第167話 魔王宣誓
夜空に人の顔が浮かび上がって見えていた。
幻影の魔術だ。
単純だが非常に強い魔力が感じられた。
それは、カンスエル・ドークでは無く、見知らぬ若い男のものだった。
「あら美形」
リーエルが
20歳前後だろう端正な美貌に、切れの長い双眸が穏やかな光をたたえて地上を見下ろしている。髪は白金色、瞳は紫色に見える。まあ、投影されたような感じだから、薄らと夜空の星が透けている。本当の色はよく分からない。
『本日は、わたくし、魔王の誕生式にお集まり下さり、誠にありがとうございます』
「あいつ・・召喚者?」
リコが呟いたのが聞こえた。
『わたくし、レイジ・コーダは、こちらの世界に転生してから世界を
「こうだれいじさん、だってさ」
ヨーコが呆れた顔で呟いた。
『これも、こちらにいるカンスエル他、わたくしを支えてくれた多くの皆様のおかげでございます』
どこに居るのか、カンスエル・ドークという男、他にも数多くの男女が並んで立っている様子が映し出された。
『多くの不安を抱えたまま異世界で生きて行くために様々な困難に共に立ち向かい、時に叱咤激励を、時に優しく癒やしてくれた皆様のおかげで、何とか今日という日を迎えることが
再び、レイジという青年の顔が映された。心なしか、目尻の辺りに涙らしきものが
『魔王という響きを耳にした時、多くの人は不安を覚えることでしょう。わたくしもそうでした』
「ねぇ、気付いてる?」
リーエルが横目で俺を見た。
「
声に魔素が乗っている。意識してか、無意識か。耐性無く声を耳にした者達は、このレイジ・コーダという魔王の言葉を真実だとして意識の深層まで刷り込まれていくだろう。
「見事だ」
茶番のような演説で、意表を突きながら声に微細な呪言を混ぜる・・。これに気づける人間は数少ないだろう。
「あんたのところは・・まあ、大丈夫ね」
リーエルが居並んだ少女達、オリヌシ達を見回した。
「うちは・・」
背後の近衛を見やる。その柳眉がにわかに逆立った。
「何人か、危ういな」
代わりに俺が答えた。
「・・ラキンも平和呆けが酷いわね」
眉間から稲光を放ちそうな険悪な形相でリーエルが呟いた。
『先日、創造神に拝謁の機会を賜り、わたくしならば魔王が務まるとの温かいお言葉を御
「これ、いつまで続くの?」
エリカが嘆息混じりにリコを見た。
「さあ?」
リコが顔をしかめたまま肩を竦める。
『これより、わたくしは頼もしい仲間達と共に魔族領に攻め入り、かつて我々の子孫が奪われた多くの土地、多くの富をこの手に取り戻して参ります。広大な魔族領でございます。1年や2年では到底制覇できるものではございませんが、人間界を代表する者として正々堂々と進軍し、爪牙を研ぎ澄ました魔人達を駆逐して来る事をお約束いたします』
「なんか、歓声とか上がってるんだけど」
ヨーコが呆れたように言った。
遠く離れた四王国の陣地で、意気軒昂たる歓声が上がり始めていた。
『魔王とは、魔人を駆逐する者・・魔人全てを力で統べる者なのです! この、わたくし、レイジ・コーダが魔王となったからには、もう魔人共が好き放題に暴れることはできません!』
夜空に、高々と声が響き渡った。
『我こそ、魔王っ! 人の世を護り、魔人を駆逐して平和をもたらす
青年が拳を突き上げて宣言した。
応じて、各国の騎士達が興奮した叫びをあげている。
「行きがけの駄賃に、儂等を狩るだの言い出しそうだのぅ」
オリヌシが腕組みをしたまま唸った。
「カリーナの連中が危ないかもね」
リーエルが言った。
『わたくし、レイジ・コーダの魔王誕生式に参列して下さった偉大なる四大王国の皆様には、今後、わたくしが魔族領で手に入れた多くの知識、財貨の数々を優先的に分配して差し上げるための授受の方法等、より詳しい打ち合わせを行い、正式な契印文書を取り交わすことをもって、わたくし、レイジ・コーダの
"商談"に参加を希望する者は、プルフール村へ集まって欲しいと、夜空のレイジ・コーダが訴えかけた。
「・・なるほど」
俺は地図へ眼を向けた。
「先生?」
リコが目顔で問いかけてくる。
「潜伏している魔人は仕込みだな」
「仕込み?」
「あぁ~、そっかぁ、サクラだぁ~」
じっと考えているふうだったサナエが納得顔で声をあげた。
「さくら・・そう言うこと?」
リコとエリカが顔を見合わせる。
「おおっ!なるほどのぅ・・魔人共の襲撃を受け、撃退して見せる。ついでに、少しばかり珍しい魔導具でも拾って見せる・・という訳か!」
オリヌシが感心したように唸った。
「カリーナの皆さん、大丈夫ですかね?」
エリカが不安げに訊いてくる。
「どうかな・・立ち会い役として呼んだのは四大王国だが・・」
「こうなると、神殿の役目はありませんね」
ゾールが呟く。
「生贄は、カリーナ神殿の連中かのぅ?」
「魔王レイジか・・本人か、取り巻きかは知らないが、面白いことを考えつく奴がいるな」
俺は笑いながら、あらためて周辺を描いた地図へ視線を落とした。
「呼んで貰って良かったわ。これ・・実地で見聞きしてないと、ちょっと温度感が分からないもの」
呪言に呑まれた近衛の何名かに拳を打ち込んでいたリーエルが、さっぱりした顔で戻って来た。
「これだけ、長々と喋っていて、内容が記憶に残らないからな。報告者泣かせだろう」
『救世をお約束する我が信念を形として、我が新生魔王の、いや人類の希望を具現するための象徴として、導き見守って下さる創造の神々を崇め奉るための神旗を掲げよう!』
新生魔王の宣言と共に、夜空に真っ赤な双頭の大鳥の紋章が
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