第86話 黒船
「敵対の意思があるか?」
先ほど灰になった連中と同じような黒頭巾が出迎えた。
リコの言っていた乗り物だ。
巨大な廊下を床から浮き上がって進んできた流線型をした大きな乗り物だった。
「許可無く攻撃するな」
俺が釘を刺したのは魔獣に対してだ。
今にも飛びかかりそうな気配だったので寸前で警告したのだ。
「敵対の意思があるか?」
再度、抑揚の無い声で訪ねて来たので、こちらから攻撃する意思は無いと伝えた。
「乗船しろ。我等の王がお待ちだ」
黒頭巾に案内され、巨大な乗り物の中へと入ってみる。呆れたことに、大きな魔獣も中に入ることができた。黒頭巾は乗船という言い方をしていたが、中は何も無い、がらんと広いだけの部屋だ。ここへ来るときに乗った玉とは違って、外を見るための窓は無い。
(まあ・・リコが見ているか)
先ほどから俯くようにして壁に寄りかかったまま"眼"を使っている。傍らにはヨーコが立って護りについていた。
奴隷市の商品にされていた連中が乗り終えるのを待って、
「では出船する」
黒頭巾が告げると、入り口がすぼまるようにして消え去り、何も無い壁になった。
直後、わずかに震動があっただろうか。乗り物が移動を開始したようだった。
黒頭巾はそのまま壁際に立っている。
「到着まで時間がかかるのか?」
試しに訊いてみると、
「少し長い航路だ。2時間25分を予定している」
「・・そうか」
俺は軽く頷いて、少女達の様子を眺めてから、大きな魔獣達の方へと近づいて行った。
(頭巾の下に顔が無かったな)
神眼・双で見ても輪郭が存在しない。黒い何かが黒頭巾の着いた外套を浮かび上がらせているらしい。神眼には、種族名:イームスと見えたが・・。
(しかし、妙なのが居るな・・)
大きな魔獣を筆頭に、最初に檻から出した獣人の男、やけに小柄でぽっちゃりした体型の妖精種、蜘蛛人の女に、蝶の羽根を持った人間のような姿の青年、他は人間の少女ばかり27人。
(いや・・)
人間の少女達に混じって、1人だけ姿を変える魔法を使っている奴がいた。
(種族名・・エルフ・・の子供か)
すぐ近くにいる少女と同じように、赤毛に青い眼をした10歳くらいの少女・・。
だが、実際は16、7歳くらいの姿をした白金髪に碧緑の瞳をしたエルフの女だった。年齢は392歳。外見はともかく、少女というには・・少し歳が経ちすぎだろう。
「俺の言葉が分かる奴はいるか?」
声をかけてみると、大きな魔獣が尻尾を激しく振りたて、獣人の男や蜘蛛人の女、蝶の羽根をした青年が手をあげて見せた。人間の少女達、少女に化けているエルフは顔を俯けたまま反応しなかった。
「おまえら、何を食べるんだ?」
人間を喰うなどと言いだしたら始末しないといけないが・・。
「儂は人の食べ物と変わらんです」
最初に答えたのは獣人の男だった。
「何でも・・だけど、一番は魔力を含んだ虫ね」
次いで答えたのは蜘蛛人の女だった。大雑把に言えば、下半身が蜘蛛で上半身は人の女に近い。ただ、手は左右2本ずつ生えていたし、顔には五つの眼があった。その眼が、蝶の羽根を持った青年を見つめている。
「私は樹液や蜜を好みます。ただ、少量であれば人と同じ物も食せます」
蝶の羽根を持った青年が、蜘蛛女の視線を受けながら平然とした顔で答えた。
「ふうん・・おまえは」
俺は大きな魔獣を見上げた。
狼のような口に、牙が並んでいるのだ。どう見ても肉食だろう。
『御館様、ウルラースは雷を好物としております』
(雷? まさか、電気を喰うのか?)
