第169話 アマンダ神官長

「レイン司祭様は?」


「お休みになっています」


 ミューゼルが疲労の滲む笑みを向けた。アマンダ神官長が付き添っているらしい。


「リコ」


「はい」


 呼ばれて、リコが駆け寄ってきた。


「向こうの狙いがレイン司祭だと仮定して防陣を構築する。姿ある者はオリヌシ達で防げるが、あの呪言の使い方からして、相手には腕の良い呪術屋がいる。リコの魔防陣、サナエの聖法陣を組み合わせておいてくれ」


「分かりました」


「その上で、二人の防陣を抜いてくることを想定、警備の位置取りを決めよう」


「はい。相手の強さはどのくらいに見積もりますか?」


「煌王と同等か、少し上だな」


「同じ女性という事もありますし、私達4人はレイン司祭様の近くに居る事になります」


「仕方が無い。神殿の女騎士は呪言堕ちだ・・あれを司祭様の側に置くのは邪魔になる」


 俺の視線の先で、ジークールという女騎士が簀巻きにされて転がっていた。五月蠅く騒ぐと言うことで、猿ぐつわまで噛まされている。


「はは・・まったく、申し訳無いね」


 ミューゼルが頭を掻いた。


「ラースのハウリングで、呪詛は抜けたはずですが・・」


「いやぁ・・なんか、日頃から色々と溜まってたみたいでさ。魔王さんの演説に、どっぷり填まっちゃったんだよねぇ」


「・・迷惑な」


 俺は軽く眉をしかめた。

 妙な行動を取る前に、この場で始末しておいた方が良いかもしれない・・。


「あ・・殺さないでね? ああ見えて、結構良いところのお嬢さんで・・後々、レイン司祭様が責められちゃうから」


 俺の考えを読んだように、ミューゼルが話し掛けてくる。


「エリカの転移で、どこか遠くに捨て・・置いてくるというのは?」


「そこで魔物に食べられちゃったら? というか、あの調子だと魔王軍とかに入って旗とか振りそうなんだよね。目が届く所に置いておいて、ひとまず神殿までは連れ帰らないと・・いや、本当にお荷物だよねぇ」


 ミューゼルの視線が、芋虫のようになって地面で身をくねらせている女騎士を冷たく見下ろした。


「シン君」


 不意に呼ばれて振り返ると、仮設の天幕からアマンダが顔を覗かせて手招いていた。

 

「この4人を連れて入ります」


 俺はリコ達を目顔で示しつつ、ミューゼルに声を掛けた。


「うん、任せるよ。ぶっちゃけ、君達で無理ならこの場の誰にも無理だからね」


 ミューゼルが他の神殿騎士達に指示を出しながら、プルフール村の村長が待っている方へと歩き去って行った。


「シン君、どうして来ませんでしたか?」


 天幕に入る早々、アマンダ神官長の詰問が始まった。


「プルフール村に降りかかった脅威は演説に乗せた呪言だけでしたので、接近していた魔人達への対応を優先しました」


「魔人は退治しましたか?」


 五歳児にしか見えない神官服を着た少女が先に立って歩きながら質問を続ける。

 続いて、俺、それからリコ、サナエ、エリカ、ヨーコの順でついて行く。

 面倒臭そうだと察知したのか、少女4人はそれとなく視線を逸らして、話し掛けられないように工夫していた。


「魔人34体および、魔王の配下らしき男が作成した合成体を74体・・ただ、演説をしていた魔王達は取り逃がしました」


「凄い戦果ですね」


 寝台に腰掛けて身を起こしていたレイン司祭が微笑を向けてきた。


「うちの子達が診ても?」


 俺はアマンダ神官長に訊いた。


「お願いします。念には念です。聖術に拘らずにレーちゃんを診て下さい」


 アマンダ神官長に請われて、4人がそれぞれの診察を試みる。


「シン君、生誕した魔王は本物でしたか?」


「真贋測りかねます。気配は5つに分離して、北方面に3つ、西へ1つ、東へ1つ・・すべてが偽物だったという可能性を疑いたくなるくらい、気配が均一でした」


「そうですか。そうなると、演説をしていたレイジという者が魔王とは限りませんね」


 五歳児が腕組みをして考え込んだ。


「レイジの他に目視できた人影は8つ。内1人は、神を名乗って接触してきた合成体です」


「キメラ・・魔人並の力を有したキメラを造れるということですね」


「魔人で言うと、狂王から煌王まで強さに個体差はありましたが・・単体では、さほどの脅威にはなりません。ただ、転移・・空間移動による奇襲を織り交ぜて来ますので、護りに回ると押し込まれる危険性はありますね」


