第208話 門出


「シン君」


 サイ・カリーナを出る時に、リアンナ女史から聖神銀製の円筒を渡された。

 レイン司祭、ミューゼル率いる神殿騎士団、そしてアマンダ神官長が見送りに来ている。


「カリーナ神殿にて、聖女レインが祝福の誓詞を捧げて下さいました」


 ずしりと重たい筒を差し出され、


「ご配慮、感謝いたします」


 俺は低頭しつつ両手で捧げ持つようにして受け取った。

 中身は言わずもがな・・。


「アマンダのことは、奥方のみに留め置きなさい」


 小声で告げられて、もう一度、俺は低頭した。今となっては、アマンダ神官長の正体が何かなど、詮索する気が起きない。


「リコ、エリカ、ヨーコ、サナエ・・」


 リアンナ女史が、4人を手招いた。


「貴女達も、シン君に対して責任を果たさなければなりませんよ?」


「はい」


「はいっ」


「はい!」


「がんばりますよぉ~」


 少女達が決意を漲らせて返事をする。


「良い返事です。貴女達が世界にとっての安全弁・・西の大陸に生きる者達の命運は貴女達にかかっているのですからね。頑張りなさい」


 リアンナ女史が4人を両手で抱えるようにして優しくささやいた。


「はいっ!」


「相談事があれば、いつでも訊ねておいでなさい」


 そう言い置いて、リアンナ女史がわずかに下がり、転移をして来る者達のために場を空けた。


「すまないね」


 一言、小さく断りがあり、アイーシャとヒアンが転移をして現れた。


「あんたほど、精度良く跳べないんだ。許しておくれ」


「シンの恩人と聴いている。こちらのことは気にせずに」


 リアンナ女史が黙礼をして見せた。


「ありがとう。どっちかというと、あんたのお弟子さんには世話になりっぱなしなんだけどね」


 笑いながら、アイーシャが頭をきつつ近付いて来た。後ろをヒアン・ルーリーがついてくる。


「なるようになったそうじゃないか?」


 開口一番がそれだった。にやにやと意味ありげな笑いが総てを物語っている。


 やけに情報が早い。


 俺は無言で、4人を振り返った。

 息の合った動きで、4人が素早く遠い空などを見上げた。


 サナエなど、


「明日は雨ですかねぇ~」


 などと呟いている。


「・・まあ、良いんだけど」


 俺は小さく息をついた。このに及んで、四の五のと腰が引けたような事を言うつもりは無い。


「そうだな。なるようになったらしい」


 俺は聖神銀製の円筒をかざして見せた。


「嫌じゃ無いんなら良かったじゃないか」


「彼女達を・・大切に想う気持ちは確かにある」


 俺は自分の胸を右手で押さえて呟いた。


「おっと・・今はそれで十分だ。あまり語られると当てられちまう」


 笑顔で頷きつつ、アイーシャがヒアンを振り返った。


「シンさん、これを・・」


 淡い緑の布に包まれていたのは、素焼きの鉢に植えられた小さな苗木だった。


「これは?」


「古樹の苗木です」


「・・あの森の?」


「シンさんにお救い頂いた古樹の森で新しい命が芽吹きました。とても強い樹です。大地に根を下ろせば、いつか大きな森を育むはずです」


「・・ありがとう。大切にします」


 俺は素直に礼を述べた。温かい心遣いに頭が下がる。


「また遊びにおいで。今度は、旦那も連れて・・ね?」


 アイーシャが笑いながら手を振る。


「新しいお団子、考えたんですよ」


 ヒアンがサナエに向かって片目をつむって見せた。


「お団子?」


 俺はサナエを見た。


「いえぇ~す!ざっつ、お~だんごぉ~」


 サナエが妙な事を口走り勢いで誤魔化そうとする。

 どうやら知らぬ間に、ヒアンの元へ通って団子を食べていたらしい。


「なるほど・・手を抜いたつもりは無かったが、まだまだ力が余っていたらしい。もう少し練武の時間を増やそうか」


 どうやら鍛え方が甘かったらしい。あれほど鍛錬を積んでおきながら、未だに沌主と戦える程度では先が思いやられる。


「いやぁ・・先生ぇ~堪忍かんにんですぅ~」


 サナエがしがみついてくる。


「それ・・サナだけですよね?」


 エリカが青い顔でいてきた。


「サナエに余裕があるということは、お前達にも余裕があると言う事だろう?」


「・・サナ」


 リコの眼が、サナエを捉えた。


「ちょぉ・・ヒ、ヒアン・・」


「サナ、ちょっとお話ししようか」


 ヨーコの手がサナエの肩を掴んだ。背後にエリカが立って逃げ道をふさいでいる。


 サナエが絶対絶命の中、


「失礼・・」


 凶相の男が転移をして姿を現した。


「何事ですかぁ~?大変な事ですよねぇ~? ラオン君が魔物にかじられたとかぁ~?」


