第206話 世界を統べる者


 カリーナ神殿の大聖堂で行われたのは、話し合いでは無かった。一方的な通達だった。


 内容は、単純なものだ。




 *********



 東大陸の所有者は、リアンナである。


 西大陸の所有者は、シンである。


 天空界は中立圏とし、リアンナおよびシンの許可無く天空人が地上へ降りる事を禁止する。


 リアンナとシンは、原則として、各国それぞれの事情による争い事には加担せず、介入せず・・。


 種の存続が危ぶまれる騒乱時には、リアンナとシンが武力介入を行う。


 介入の是非は、リアンナとシンが話し合って決める。


 リアンナとシンは両大陸共通の禁忌事項を定め、違反が認められる場合には即座に制裁する。


 リアンナとシンは、各大陸固有の禁止事項を定め、違反が認められる場合には警告し、制裁する。


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 *********




 魔人最強を自負する沌主、天空界の覇者が居並ぶ前で、全てがリアンナとシンによって定められていった。


 誰も何も言わない・・言えない中で、リアンナとシンの声だけが大聖堂に響く。

 レイン司祭も、アマンダ神官長も、少し離れた位置で2人が会話する様子を見つめている。



「さて・・不服ある者は力を示せ。一騎打ちでも複数人でも・・相手をしよう。私に不満あれば私に、シンに不満あればシンに戦いを申し込むが良い。挑むほどの力無き者はただもくして従え。無闇に命を散らす必要は無い」


 リアンナが壇上から睥睨へいげいした。


「ラキンは、シン殿に従う」


 挙手して宣誓したのは、ラキン皇国の皇太子だった。横に立つラキン皇太后も、微笑して同意を示している。


「では、天空界はシン君の所管としましょうか?」


 リアンナに問われて、


「引き受けます」


 俺は迷わず頷いた。


「では、天空界はシン君・・他には?」


 リアンナが魔人達を見回した。


「・・なぜ、他の者が何も言わぬのか理解できんな」


 獅子のたてがみのような黄金色の蓬髪ほうはつをした巨漢が立ち上がった。


「ゴーゼス領の沌主ロダインだ。リアンナとやら、貴様を殺せば東大陸を貰えるのか?」


「勝者が自由に望み、決めれば良い」


「うむっ! 物言いは気に食わんが、気概は見事と褒めておこうか」


「他には?」


 リアンナの双眸が魔人達へ注がれる。

 どうやら、当代の沌主達は血気盛んなようだ。


「沌主ダイトウ・・我は貴様に恨みがある。力の減衰無く越境できるのだ。もう貴様達の好きなようにはさせぬ」


 ひょろりと背丈のある痩せた魔人が眼球の無い空洞のような双眸をリアンナに向けながら言った。


「他には?」


「儂は、シンと戦うぞ」


 沌主ヴィ・ロードが野太い声で宣言する。


「他には?」


「ミッテルドよ。わたしは、シンという妖精とやりたいわ」


 蛾のような触覚を生やした妖艶な女が薄く笑った。


「他には?」


「我は、すでにシン殿に敗れた身だ」


 アウラゴーラが苦笑気味に言った。他の沌主達、とりわけ北領の魔人達の視線が集まった。


「ジュリールよ。女帝相手に喧嘩を売るほど愚かじゃないわ」


 全身を鱗で覆われた小柄な少女の姿をした沌主が肩を竦めて見せる。


「そちらは・・良いのか?」


 リアンナの視線が、レンステッズの面々、そしてカサンリーン王国のラオン達へと向けられた。最後に賢者アイーシャとかたわらに寄り添う古種エルフ、ヒアン・ルーアリーを見つめる。


「止めておくれ。あんた達に喧嘩売る度胸は無いよ」


 アイーシャが笑いながら手を振る。横でヒアン・ルーアリーも俯き気味に苦笑する。


「カサンリーン王はどうかしら?」


「せっかく再興した王国を消滅させろと?」


 ラオンが笑みを浮かべてかたわらの美しい女魔人サキュバスを見た。リザノートは側室となっていた。正室を空けているのだが、今のところ、ラオンの眼が他の女性へ向けられることはなさそうだ。周囲の獣人達も、リザノートの存在を当然のものとして受け入れている。