「・・シン君、煌王だけでも今の神殿騎士では太刀打ちできません。まともに戦えるのは、ミュー坊くらいです」


 レイン司祭がレーちゃん、ミューゼル神殿騎士はミュー坊らしい。


「それだと、この先が厳しいですね」


 数で圧せる相手では無い。少なくとも、個々人が最低限の力を持っていなければ、枯れ葉に火を放つくらいの気安さで何千、何万という兵士が秒殺されてしまう。


「とても厳しいです」


「神殿の方は?」


 カリーナ神殿の神殿騎士は各地に出向いて魔物の討伐など行っている。名ばかりの騎士団よりは遙かに実戦慣れしているはずだ。


「私がこっちに来ているので、攻められたら五日くらいで落ちます」


 アマンダの得意としているのは結界魔術らしい。


「転移は?」


 手練れが少人数で各地を転戦するという手段が考えられるが・・。


「私しか使えません。レーちゃんとミュー坊は魔導器で跳べますが距離が短いのです」


 色々な意味で、このアマンダという五歳児がカリーナ神殿の中核になっているらしい。


「レンステッズは俺達が護ります」


「・・禁忌を識りましたか?」


 アマンダ神官長が、やや目尻の吊った大きな双眸でじっと見上げて来る。


「一部・・でしょう。ただ、ヤガールや他の場所は手が回りません」


 全ての知識を得た訳では無い。特に、ラキン皇国からの情報は、どこまで真実か分からないのだ。


「最悪、すべてが奪われなければ良いです。私とリアが一つずつ封印を守護しています。シン君のと合わせて3つ」


「天空界でも一つは守護されるでしょう」


「・・誰に聴きましたか?」


「秘密です」


 俺は苦笑した。


「確かですか?」


「護れる強さがあるかどうか・・なら、信頼して良いですね。ただ、同じ思惑で動いてくれるかどうかは未知数でしょう」


「魔王に対抗してくれたら良いです。協力はしたくでも出来ません」


「そうですね」


 頷いた俺を見ながら、


「カリーナ神殿は、シン君に共闘要請をします」


 いきなり、アマンダ神官長が宣言をした。


 もっとも、これは予想していた事だ。このために、アマンダ神官長が出張って来たのだろう。


「期間と対価は?」


 俺は用意していた質問をした。


「その口調、リアにそっくりです。 1ヶ月更新で最長1年間。対価は、本殿が所蔵する全ての書物の契約期間内の閲覧権限です」


「その閲覧権限は、俺だけですか?」


「こちらの、召喚された子達も大丈夫です」


 アマンダ神官長が、4人の少女達を指さした。


「一方的に魔族領へ突撃しろと言われても従いませんよ?」


 元より、無茶な依頼はその都度蹴るつもりだが・・。


「私がお願いするのは、町とかを護って欲しい時です」


「リアンナさんは?」


「今、とても機嫌が悪いのです。魔王も演説なんかしてないで、リアにちょっかい出してくれると良いんです」


 五歳児が困り顔で腕を組んだ。


「・・何かありましたか?」


「スーサンド帝国が南の魔族領を迂回して攻め入って来ました。北上する道中に、リアの領域を通過します」


「・・なるほど」


 それは、危険極まりない自殺行為だ。スーサンド帝国軍の消滅は確定だが、リアンナ女史は何よりも無駄を嫌う。呼びもしないのに軍勢が押し寄せると知れば、十中八九、執務室で凍り付くような笑みを浮かべ続けているだろう。


 何を意図して、そんな挑発行為を行うのか・・?


「リアは、魔族領とスーサンドが何かの密約を交わしたと考えています」


「レイジという奴の仕込みかもしれませんね」


「あり得ます。いつもなら鎮まるまで放っておきます。でも、今は困ります」


 各地で魔神騒動が起きるかもしれないのだ。手が足りないのだと言う。


「まあ・・そうでしょうね」


 しかし、それは諦めた方が良い。むしろ、魔神が暴れ回った方が被害が少なく済むだろう。


 女帝の機嫌が悪いと、あの地域一帯が息を潜めたようにピリピリとした息苦しい切迫感に包まれる。


「シン君、リアをなだめて下さい」


 五歳児が俺を指さした。


「無理です」


 即答した。


「・・シン君しかいません」


 五歳児が、悲しげに視線を伏せてみせる。


「不可能です」


 断固拒否である。


「なぜですか?」


「裸で魔神と戦うより危険だからです」


 俺が答えると、五歳児がにやりと笑みを浮かべた。


「言い得て妙です」


「あの・・」


 それまで黙って聴いていたレイン司祭が話し掛けてきた。


「私は不勉強で、その・・魔神の強さというものを知りません。皆さんは御存知なのですか?」


 レイン司祭が、自分を診察をしてくれている4人の少女達を見回しながら訊いてきた。

 まあ、大半の人は普通に暮らしていれば、魔神とは無縁で生涯を終える。会話の中には絶対に登場しない存在だ。


「はい、よく知っています」


 リコが頷いた。


「えぇ~、お腹いっぱいになるくらいに御存知なんですよぉ~」


 聖光を宿らせた指先でレイン司祭の襟足を押さえながらサナエが笑う。


「って言うか、先生なら裸でやっても魔神に勝てるっしょ・・ねぇ?」


 ヨーコがエリカに囁くと、エリカが小さく何度も頷いた。

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