第207話 冒険者協会の罠


 サイ・カリーナでの会談前夜・・。


 ロンダスという町にある冒険者協会の前に、神獣バルハルが背負った館が到着していた。

 もちろん、姿は消しているがラースも一緒だ。館には、オリヌシと3人の妻達、ゾールと愛娘リリアンも居る。


 俺と4人の少女達は、冒険者協会の中に入っていた。


 無論、副支部長のリアンナ女史に会うためだ。

 キルミスを始末する時、ロンダスの町に立ち寄るように言われていたのだった。



「来ましたね」


 町を旅立った時と同じように、いつもの執務室でリアンナが出迎えてくれた。

 真っ白い絹のブラウスに丈の長い黒いスカート、素足に編み上げのサンダルという恰好である。



「連れが居ます。一緒でも良いですか?」


 後ろに控えている少女達を振り返りながら訊ねると、



「無論です」


 リアンナ女史が頷いて、応接用の椅子へ座るように言った。



「失礼します」


 少女達が神妙な顔で部屋に入って来て、少し詰めるようにして応接用の長椅子に並んで座った。3人掛けの長椅子だが、少女達なら4人で座れるらしい。



「貴女達には、きちんと名乗った事は無かったわね」


 用意してあったらしい冷えた果実水カラミティを4人の前に並べながら、



「私は、リアンナ。このロンダスを中心にした南域を所管する冒険者協会の副支部長をしています」


 リアンナ女史が俺とタロンにも椅子に座るよう指示した。



「異世界から召喚された、リコと申します」



「同じ世界から来ました、ヨーコです」



「エリカです」



「サナエです」


 4人が緊張顔で名乗った。



「例の大量召喚者の生き残りですね」


 リアンナ女史が頷いた。4人の顔を見ながら少し考える素振りを見せる。



「・・召喚の仕組みついては説明してあります」


 俺が言うと、



「そうですか・・では、こちらに残る事を選んだのですね?」


 リアンナ女史が頷きながら、4人の少女達を見た。



「はい」


 4人がきっぱりと迷い無く返事をした。



「他の子達、同郷の者達についての情報は必要ですか?」



「生死だけが分かれば、詳細は要りません」


 リコが首を振った。



「3名が生存、残りは死亡しました」


 リアンナ女史が事務的に告げた。



「3人も生き延びたんですか?」


 リコが驚いた声をあげてエリカ達と顔を見合わせた。

 全員死亡しただろうと思っていたのだ。



「1人は、旧ルカート商国の高官に愛妾として、1人はヤガール王国の貴族の婿養子となり、もう1人は盗賊となっています」



「ヤガールの王族が西大陸へ向かった時の兵隊には混じっていなかったんですか?」



「13名が同行していましたが、いずれも海上で魔物に襲われて命を落としました」



「・・そうですか」


 ヨーコが小さく嘆息した。

 実体験があるだけに、あの海を越えることが容易では無いことは分かっていたが・・。


「これからも、召喚者は現れるんでしょうか?」


 エリカが訊いた。



「数十年後には漂着者・・あるいは漂流物があるでしょう」



「・・場所は決まってるんですか?」



「東大陸には3箇所、西大陸には2箇所、キルミスのようなミシューラの民が造った収拾器があります。それ以外の場所に漂着することは・・滅多にありません」


 リアンナ女史が、ちらと俺の方を見る。少女達の視線も俺に向けられた。



「先生は・・シンさんは、その滅多に無いはずの?」



「そうですね。確率で言うなら、ちょっと有り得ないくらいに低いのですが・・・現実に、こうして起こっていますから、奇跡というものを認めなければならないでしょう」


 リアンナ女史が苦笑した。



「その・・私達は、このまま、この世界で生きていて良いのでしょうか?」


 質問したのは、エリカだった。



「好きなように生きなさい・・と言いたいところですが」


 リアンナ女史が微かな笑みと共に4人の顔を見回した。


「"4人仲良く"・・と付け足しておきましょうか。貴女達は、もう周囲の都合で玩具おもちゃにされるだけの子供では無いのですから」



「・・認めて・・頂けますか?」


 リコが硬い表情のままリアンナを真剣な眼差しで見つめた。他の3人も背筋を正し、拳を膝の上で握って真っ直ぐにリアンナを見つめている。



「ええ、貴女達はシン君のかたわらに立つに相応ふさわしい女性です」


 リアンナ女史が双眸を柔らかく和ませながら頷いて見せる。


 途端、張り詰めていた少女達の表情が、ほっ・・と和んだ。ふわりと明るく穏やかな表情で4人が手を取り合って歓声を潜めるようにして静かに喜び合っている。



「・・あれ?」


 黙って聴いていた俺は首をかしげた。


 どうも、何か違う? あまりに唐突な話の脱線を感じた。


 今の会話は、何の・・どういった脈絡で行われたのか?


 何を言っている?


 何かおかしい?



