リコが灰となった元黒頭巾達を見回した。
出迎えに来ていたのだとすれば、"王"はこの奥に居るのだろうか。
「警戒しながら進んでみよう」
俺は細剣と楯を装備して、魔獣の方へと歩いて行った。
あまり近付くと見上げるような形になるので、ある程度の距離から声をかける事にする。
「俺の言葉が分かるか?」
声をかけてみると、尻尾が大きく振られた。
「よし・・おまえの仕事はそこの・・後ろの連中を護ることだ。間違っても、俺と・・あっちの連れの前には出るなよ? 今度はおまえが巻き込まれて灰になるぞ?」
どうやら理解したらしく、魔獣が項垂れるようにして身を伏せて見せた。
「おいっ、ここに居てもどうしようも無い。俺達が先頭を進む。後ろから着いてきてくれ」
声をかけると、奴隷市で助け出された面々が分かったのか分かって無いのか、頷いたり黙り込んだり、様々な反応を見せた。
俺はそれ以上は何も言わず、岩盤をくり抜いたらしい船着き場を抜けて、奥に見えていた長方形の壁画へと向かった。
神眼・双によって、そこが魔導仕掛けの扉になっている事は分かっている。
「エリカ」
「はい」
魔導の解錠はエリカに任せる。エリカなら、俺が神眼で見ている以上のものを指先で感じ取って、魔導と同時に機械仕掛けの罠なども解除してくれる。
2分ほどかけて慎重に調べてから、エリカが俺達を振り返って小さく頷いた。
直後、壁画状の長方形の扉がすうっ・・と透けて消え去っていった。
扉の向こう側は、天井高のある広い廊下になっていた。
「巨人でも歩けますねぇ」
やけに嬉しそうに言って、サナエが片手棍の先にぶら下げた棘鉄球を回しながら歩いていく。長時間、妙な乗り物に閉じ込められていたので、少し発散したいのかもしれない。
俺は、傍らに立っているリコを見た。
「いくつか扉で仕切られています」
先を見ていたリコが言った。
「・・行くぞ」
魔獣に一声かけて、俺は廊下を歩き出した。
先頭をエリカとヨーコ。次いでサナエ、俺とリコ、大きな魔獣とその他。
奇妙な行列となって広大な廊下の中央を歩く。
(こんな薄暗い廊下を延々と歩かされるのは面倒だな・・)
ちらとそんな事を考えた時、
「何か近付いて来ます」
リコが告げた。
「エリカ?」
「まだ先にある扉の向こうみたいです」
「ふうん」
どんな物が来るのか、リコに訊いてみると、どうやら乗り物のようだと・・。
ただ形が妙なので、違うかもしれない・・と、彼女にしては歯切れの悪い答えだった。
「念の為、準備はしておこう」
俺の指示に、ヨーコが先頭に立ち、後背にエリカ。その後ろに、リコとサナエが並び立つ。一呼吸で防御の魔法が張られ、後ろをついてきている連中まで包み込んだ。
それぞれ武器を手に、兜の面頬を落とした金属音が廊下の静寂に鳴り響いた。
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