第195話 ヤガールの常闇へ


「守りは薄いが、ここなのか?」


 俺は離れて付いてきている魔人達を振り返った。


「我等にとっては相性の悪い魔導が仕掛けられている」


 ジルーナ・アウラゴーラが苦笑気味に応じた。黒い長衣では無く、見るからに豪奢な軽甲冑を身につけていた。額当を兼ねた宝冠らしい物をかぶっている。


「リコ?」


魔導人形ゴレムが上がって来ます。飛べるみたいですね」


 縦穴を覗き込んでいたリコが、宙空に見えているものを映し出した。

 ヤガール王国の王城があった辺りに、巨大な縦穴が出現したのだ。まあ、上にあった城館などを吹き飛ばしたのは少女達だったが、城の地下に、これほど広大な地下空洞が存在していたとは・・。

 縦穴の直径は100メートルほどだろう。深さは、数百メートル近いかもしれない。

 その縦穴の下から、魔導人形が昇ってきているのだ。


 身の丈が3メートルほどの甲冑人形が、光る魔法円を背負う様にして飛翔している。数は50体前後のようだ。どの人形も揃いの長剣と楯を握っていた。


「ミザリーナスの護士ガーディアン・・」


 呟いたのは、女魔人アウラゴーラだった。付き従っている魔人達が軽く騒めいている。


「ミザリーナス?」


「ここの守護神の名だ」


「ふうん・・ヨーコ」


「はい!」


 俺の合図に、ヨーコが縦穴めがけて薙刀の武技を放った。


 魔法円を背負って上昇してくる魔導人形が楯をかざしたのが見えた。派手派手しい衝突音が鳴って、上から叩かれたように魔導人形が仰け反り、真下へ向けて落ちて行った。


「強いのぅ・・」


 女魔人が感心したように呟いた。


「ですねぇ、きっちり楯で受けられました。無傷かな、これ・・」


 ヨーコが縦穴を覗き込みながら頷いた。

 女魔人はヨーコの強さに感心したのだが・・。


「楯で受けた人形は、腕の関節が歪んだみたい」


 リコがじっと見つめたまま言う。


「あらら、見た目ほど丈夫じゃ無いんだ?」


「ヨーちゃんの武技は、重たいからねぇ~」


 サナエが笑う。


「ゾールさん」


 エリカが傍らの凶相の男を見た。


「ええ・・微かに人の声が聞こえましたね」


 ゾールが頷く。


「人の声?」


 俺は2人を見た。その時、


「あの魔導人形には、人の血肉が・・霊魂までが使われておる。つぎはぎだらけの化け物じゃ」


 女魔人アウラゴーラが吐き捨てるように言った。


「・・人の? あれも合成体キメラか?」


「そうよな。広き意味では、合成体キメラと言えようが・・」


 女魔人が、リコ達4人を見た。


「あの人形には、勇者の血肉が使われる」


「・・なるほど」


 リコとエリカが、再び上昇してくる魔導人形へと視線を注いだ。


「動揺せぬか。可愛げのない娘共じゃ」


 女魔人が愉しげに喉を鳴らして笑った。


「エリカの考えていた最悪のシナリオだね」


 ヨーコが、エリカの肩に手を置いた。


 昨日今日の話では無い。

 ヤガール王国に召喚された少年少女達の現状、行く末について、少女達4人はあれこれと想像を巡らせていたのだ。


「・・何人かは生かされているはずだけど」


「繁殖用ね」


 リコが嘆息する。


「本当に、体が欲しいだけなんだねぇ~」


 サナエが頬を膨らませて唸った。


「先生?」


「排除だ」


 俺は縦穴を見つめたまま言った。


 直後、エリカが長弓を引いて、立て続けに矢を放った。

 楯を持ち上げて防ごうとしたようだが、矢は楯をすり抜けて頭部を貫き徹していた。しかし、一向に動きが鈍らない。


「・・頭じゃないみたい」


「胴体かな?」


