第196話 マグマ・マグマ
上から下へ、急降下の勢いそのままに、騎士楯で殴りつける。頭部を粉砕された巨人が、よたよたと歩いて尻餅をついて動かなくなる。それへ、細剣技:12.7*99mmを打ち込み、さらに下へと向かう。
離れて狙ってくる相手には細剣技を打ち込み、斬りかかってくる相手は突き刺し、楯で殴り飛ばす。後方で、さらなる攻撃音が響いていたが、振り向く事なく降下し続けていた。
魔導の仕掛けは意味をなさず、魔導人形は瞬時に破砕して飛び散り、ヤガール王城下に隠されていた巨大な楯穴を降り続けること小一時間。落ちる先に、マグマ溜まりが見えてきた。
(10キロ以上は降りたか?)
そのままの速度でマグマの中へ突っ込み、さらに深部を目指してみるが・・。
(む・・?)
200メートルほどマグマを潜ったところで止まった。これは、どうも違う。
途中まであった人工的に研磨された壁がなくなり、さらさらと動くマグマの流れしか見当たらなかった。この先も、どこまで続くか分からない赤々と滾った灼熱の流れだけだ。変化らしい変化が見当たらない。
(・・少し戻るか)
周囲に仕掛けが無いかと注意を払いつつマグマ溜まりの上まで上昇すると、マグマの上に顔を出した。
「先生」
エリカがマグマの表面に立って待っていた。
「下じゃないみたいだ」
「少し上に、扉みたいなのがありました」
「そうだったのか。見逃したな」
エリカが先に立って案内する。
どうやらマグマ溜まりに飛び込んだのは俺だけだったらしい。
リコ達も、アウラゴーラを筆頭にした魔人達も、上で見つけたという扉を前にして宙に浮かんで待っていた。リコ達は苦笑気味に、魔人達は怪物を見る目でこちらを見ている。
「何か仕掛けが?」
「解錠に条件があるんですけど、時間をかけたくないなぁって・・」
「・・そうだな」
俺は左手で扉に触れた。途端、すっ・・と音も無く大きな穴が開いた。厄災種に喰わせたのだ。
「分厚いな」
くり抜かれた穴に入ってみると、扉の厚さは20メートル近くもあった。
「こんなの、どうやって開閉してたのかな?」
「横穴を塞ぐための蓋のようでした」
「そうなのか?」
「周りの壁と同じように擬装させていました。エリが見つけたんですけど・・耐熱の魔導が重ね掛けされていました」
先行して偵察に行ったエリカに代わって、リコが発見した時の様子を説明する。
「ふうん・・」
溶岩や熱の侵入を防ぐために作ったという事は、この先には何か守りたい物があるのだろう。
こんな地の底で何をやっていたのか知らないが・・。
「エリカ達が何か見つけたようです」
リコがサナエと連れ立って近づいて来た。
「敵じゃ無いのか?」
「動くものは見当たリません。エリ達は部屋みたいな造りの場所に居ます」
「こんな地下に部屋か」
「先生ぇ?」
「ん?」
「マグマの溜まった上に、お城があったんですよねぇ?」
サナエが怪訝そうに首捻っている。
「・・そうなるな」
「ヤガールの周りって、普通の土と、石でしたよぉ?」
「そうだったな」
「火山みたいな場所でも無いしぃ~」
「そうね。噴火した跡は無かったわ」
リコも首を傾げる。
「どういう事だ?」
連れ立って歩きながら訊いてみる。
2人が言うには、この土地は火山が無く、どこにも噴火したような形跡は見られない。本来なら地の底で流れているような溶岩とは関わりなく過ごせるような土地なのに、わざわざマグマの流れが見えるほど縦穴を掘った意味が分からないのだと言う。おまけに、マグマ溜まりができるように加工された痕跡を感じるそうだ。
「すると、どうなる?」
「ど~ん・・って、爆発してぇ、マグマが溢れ出しちゃいますよぉ」
「ふうん?」
「位置からして、ヤガールは滅びますね」
「・・それは変だな」
ヤガールが滅びるような穴をわざわざ掘って何がしたかったのか?