「シン君・・」


 不意にリアンナ女史がこちらを向いた。切れの長い双眸が、すっ・・と胸奥まで覗き込むようにして見つめてくる。


「私を師と呼んでくれているそうですね?」



「・・はい、事実ですから」


 いきなりのことで虚を突かれつつも、俺は大きく頷いた。その気持ちに嘘は無い。リアンナ女史こそが俺の師匠だ。例え、そう口にする事が許されなくても・・。



「師と弟子とは・・親子より絆が深いものです」


 リアンナ女史の眼光がいよいよ厳しく強さを増してくる。



「・・はい」


 いったい何の流れだろう。俺の知っているリアンナ女史は、絶対に無駄話をしない人だ。この会話は、何らかの結論へ向けた前振りだとは思うが・・・。



「であれば、師は親以上に強い立場です。弟子の行く道を定めることができますね?」



「え、ええ・・もちろんです。リアンナさん・・師匠の仰ることであれば慎んでお受けいたします」


 どうやら弟子を名乗ることを許されたらしい。



「どんなことでも?」


 リアンナ女史が念を押してくる。

 かつて無かった事だ。得体の知れない恐怖を覚えていた。



「はい」


 死ねと言うのなら、この場で死んでみせよう。



「シン君・・貴方は責任を取らなければなりません」



「責任を?」


 意図を測りかねて俺は訊き返していた。



「拒否しますか?」



「ぇ・・いえ、どのような責任でも取りますが・・どういった事なのでしょうか?」


 俺の中には混乱しかない。何のことだか全く分からなかった。



「特別な事ではありません。世間の常識として、ごく一般的な事柄です」



「はぁ・・?」



「この4人をめとりなさい」



「はい・・はっ?」


 思わず息を呑んだ。



「貴方は、まだ年端もいかぬ娘達の将来を・・結婚をして家庭を築くという未来をみ取ってしまいました」


 リアンナ女史がいたましげに少女達を流し見ながら、俺を責める口調で言う。



「ぇっ!?・・い、いえ・・俺は・・そんな、この子達には何も」



「お黙りなさい。狼狽うろたえ騒ぐ男は見苦しいですよ」


 ぴしゃりと叱られて、俺は頭を垂れた。



「・・すみません」


 いくつかありますが・・と前置いて、リアンナ女史が執務机の方へと戻っていった。



「一つ・・この子達は何年もの間、貴方という男と一つ屋根の下で暮らしています。世間的には、この一事をもってして責を問われるところです」



「あ、あの・・しかし、それは」


 それが、最も安全だったからだ。決して、妙な下心ややましい気持ちがあって連れ回していた訳では無い。



「一つ、貴方はこの子達を鍛え過ぎました。仮にこの子達が良き伴侶を得たとしても、ふとした弾みで軽く肩を叩いたりしただけで、どんな男性でも半身が圧壊しますよ?ましてや、夫婦喧嘩でもやって平手打ちをしたら、首から上が消えて無くなります。私の見解は間違っていますか?」



「・・いえ・・その通りだと思います」


 確かに、少女達の将来については危惧されるところだ。俺も常々不安に感じていた。



「一つ、この子達はとても綺麗です。大勢の男達が寄ってくるでしょうが・・これほどの力を持ち、かつ異界の血を引くとなれば、どこかで近づいて来る男達の真意を疑ってしまうでしょう。男性からの好意を素直に受け入れるには、あまりにも世間的な一般の水準とは隔絶した力を持ってしまいました。その点、貴方なら何の問題もありません」



「いや、しかし・・そうした事は当人の・・」


 何より、少女達の気持ちが大切だろう。俺は、この4人が権力の玩具にならぬよう、自分達の意思で自由に生きられるように鍛えてきたのだ。決して、俺という存在に縛り付けるためでは無い。



「そして、何よりも、この4人はシン君に好意を抱いています。恋や愛の定義は分かりませんが、シン君と共に生きていきたいという強い好意を持っているのは間違いありません。何か問題がありますか?」



「あぁ・・えと?」


 俺は長椅子に詰めて座っている4人を見た。


 4人が耳まで真っ赤に染めて俯き、膝をいじったり、そっとこちらをうかがったりしながら、落ち着き無く座っていた。



「これ・・もしかして、仕込み・・」


 言いかけた俺を遮り、


「シン君」


 リアンナ女史が執務机から声を掛けてきた。



「はい」



「師の言葉は絶対なのでしょう?」


 問いかけてくる瞳が笑っている。


 これは、明らかにめられた。どうやったのか、少女達がリアンナ女史に交渉をして、この場をもうけたのだ。最近、少女達が妙に大人しいと思っていたら、まさかこういう仕込みをやっていたとは・・・。



「貴方の他に、この子達がとつげるほどの相手が存在しますか? この子達が本気でぶつかっても生存可能な男性が居るのですか?」



「それは・・なかなか難しいですね」



「永遠の生を得たのでしょう? ならば、その内の何年か・・伴侶として過ごしても良いではありませんか」



「・・しかし・・そう、確か世間一般では、夫婦というのは1人と1人・・」



「国によっては、そのような法があったかもしれません。しかし、そのようなもの、人の世の慣わしです。地域によっては一夫多妻が常識であったりするのです。そもそも、貴方が常識を口にしてはいけませんよ?」



「ええと・・」


 それはそうなのだが・・。己の非常識は分かってはいるが・・。



「さて・・そうと決まれば手続きをしなければなりませんね。口だけの約束事など認めません。ここに聖法による契印書類を用意してありますから、内容を確認の上でそれぞれ署名なさい」


 リアンナ女史が執務机の引き出しから、黄金細工で縁取りされた、明らかに高々位魔導の込められているだろう、豪奢な婚姻誓紙を取り出して応接机に置いた。



「さあ・・署名なさい。女に恥をかかせることは許しません」


 女帝の双眸が俺を真っ直ぐに射抜いた。


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