第170話 胎動の予感

「変化は感じられないな」


 漆黒の立法体を眺めながら呟いた俺を、レンステッズの理事長以下、主立った面々が不安そうに見ている。


「大きさには変化ありません」


 正確な採寸をしていた少女達が駆け戻って来た。


「今の方法が正しいのかどうか分からないけど・・」


 このままの状態を維持すべきだろうか。

 それとも、破壊を試みた方が良いのだろうか。


(ただ、これを壊そうとすると、上のレンステッズが消し飛ぶからな)


 学校そのものに防護魔法を巡らせたとしても、おそらく破壊の力の方が勝る。

 そんな事など斟酌せず、破壊してしまえば良いのだが・・。

 他人には言った事が無いが、自分が通ったことのない学校という所に、どうも引け目というか、遠慮のようなものがあって、自分でも躊躇いを拭えずに、即時破壊という結末を避けるような判断をしてしまっている。


(・・こいつから魔神でも蘇れば、結局は周辺一帯が吹き飛ぶんだけどな)


 色々と調べたが、封じている仕掛けが分からない。蘇る仕組みも分からない。

 もしかしたら、時限式で、明日にでも封が破られるかもしれないし、新生した魔王が好きな時に開封できる物なのかもしれない。


(キルミスみたいな奴が開けて回る可能性もある)


 あの存在には、魔法による防壁など通用しない。俺が"界"について得た知識が正しければ、いつでも、どこにでも出現できるはずだ。


(干渉できないような事は言っていたけど・・)


 レイジという新生した魔王が、魔王の因子を受諾する際に、何らかの願い事のようなものを叶えた可能性が高い。


 何を希望し、何を得たのか・・。


(ただ、カンスエル・ドークは、時間が欲しいような事を言っていた)


 魔王というのが世界を滅ぼすにせよ、救うにせよ、いきなり完結できるような能力は持ち合わせていないという事だ。レイジ・コーダという魔王は転生者という事だった。


 リコ達に、転生者の男が欲しがるようなものを訊いてみたら、4人が協議した結果、世界征服ではないかという回答だった。4人とも本気で信じている顔では無かったが・・。


(世界を征服するのか・・)


 どういう状態になれば征服した事になるのだろう。

 各国の王侯貴族を始末して回っても、結局は別の奴が登場して陰に陽に騒乱は続くだろう。人間にしろ、魔人にしろ、死滅させてしまえば征服した意味さえ消え失せる。


(洗脳? 呪言だけで?)


 緻密に呪言による洗脳網を拡げていけば完成しそうな気もするが・・。


(俺達のように、通用しない相手も居るだろう)


 世界を征服することに、どんな価値を見出すのか?

 魔王になれるほどの力があるなら、人の世界の財貨は欲しいだけ手に入るだろうし、どこかの王族気分を味わいたければ、それこそ国ごと呪言で乗っ取れば良い。


(ん?・・まさか?)


 あの呪言の力を希望し、手に入れたのか?

 あれは魔法では無い。武技に近い技能だった。


(いや・・そんな馬鹿な事は無い)


 似たような事なら、魔法で行える。魔法を上手く使えなくても、薬品や魔導具で同じような結果を作り出せるだろう。願って得るような力では無い。


「先生?」


 エリカが顔を覗き込むように見ていた。


「ん?・・ああ、ごめん」


 少し考え事が過ぎたようだ。


「何を考えていたんです?」


「あのレイジという魔王がどんな力を持っていて・・何をやろうとしているのか考えていたんだけど、どうも分からないな」


「・・多分、あれって分からない人ですよ」


「分からない人?」


「先生とは色々違い過ぎて、考えている事とか、どうやっても分からないと思います」


「そうなのか?」


「私もそう思います」


 リコが加わった。


「そうなのか」


 思考の読みにくい人物ということだろうか。

 判然としないが、俺をよく知っている4人がそう言うのだから一考の余地はある。


「一応、侵入された形跡は無かったし、変化は見られない。安心はできないが、しばらくは警戒しつつ様子見をするしかないか」


 俺の意見に、レンステッズ導校の面々も、少女達も賛同して頷いた。


「ぁ・・」


 ヨーコが小さく声を漏らした。


 直後に、少女達が口を噤んで視線を交わし合う。


「来ました、これ?」


 地上の学園に残してきたオリヌシ達が戦闘を始めたようだった。


「エリカ、理事長達を学園へ」


「はい」


 頷いて差し出したエリカの手に、レンステッズ導校の面々が手を伸ばした。

 次の瞬間には全員の姿が消えている。


「鬼装・・」


 俺は漆黒の甲冑姿になった。すぐさま、リコ、ヨーコ、サナエが神具の甲冑を見に纏う。


「上空から、大型の魔獣を乗騎にした魔神らしきものが現れました」


 闇から染み出るようにして出現したゾールの幻影が報告した。幻影魔術により遠方から報告をしてきたということは、ゾール自身が何者かと対峙しているということだろう。


「魔神?」


 呟きつつ、漆黒の立法体を振り返って見るが、つるりと艶のある表面には何の変化も見られない。


「別口かな?」


「先生、魔神です」


 エリカが戻って来た。


「仕留めたか?」


「オリヌシさんとゾールさんが一体ずつ担当してます。アマリスさん達も居ますから大丈夫そうですけど」


「他にも増援が?」


「・・ある気がするんです」


「よし、リコ、サナエ、ヨーコ、エリカで小隊を組んで、見つけた端から一体ずつ始末していけ。それから・・」


 言いかけて、俺は口を噤んだ。


 理由も無く、脳裏に"神"と称した男の顔が浮かんでいた。


「エリカ」


「はい?」


「神眼で鑑定して、魔神と出たんだな?」


「はい。わたしの神眼は、まだ双なので、そこまで深く見えませんけど」


「・・その魔神達は造り物だと思う」


 俺の神眼なら製作者まで見透せるが・・。十中八九、造り物の魔神だろう。魔神としての程度はさほど高くないはずだ。危険度が低いことは、この地下からでも感じ取れる。


「素材の過半部位に魔神の何かを使っているから、神眼で魔神と表示されているんだろう」


「そんな事が出来るんですね」


「うちを訪ねて来たカンスエル・ドーク、あいつは、あいつ自身を造ってたからな・・おかしな話だけど」


「えぇ~? 自分造ってる間はどうなってたんですぅ~? っていうか、それって本当に神様なんじゃ~?」


 サナエが唸る。


「俺が感じ取れる中に、カンスエル・ドークは居ないが・・」


 リコを見たが、


「私にも見えません」


 リコが首を振った。


「よし・・造り物でも魔神は魔神だ。油断せずに狩れ。魔神に注意を引いておいて、次の攻撃を準備している奴が居ると想定しておくように」


「はいっ!」


 4人が綺麗に揃った敬礼をした。

 どこの流儀かしらないが、この子達の敬礼は額の横に手刀を当てて見せるというものだ。


 最後に、ちら・・と漆黒の立法体を眺めてから、


「では、出陣といこう」


 エリカの肩に手を置いた。


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