 ヨーコが薙刀を振って武技を放った。

 今度は、螺旋の衝撃が楯ごと魔導人形の胴体を貫いて大穴を開けた。


「どうかな?」


「まだ動いてるねぇ~」


 サナエがふむぅ・・と腕組みをして唸る。


「霊体で繋いでいるみたいね」


 眼を眇めるようにして観察していたリコが言った。


「サナ」


「はいよぉ~」


 サナエが片手棍をぐるぐる振り回して、縦穴めがけて振り下ろす。


 寸前で、


「ぅ・・おっとぉ~」


 思いとどまって、攻撃を止めた。


「サナ?」


「私向きじゃないなぁ・・これ、聖術使ったら回復されるっしょ?」


「・・そうなの?」


 リコが改めて縦穴の中の魔導人形を見つめた。どういう素材なのか、エリカやヨーコに壊された甲冑がじわじわと修復されつつある。2人とも再生阻害の特性持ちだが、それでもなお回復速度の方が勝っているということらしい。


「再生できなくなるまで壊し続けるか。呪陣とかで捉えるか・・でしょうか?」


 リコが俺の方を見た。広域魔法の使用許可を求める顔だ。


「霊魂を斬れば良い」


 俺はヨーコを見て言った。


「ああ、そっか・・十霞とがすみなら」


 ヨーコが大きく頷いた。物理的な破壊力は持たない武技だが・・。


「オリヌシ、からを破壊しろ」


「応っ!」


 すでに目視できる距離にまで昇ってきた魔導人形達を見ながら、オリヌシが大剣を担ぐようにして前に踏み込むなり縦横に打ち振るった。


 ただの素振りのようにしか見えない動作だったが・・。


 不可視の衝撃が奔り抜け、50体もの魔導人形達がほぼ同時に粉々に爆ぜて飛び散っていた。


 呼吸を合わせ、ヨーコが高々と舞い上がると、手にした薙刀に眩い閃光を宿らせた。その光が風にそよぐ絹布のように揺らぎ降りて、魔導人形ゴレムの残骸を包み込んでいく。



 光の中で人の影のようなものが蠢き、怨嗟の声を放ち始める。



「ごめんね」


 ヨーコが一言声を掛けて、輝く薙刀を振り下ろした。

 大気が切断されたかのような硬質な切断音が響き、呪縛されていた怨嗟の塊が甲高い叫び声をあげながら昇天して消えていった。


(ヤガール・・これは、どうも見誤っていたな)


 ただの古い王国くらいにしか考えていなかったが、色々と世には知られていない秘事が隠されているらしい。キルミス達による痕跡が残されていそうだった。ただ、今のキルミスに繋がるような物では無さそうだ。



「オリヌシ」


「む?」


「アルマ達を連れて、カサンリーンの護りにつけ。あそこは西大陸の橋頭堡きょうとうほだ。堅持しておきたい」


 ヤガールも色々ありそうだが、どうもここでは無いという気がする。感覚的なもので、これといって理由は無いが・・。


「応っ! 避難しとる者共の入植も進んでおるからの」


 オリヌシが請け負った。


「キルミスの言っていた魔王が姿を見せていない。見付けたら、全員で叩く。無闇に突っかけるなよ?」


「任せろ」


「ゾール、頼む」


「はっ」


 低頭した凶相の男が、オリヌシに近付いて肩に手を置いた。

 瞬間、2人が転移をして消えていった。


「・・我が配下に、同じ真似ができる者がおったかの?」


 女魔人が連れている魔人達を振り返った。



「リコ、どうなった?」


「消滅しました。再生の流れは見えません。ただ、別の大きい個体が上がって来ます」


「よし、まず俺が行く。様子を見ながら追って来てくれ」


 少女達に声を掛けながら、方形楯を左手に、右手に細剣を握って縦穴めがけて飛び込んだ。


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