『太古に地上に降り立った雷神の下僕として生み出されたとされる・・・魔獣の中でも古種と呼ばれる種です。非常に珍しい種で、私も実際に存在を確認できたのは、この者を含めて2例目です』
(ふうん・・それで、俺に尻尾を振ってるのか)
俺はちらと自分の左手へ目をやった。
「これか?」
指先から、軽く放電して見せる。
途端、魔獣の尻尾が激しく振られ、そわそわと立ち上がりかけたり座ったりを繰り返し始めた。
どうやら、本当に電気目当てでついてきたらしい。
「・・・あとは、普通の人間とエルフが1人か」
そう呟いた俺を、蜘蛛女と蝶の羽根を持った青年が見つめた。獣人の男が、
「ご苦労をお掛けする」
低い声で言って頭を下げた。
連れ回すには数が多すぎる。と言って、妙なところへ預ければ、また奴隷堕ちしてしまいそうだ。
「故郷の場所は分かるか?」
俺は収納から大きな地図を取り出して床に拡げた。
「水に潜る前の場所は、ここ」
細剣の先で大河沿いの一点を指し示す。
「故郷と呼べる場所はこちらには無い・・西の大陸ですね」
蝶の羽根をした青年が言った。
まだ西大陸へ行くつもりは無い。上に戻ったら小船で河に流せば良いだろう。河は海に流れ込む。その大海原を超えたところが西大陸だ。
「他の人は?」
「儂も西の出です」
獣人の男が言った。
「おまえも?」
蜘蛛女を見ながら訊くと、
「ええ、西大陸出身です」
(全員、船で河に流すか・・)
俺は嘆息しつつ、ウルラースという魔獣を見上げた。
「口から食べるのか?」
指先から2メートルほどの電流を放電して、棒状に形状を変形させて維持しつつウルラースの鼻面へ向けて差し伸ばす。
「喰って良いぞ」
俺が言うと、ウルラースが電流棒に食い付いた。口腔から髭、鬣のような獣毛までが、激しくスパークを散らせて灼けた音を立てる。しかし、魔獣の方は大喜びで尻尾を振りたて、口いっぱいに弾ける電流を美味しそうに呑み込んでいった。
「まだ喰えるのか?」
訊くと、舌を出して尾を振り回す。
(・・底なしじゃ無いだろうな?)
ちらと不安に感じながらも、どうせ暇だから・・と、電流棒を作り上げてウルラースの鼻面へ突き出した。即座にかぶりついて、また派手派手しいスパーク音を響かせる。
「これが、食事風景とか言っても信じて貰えないかもぉ?」
サナエが呆れ顔で唸っている。
「美味そうに喰ってるから・・良いんじゃないか?」
「・・確かに、美味しそうな顔してますね」
ヨーコが頷いた。
「先生、あれは良いんです?」
エリカが少女達の方を指さした。
「ん? ああ、エルフか?」
「はい」
みんな鑑定眼を持っている。変化の魔法など見透していた。
「化けたつもりなんだから、そっとしておいてやろう」
俺は次の電流棒を作りながら言った。
これを聴いて、蜘蛛女と蝶の羽根をした青年、獣人の男が顔を見合わせるようにして苦笑している。3人ともエルフが紛れている事を知っているらしい。
「騒がれても・・面倒ですもんね」
俺の心を言い当てるようにエリカが目元で笑う。
「まあ・・な」
俺は小さく苦笑した。
この乗り物が着いたら、その先でどうなるか分かったものじゃない。
戦いが始まるかもしれないし、懸念するような事は何も無くて、歓待を受けるだけかも知れない。俺としては、面白い魔導の書など知識が増える物が手に入れば・・と、淡い期待を抱いている。
(これほどの珍しい乗り物を動かしているくらいだ。何かあるだろ?)
魔獣に電流を喰わせながら、ここを造った奴に会ってみたいな・・などと考えていた。
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