第168話 動乱の予兆
「ホォォォ~~リィィィィ~~~ ストォォォ~~~~ムゥ~」
いきなり、サナエが声を張り上げた。
左右で、あっ、えっ・・と、リコやヨーコが小さく声をあげている。
まるで打ち合わせに無い、突然の行動だった。
新生魔王による終わりの無い演説が続いていた夜空に、聖なる暴風が吹き荒れて幻影がかき消され青白い聖光に包まれていった。
「ちょっと、サナ・・」
「だって、うざいんだもぉ~ん」
サナエが片手棍を振り回して騒いでいる。もう我慢ならん・・だの、すかした顔に鉄球を喰らわすだの、真っ赤に噴火した顔で騒いでいる。
「リコ、あいつの位置を!」
俺は膝を折って、地面に両手を着けた。
「は、はいっ!」
慌てて、リコが"眼"で周囲を見回す。
「見えました。共有化します!」
俯いたリコが言った。
「エリカ、ヨーコ、狙い撃て!」
「はい」
「はいっ!」
すかさず二人がリコから"眼"を借りながら武技を構える。
「サナエ、王国連中を粉砕しろ」
俺に声を掛けられるなり、
「むっはぁ~、おまかせあれぇ~」
サナエが興奮顔で拳を突き上げた。
「ホォォォォ~~~リィィィィ~~~ナッコォォォ~~~・・からのぉ~」
「ホォォォリィィィィ~~~コメットォォォ~~~」
左右の拳を突き出すようにして連続して広域聖術を放つ。
巨大な聖光の拳が四大王国の陣地へ降り注ぎ、巨大な金平糖のようなものが、一つ・・二つ・・と光り輝きながら落下してった。
「オリヌシ」
「応っ!」
大剣を手に、オリヌシが前に出るなり、虚空めがけて袈裟に振り下ろした。
派手派手しい衝撃音が鳴り響いて、火花が飛び散る。
「ちぃっ・・」
短く舌打ちをした人影が、宙空で二転、三転身を捻って距離を取った。
その胸元へ、大剣の切っ先が伸びる。
逆手に握った短剣で払おうとしたが、わずかな擦過音と共に短剣が跳ね飛び、オリヌシの大剣が人影の胸を貫き徹していた。
そのまま、大剣を振り上げ、地面めがけて振り下ろす。
後には、圧壊し、千切れ飛んだ死骸が地面にめり込んでいた。
「魔人かの?」
オリヌシが灰化して崩れる死骸を見ながら呟いた。
「こいつら、
リーエルが同じように長剣で斃した相手を見下ろし吐き捨てた。
横で、ゾールが血魂石を短刀で割っていた。それぞれ、一刀で斬り伏せている。さすがの二人だった。
「カンスエル・ドークの作品らしい」
俺は、崩れつつある死骸を神眼で見ながら言った。両手は地面に着けたまま、魔王レイジの本当の居場所を探っている。
こちらの意図を察知しているらしく、真贋交えながら気配を転じて距離をとっていた。魔王に選ばれただけのことはあるらしい。リコの"眼"に映っているのは囮役の連中だった。
エリカとヨーコが、リコの"眼"が捉えた相手めがけて武技で狙撃したが、魔王レイジの取り巻きらしい連中によって、巧みに防ぎ止められてしまったらしい。
(まあ・・これ以上、リーエルに手の内を
俺は左手の厄災も右手の薔薇も使わずに、無言で立ち上がった。
天空人達が常に味方とは限らない。明日には殺し合いをやっているかもしれないのだ。与える情報は少ないほど良い。
「風刃・・」
宙空から染み出るようにして襲って来ようとしていた造り物の魔人達を細切れに切断して斃す。その血魂石を指で貫き徹し、夜闇に絶叫を響かせると、館を背負っているバルハルを振り返った。
「プルフール村へ向けて前進!」
俺の声を聴いて、即座に館が微かな軋み音と共に移動を開始した。
「ラース! ハウリングだ!」
呼ばれて、銀毛の巨獣が姿を現すなり、お座りの形から夜空へ伸び上がるようにして遠吠えを放った。
常人の耳には何も聞こえない。
ただ、遠吠えの姿勢をしているだけのように見えるが・・。
惑わしの呪言が砕かれる。
ラースの声無き遠吠えが、呪言を塗りつぶし、魂の深層へ染み通った呪でさえも破砕するのだ。
「オリヌシ、エルマ、アマリス、リュンカ、4人で先行してプルフール村へ突入。カリーナのレイン司祭を支援しろ」