「これだけの縦穴ですから、掘削に相当な時間がかかったはずですけど・・」
「確かに妙だな」
俺は綺麗に研磨された横穴の壁や天井を見回した。
「アウラゴーラ、何か知っているか?」
女魔人を振り返った。
「ジルーナと呼ぶが良い。お主は勝者なのだからな」
「・・それで?」
「信じて貰えぬやも知れんが、先日、城を砕いた時には、この縦穴は存在しなかったのだ」
女魔人が興味深げに穴の内部を見回しながら言った。
「すると、おまえ達がヤガールを攻めた後、僅かな間に穴を開けた奴が居ると言うことか?」
「この横穴の意味は分からんがな。坑道とも思えんが・・」
「そうだな・・」
「生活痕がありました。でも、何年も前のものです」
エリカが小部屋の様子を説明する。
「奥は?」
「行き止まりです」
「リコ?」
「擬装の様子も見られませんね」
「シンよ。我が配下の者に調べさせたいが構わぬか?」
アウラゴーラが配下の魔人を示しながら訊いてきた。何をどうしろとも言っていないのだが、こちらをたてる素ぶりを見せつつ同行してくる。
まあ、暴れ出したところで瞬殺できるので放っているのだが・・。
「ああ、調べてみてくれ」
調査を魔人達に任せて、少女達の考えを聴いてみる事にした。どうやら火山について、知識を持っていそうな口ぶりだ。
「たぶん、ここを掘ったのって、あのキルミスって人ですよね?」
「・・そうかもな」
「あちこちで噴火させるつもりかも」
エリカの発言に、
「あるかもね。根性悪そうだし・・」
ヨーコが頷いた。
「噴火するとまずいのか?」
「先生は大丈夫です・・というか、先生しか大丈夫じゃなくなります」
リコが笑う。
「それほどか・・」
「大陸の形が変わったり、全部が海に沈んだり・・草も生えないような世界になるかもしれないんですよ」
エリカが真剣な表情で言う。
「エリ、詳しいね?」
「ドキュメンタリー番組でやってたの」
「シブいの観てるね」
「何だっけぇ・・地殻変動ぉ?そんなのになるんじゃ?」
「それって恐竜が死んじゃうやつ?」
「あれって隕石じゃないの?」
少女達がわいわいと騒ぎ始めた。エリカを中心に妙に熱心な口調で盛り上がっている。
「色々、大変になるんだな?」
俺は苦笑気味に口を挟んだ。
「もう、人がどうとか、魔物がどうとか言ってられなくなるかぁ」
ヨーコが感慨深げに呟く。
「空は・・天空界はどうなる?」
何やら詳しそうなエリカに訊いてみた。
「噴煙が成層圏まで覆って太陽の光が届かなくなるんです。空の上に居ても、何か問題が起きるんじゃないですか?」
「でも、地震とかは平気かも?」
「溶岩とかも大丈夫だね」
「ねぇ、これってぇ・・魔王と関係あるのぉ?」
「どっちかが釣り?」
「両方かもよ?」
「根性悪そうだもんね、あいつ」
「ほんと、ただのウザい構ってちゃんだよね」
再び、少女達の災害予想が熱を帯びる。
「先生ぇ?」
気付くと、サナエが間近で顔を覗き込んでいた。手をひらひら振っていたらしい。
「ん・・ああ、エリカが言うような災害を引き起こす方法を調べていた」
キルミスが知っているなら、俺の知識にも何かあるかもしれないと思ったのだ。隔離された記憶の倉庫のような感じで、意識しないと思い出せないのが不便だが・・・。
「ありましたぁ?」
「ある・・が、かなりの部分が運頼みの不確実な方法だな」
俺は眉間に皺を寄せて唸った。
「破局噴火とか?」
エリカが勢い込んで訊いてくる。
「エリ、シブ過ぎぃ」
「だって気候も変わっちゃうんだよ?」
「それ、色々と最悪になった場合の・・低い可能性の話よね?」
「・・そうだけど」
「ここのようなマグマ溜りは、さらに下へ深く伸びていることが多いらしい。そこへ、熱を爆発の力に変える魔導器を沈めて地殻を強引に揺さぶる事で、地上に大規模な災害をもたらすことが可能となる。ただ、引き起こされる災害の規模や期間などは事前に予測できないようだ。当然、収束させる手段も無い」
やったら最後、やった当人にも、どんな結末になるか分からないという事だ。
途端、姦しく騒ぎそうになる少女達を抑え、
「・・まあ、見てこよう」
少女達の熱した眼差しに見送られつつ、マグマの中へ飛び込んだ。
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