 サナエがしがみつくようにしてゾールに詰め寄る。


「え・・いえ、それほどではありませんが・・カサンリーン王国に送り届けた際、数万単位の魔物の群れが居たのですが、中に悪魔らしき姿を見かけたものですから」


 ゾールが圧され気味に答える。


「悪魔っ!? 先生ぇ、これは急がないとぉ~」


「・・・あんなものに何を急ぐ必要がある?それより、お前達の鍛錬だが・・」


「先生は、西大陸の責任者ですよ?」


 リコが詰め寄ってくる。


「うん?」


「これまでのように強くなる事だけを考えず、そこに住み暮らす人達の事を思って戦わないといけません」


「・・確かに」


「魔物も悪魔も、私達にとっては些細な事ですけど、ラオン君達や・・もっと弱い人達にとっては大変な問題なんです」


「そうだな・・なるほど」


「なので、今は急いで退治に向かうべきだと思います!」


 リコがきっぱりとした口調で進言する。


「・・そうだな」


 ちらとサナエを眺めてから、俺は小さく笑った。


「そうするか」


 動機はともかく、理はリコの方にある。鍛錬については後でゆっくり考えれば良いだろう。


「いずれ、また」


 俺はアイーシャとヒアンに声を掛けた。


「はいよっ! いつでもおいで」


「お待ちしております」


 アイーシャとヒアン・ルーリーがにこやかに手を振った。


「レイン司祭、アマンダ神官長、婚儀の手配ありがとうございました。落ち着いたら、改めて御礼に参ります」


「こちらこそ、お役目で縛るようなことをして申し訳ありません。よろしくお願い致します」


 聖女レインが深々とお辞儀をした。


「お嫁さんを泣かせちゃ駄目ですよ? ほどほどですよ? やりすぎは罪ですよ?」


 5歳児が何やら言っている。


「ちょっとシン君、僕を忘れちゃ困るよ?」


 ミューゼル神殿騎士団長が慌てて手をあげた。


「ああ・・レイン司祭をしっかり護って下さい。どうも・・不安なんですよね」


「あのね、シン君・・君達がおかしいんだよ?僕は結構頑張ってる方だからね?」


 ミューゼルが慌てた声をあげた。


「リアンナ・・師匠、行って参ります」


 俺はリアンナ女史に向かって丁寧に頭を下げた。


「タロマイトは預かります。必要になれば取りに来なさい」


 もしもの時のために購入した黒いタロマイトだったが、起動させずに眠らせてあった。


「では・・」


 俺はリコ、エリカ、サナエ、ヨーコ・・と見回して頷いた。

 小さく首肯した4人を一瞬にして白銀の甲冑が包む。


「鬼装・・」


 呟いた俺の体も、漆黒の鬼鎧に包まれた。右手に細剣、左手には騎士楯を握る。


「転移で仕掛ける」


 俺の指示に、エリカが転移紋を地面へ描き出していった。


「タロン、殲滅戦をやるぞ」


「はい、パパ」


 バルハルが背負った館の出窓から、タロンが浮かび上がって舞い降りてきた。くるくると周りながら転移紋の中に、黄金色の光玉を舞わせていく。


「ゾール、オリヌシに伝達っ!カサンリーン城外にて魔物を殲滅する」


「はっ!」


 ゾールが溶けるようにして消えていった。


 タロンが撒き散らす黄金の光が降り注ぐ中、


「面頬落とせ」


 俺の声に合わせて、兜の面頬が閉じる硬質な金属音が鳴る。


「やってくれ」


 俺は、細剣の鞘を払った。

 リコ、エリカ、ヨーコ、サナエがくるりと振り返り、見送るみんなに向けて深々と頭を下げた。


 直後に転移紋が強い光を放って、神獣バルハルも館も呑み込んで転移していった。



「まあ・・似合いなんじゃないかい?」


 アイーシャがリアンナに声をかけた。


「そうね。あの子達なら、シンを・・世界を破滅させることはさせないでしょう」


 リアンナ女史が穏やかに微笑む。


「夫婦喧嘩で世界が滅びそう」


 アマンダ神官長が呟いた。


「・・数万の魔物より夫婦喧嘩の心配ですか。悪魔がどうとか言ってましたけど?」


 ミューゼル神殿騎士団長が胃の辺りを押さえながら神官長を見る。



 *******



「タロン、地上の敵を殲滅しろ!」


「はい、パパ」


 タロンの返事と共に、黄金色の蜘蛛に似た無数のゴレムがほぼ音を立てずに地表を駆けて拡がって行く。


「バルハル、カサンリーン城に移動。城内の火災を許すな!」


 命令を受けて、神獣バルハルが館ごと高速で移動していく。

 それを見て、銀毛の巨獣がこちらを見ながら、そわそわと尻尾を振りたてた。


「ラースは後方から雷撃をやっている魔神を仕留めろ!」


 細剣の切っ先で、遙か遠方から雷撃を行っている龍種の面影を残した魔神の集団を指し示した。

 ちらと、4人を振り返ると、


「ペルーサ、来なさい!」