「応っ!」
オリヌシが大声で返事をして、大剣を担いで走り出す。その背を、三人の女獣人達が追った。
「リコ、ヨーコ、サナエ・・四王国の兵を残らず狩り尽くせ。エリカ、ゾールは隠密狩りだ。本国への連絡を許すな!」
「はいっ!」
「はっ」
指示を受けて、5人が掻き消えるようにして、それぞれ散って行く。
「・・シン」
リーエルが辺りを
「ん?」
顔を向けると、張り詰めたような緊張感を宿した双眸で見つめている。
「どうした?」
「ラキンの秘事を、貴方だけに話しておきます」
少女達やオリヌシ、ゾール達にも口外するなという事だろう。
「・・分かった」
「シンが知っているように、下界で魔神と呼ばれているものが世界中で封印されているわ」
「魔神か・・西大陸で斃したが」
「その類いの奴よ。かつて、地上の大半を支配していた生き物・・の変異体」
「変異・・?」
「原因はよく分からない。気象なのか、魔素のような何かなのか・・元々は天空人のような姿をしていたそうだから、私達の祖先と何かの縁があるのかもしれない」
「天空人と魔神が・・」
「天空界の歴史学者は認めたがらないけど、かつては地上で住み暮らしていたものが、住めなくなって天空へと逃れた者達の裔が今の天空人なのだと・・・私は思っています」
「・・なるほど」
「地上に残された・・あるいは自ら残った天空人が変異したものが魔神・・その中でも血が古い者が厄災神として、神・・らしき何者かによって世界各地に封じられた。そういう記録を耳にしたことは?」
「詳しい物は見たことが無い。ただ、西大陸の旧帝都の封印より、レンステッズ導校の地下で見付けた封印は・・漏れ出てくる気配が
「ラキン皇国にも在るわ。レンステッズにもあったのね」
「魔人が魔物を率いて2度も押し寄せた。それで調査をしたら見つかった」
「なるほどね」
リーエルが頷いた。
「他にも在るのか?」
「在るでしょう。ラキン皇国が把握しているだけでも、17箇所あります」
「・・多いな」
あれほど大掛かりな魔導の仕掛けが、そんなにも存在しているとは思わなかった。
「天空界には7つ・・発見されているわ」
「この辺に、他には?」
「この近くとなると・・ああ、ヤガール王国の王城地下に在ったわね」
「・・ほう」
ヤガールの名を聴いて、軽く眉根が寄った。
「シン・・」
「うん?」
「神に会った?」
いきなりの問いかけである。俺は、ちらとリーエルの双眸を見て頷いた。
「神・・というか、他の次元にいる意識体という説明だったな」
「キルミスという存在は?」
リーエルの口から、キルミスという名が出た。
「あの綺麗な顔をした子供か」
「会ったのね?」
「最初に俺に会いに来た奴が、そう名乗った」
えらく綺麗な顔立ちの少年といった風情だったが・・。
「・・
「あいつについて何か知っているのか?」
「おとぎ話よ。悪神を封じた善神というやつね」
小さな子供に寝物語で読み聞かせるようなおとぎ話らしい。
「ふうん・・」
「他愛も無い子供向けの作り話のようだったけど・・案外、そういうものに真実を含ませてあるのよね」
「何か・・魔王に関係した事が書かれているのか?」
そうで無いなら、今この時に話題にしたりしないだろう。
「魔王の因子を受け継いだ者・・すなわち、魔王は封を解く力を持っているのよ」
「それで・・魔王は、封の中にいる奴を使役できるのか?」
「そうらしいわ」
リーエルが言った時、近衛の天空人が緊張顔で近づいて来るのが見えた。
「どうやら、上に戻る事になりそう」
近づいて来る近衛を横目に見ながら、リーエルが軽く舌打ちをした。
「ここを片付けたら・・レンステッズの封印を確かめてみる。情報感謝する」
俺はレンステッズがある方角を見た。
「また来るわ」
そう言って、リーエル・・・ラキン皇国の皇太后が、踵を返して近衛騎士達に向かって歩き去って行った。
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