「王の無謀は、私が命をかけておいさめいたします」


 リザノートがきっぱりと約定を口にした。


「では・・沌主を始末して後、誓紙を作成しましょう。準備をお願いね」


 リアンナがアマンダ神官長を見た。


「分かった」


「場所はどこでやる?」


 ロダインという獅子髪の巨漢が猛った声をあげる。


「移動しましょう」


 リアンナが鋭く指を鳴らすと、沌主ロダイン、ダイトウ共々、転移して消えていった。


 ほぼ間を置かず、


「終わったわ」


 リアンナが戻って来た。両手に、大ぶりな血魂石を持っている。

 わずか数秒の出来事であった。



「・・でたらめだね・・まったく」


 アイーシャが、やれやれと首を振りつつ嘆息した。


 静まりかえったのは、残りの沌主と連れの魔人達である。リアンナという南境の女帝については噂ばかりが吹聴ふいちょうされ、本当に強いのか懐疑的に見ていた者がほとんどだったのだ。


 大聖堂の中に、立て続けに物悲しい絶叫が響き渡った。


 リアンナが、ロダインとダイトウの血魂石を握り潰したのだ。


「魔族領そのものを焼却しても良いのだけど・・今日、この場では無用な殺戮は控えましょうか」


 小さく呟きながら、リアンナがレイン司祭を振り返る。


「感謝いたします」


 レイン司祭、ミューゼル神殿騎士が低頭した。


「・・撤回するわ。貴方達に従います」


 声をあげたのは、ミッテルドという蛾のような妖女だった。

 力の差を知って、怖じ気づいたのだろう。


 しかし、


「撤回は認められない」


 リアンナが軽く手を振ると、真っ青な炎に全身を包まれて声をあげることも出来ずに灰となった。のこされた大きな血魂石が重たい音をたてて床に転がる。続いて、小さく鋭く鳴った指の音に合わせて、血魂石が粉々に砕けて絶叫を響かせた。


 残るは、沌主ヴィ・ロードだけである。


「シン君、どこでやりますか?」


 リアンナに問われて、

 

「準備は良いのか?」


 俺は、ヴィ・ロードに声をかけた。


「無論だ。いつでも良いぞ」


「そうか」


 頷いて、俺は正面から真っ直ぐにヴィ・ロードめがけて奔った。

 咄嗟とっさの動きで曲刀を抜き打とうとしたヴィ・ロードだったが、額、喉、胸、腹部・・・と細剣に貫かれ、ほぼ即死の状態で灰燼かいじんとなって崩れ去った。


「終わりました」


 ヴィ・ロードの血魂石を細剣で貫き徹し、俺は生き残っている北辺の沌主2人を見た。この際だから、ジュリールという奴も始末しておこうかと思ったのだが・・。


「今は恭順の意を示している」


 リアンナにたしなめられ、俺は素直に頷いて細剣を鞘に戻した。刃向かった時に始末すれば良いのだ。


「では、聖女レイン・・」


 アマンダ神官長がレイン司祭に豪奢な装飾がなされた紙を差し出した。リアンナとシンの取り決めが記された誓紙である。


「カリーナ神殿、司祭レイン・フィールが見届けました」


 レイン司祭がアマンダ神官長が作成した誓紙を手に、うやうやしく頭上へと掲げた。


 これで、魔人達による無秩序な侵略戦は無くなった。

 仮にあったとしても、東はリアンナが、西はシンが平定する。

 魔物だけが相手なら、人間達でも十分に対抗できるのだ。


「レーちゃん、良かったね」


 アマンダ神官長に言われて、


「はいっ、感謝します!」


 喜びで顔を紅潮させ、レイン司祭が誓紙を胸に安堵の笑みを浮かべた。


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