「ギンジロウ~?」


「来いっ、アーク!」


「ライデン君、おいでぇーー」


 待っていましたとばかりに、4人が自分の天龍を喚び出した。


「カサンリーン上空への侵入を許すな」


 雲間に隠れて飛竜の群れが遙かな高空からカサンリーンの王都を目指して接近している。


 任務を理解した白銀の巨龍達が大翼を拡げて舞い上がって行った。


「よし・・あとは、オリヌシ達とゾールが始末するだろう」


 俺は西方へ眼を向けた。


 身の丈が80メートルほどの甲冑姿の真っ赤な髪をした巨人が8人、横一列に並んで歩いていた。


(巨人族か・・)


 こちらを見つめている4人に向かって頷いて見せた。


「一文字、煌っ!」


 ヨーコが全身から霊気を噴き上げながら薙刀を構えて上空へと舞い上がった。


 続いて、


「闇喰い・・蠍尾シャウラ


 ぼそりと呟きながら、エリカが黒々と禍々まがまがしい気を立ち上らせる長弓を引き絞った。


 何の技を使おうとしているのか、少女達の間で伝え合っているのだ。


 2人の技名を聴いて、リコとサナエがそれぞれ魔法の準備を始めていた。


 ほどなく、上空からカーテンのように揺らぐ光幕が降りてきた。

 堂々と歩いて行進していた8人の巨人達が眩しそうに上空を見上げる。そこへ、光り輝く斬撃が襲いかかった。咄嗟の動きで楯をかざした巨人達だったが、楯ごと腕を切り飛ばされ、鎧を切断されて地面に転がる。


 続いて襲ったのは、地上すれすれを這うように進んでくる漆黒の影矢だった。

 矢そのものは見えないが、まるで水中を進んでいるがごとく軌跡が影となって見えているのだ。

 傷だらけの巨人族が大楯を力任せに地面に打ち込んで横一列の楯の壁を作った。

 するすると地表を伸びてきた漆黒の影が楯の壁に当たる寸前、上から下へと大きく弧を描いて矢が跳ね上がっていた。まるで生き物のように、矢が宙空で向きを変えて、楯を構えている巨人族の後頭部や背めがけて次々に突き立って抉る。

 

「炎鎖・・」


 リコの呟きと共に、巨人族の足元から白炎の鎖が出現して、巨人の足首を貫き、脹ら脛を喰い破って両脚に巻き付いていった。


「ホォォォォォォーーーーー リィィィィィィーー・・・ウィィィィィーーーーップ!」


 いつものサナエの掛け声と共に、眩く輝く鞭光ウィップが無数に出現して身動き出来ずに足掻く巨人族を叩き伏せ、ヒステリックに連続して打ちつける。


「先生ぇ、ホカホカですぅ」


 サナエが棘玉付きの片手棍を振って笑顔で合図をしてくる。


「まったく・・」


 俺は苦笑しながら、細剣技を用意した。



 細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44 を脳裏に思い浮かべる。


 選んだのは:M830HEAT-MP-T



(付与:・聖、光、蝕、毒、速、魔、闇、重、双、震、貫、裂、衝、回、吸、喰・・・被甲・厄災・呪茨)


 異様なほどの量の魔素が凝縮され、大気がとぐろを巻くように捻られて悲鳴のような風音を鳴らし始める。


「ジ・・ジチョウぉーーーーーー」


 サナエの必死の声がどこかに千切れ飛んだ。リコが魔防壁で、カサンリーンの王都を包み込む。ヨーコが前に、エリカが後ろでリコを支えた。


 直後、俺は細剣技を打ち放った。




(完)









 世界が、完。



 色々と、完。



 敵が、完。




 色も艶も無い、長々とした戦うだけの物語にお付き合い下さいまして、誠にありがとうございました!


 敵が居なくなっちゃったんで終わります。


 ここから、ラブコメ開始は疲れるし、なんか違う物語になって暴走しそうなので、この辺で。



<ここから、言い訳>


 途中から、取り返しがつかないくらいに、題名と粗筋からかけ離れていきましたね。

 ええ、それはもう、どうしようも無いんです。

 不可抗力なんです。

 題名と第一話だけを書いてスタートしたら、こんなことになっちゃったんです。

 だがっ・・しかしっ・・・いや、本当にどうしようも無かった。

 もう降参っ!


 次作はきっと、粗筋どおりに・・(ふふふ)

 妄想は自由ですもんね・・(へへへ)


では、またいつか別の迷作でお会いしましょう~~。

最後まで読んで下さった皆様、本当にありがとうございましたぁ~。


by. ひるのあかり

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召喚された少女達にしか救えない世界 ~先生っ、もう止めてぇ~! ひるのあかり @aegis999da

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