第172話 タロンは知りたい。

 いったい世界はどうなってしまったのか・・と嘆いた詩人が居たとか居なかったとか。


 冷静に分析するなら、それまで1だった魔物が、100万くらいに増えただけのこと。野山の鳥獣の大半が、魔鳥獣に変じたくらいの出来事に過ぎない。


 肉が欲しければ魔鳥や魔獣を狩れば良く、妖花、妖樹、妖虫を見極めれば誤って毒を受けたり、食べられたりすることは無い。うっかり水辺に寄らなければ、魔魚に食われる心配だって無い。


 変化らしい変化と言えば、それだけの事だった。


 確かに、岩のような肌をした巨人が徒党を組んで闊歩していたり、お城より大きな巨亀が気ままに徘徊して地形を変えたりしていたが、きちんと観察をして、それらを注意深く回避すれば生存できる環境である。


 ただ、ちょっと戸惑い、状況を受け入れがたかった人が多かったために、大勢の人間が命を落とすことになった。無尽蔵に湧き出る魔物を相手に、延々と討伐をさせられて力尽きた騎士団や掻き集められた兵士達が山野で斃れ、妖蟲の苗床となっていった。


 西大陸は無事だという誤った噂が囁かれ、船を所有する豪商や王侯貴族達が領地を投げ捨て、体面もかなぐり捨てて西大陸への航海へと旅立った。

 いきなりの特需で、沿海州の船大工、材木屋が大いに潤ったが、魔物が多すぎて山で樹を伐って来られないため、貴族達が強引に町村の家屋を解体して壁板やら柱を取り出したりしたため、根こそぎ家屋が無くなり、集落の様相は一変し、穴を掘ったり、古布で屋根を張ったりと、野人の巣のような有様になってしまった。


 詩人が嘆くべきは、王侯貴族達の狂乱ぶりだろう。


 

「いや・・大将さんが居なけりゃ、うちも大狂乱ですよ」


 レンステッズ導校のミドーレ教員が溜め息混じりに呟く。

 導校の生徒達も動員されて、町の防衛にあたっていたが、当然のことながら、力も経験も不足している。いつ終わるとも知れない防衛戦となれば、閉塞感に襲われて精神的に潰れていく生徒達だって出る。


 だが、それでも踏みとどまって何とかかんとか頑張っていられるのは、絶対的な精神的支柱が存在するからだ。


 ミドーレが大将さんと呼ぶ、花妖精のシンを筆頭に、ヤガール王国が召喚した勇者・・かもしれない、リコ、サナエ、ヨーコ、エリカ。

 暗闇では絶対に出会いたくない凶相をしたゾール、花のように愛らしい幼娘のリリアン。

 大鬼を人間に成形しなおしたような大男のオリヌシ、どうやら奥方らしい三人の獣人、エルマ、アマリス、リュンカ。


 この人達だけでも魔物に同情したくなるくらいの圧倒的戦力なのに、その上で、火を喰う透明な粘体と、洒落にならない大きさの銀毛の魔獣、さらには正体不明の空飛ぶ鉢金・・。


 ほぼ伝説の・・おとぎ話として語られていた転移術を当たり前のように使用して、カリーナ神殿の聖女レインだったり、エルフの神殿騎士長だったりを連れてきて、まだ各地で踏みとどまっている城塞都市との交流も図っている。


「その大将さんは、どこだい?」


 訊いたのは、アイーシャと名乗る妙齢の美女だった。後ろに、とんでもなく端正な美貌をしたエルフの女性を連れている。


「ええと、アイーシャさんとヒアンさんですね? シン様とはお知り合い・・ですよね?」



「ああ、この子の・・」


 と、アイーシャと名乗った美女がエルフを振り返った。


「諸々の恩人さ。まあ、直接行っても良いんだけどさ、シンにも色々都合ってもんがあるだろ? 今が悪けりゃ待たせてもらうから、とりあえず、アイーシャが来たって伝えて貰えないかい?」


 言葉使いはともかく、言っている内容は常識的だ。


「お知り合いなら、たぶん・・そろそろ」


 と、ミドーレがきょろきょろと周囲を見回した。


「アイーシャさん、ヒアンさん、お久しぶり!」


 華やいだ声と共に、エリカが瞬間移動をして現れた。隣に、鉢金頭のタロンが浮かんでいる。


「やあエリカ、元気そうだね」


 アイーシャが破顔した。


「エリカ、良かった!」


 ヒアンが抱き寄せるようにしてエリカの無事を祝う。


「だから言ったろ? この子達なら大丈夫だって」


「だって・・師匠が、もう無事な国は無くなったって仰るから」


 ヒアンが照れ隠しに、アイーシャを睨む。


「あはは・・国がどうなっても、この子達はピンピンしてるよ。心配するなら、あたし達自身の方さね」


「いいえ、アイーシャさん甘いですよ」


 エリカが首を振る。


「えっ?・・なんか、あんた達でも危ないのが出たのかい?」


 途端、アイーシャが不安顔になる。


「出たというか・・元々というか。先生が危ないんですよ」


 エリカが軽くウィンクして見せた。


「・・・・ああ、まあ、そうだろうね」


 ほっと息をついて、アイーシャも笑みを浮かべる。


「パパ、アブナイ?」


 鉢金を傾けるようにして訊いてくるタロンに、


「パパは大丈夫だけど、パパの周りの人が無事じゃなくなるということよ」


 エリカが笑顔で説明する。


「エリカ、タダシイ。パパ、アブナイ」


「でしょ? もう、本当に色々と危ないよね?」


「・・そんなにかい?」


 再び、アイーシャの顔が不安で彩られた。


「煌王を半秒・・もっと短いかな? 瞬殺ですよ」


「うん・・・・まあ、シンだからね」


 呑めない物を無理矢理に呑み込んだような顔で、アイーシャが呻いた。


「アイーシャ、シツモンアル」


「なんだい?」


「アイーシャガ、シッテル タロマイト、タロント、チガウ?」


「違うね。あたしが見たのは頭がこのぐらいで・・」


 アイーシャが身振り手振りで大きさや形を表す。


「会話は成立しなかったよ」


「チガウ、ソノ タロマイト、タロンジャナイ」


「あたしが知ってるタロマイトは壊されちゃったからね。造った奴は死んじまったから、いったい何体造ったのか分からないけど・・」


「シンダ?」


「うん、ああ・・寿命だよ? 歳を取って死んだんだ」


「パパ、ジュミョウ、ナイ」


「無い人と有る人が居るのさ」


 アイーシャが笑う。


「ワカッタ」


「あんたも無いんだよ?」


「タロマイト、イノチ、ホンモノ?」


「命は命さ。元が造り物だろうが何だろうが、命に変わりは無いんだよ。それに、タロマイトってのは、その辺のちゃちな造り物とは根本的に違うんだ。タロマイトを起こすためには、その辺の魔導師なら数万人という数が集まらないと不可能だ」


 大雑把に言えば、魂に紐付いた霊力を大量に吸い上げて起動し、その後は霊気を練り上げた魔導回路に魔素を通して巡らせ、適度な混合比を生み出しながら"命"を生み出す・・・という魔導の心臓珠が核として存在するらしい。


「タロン、あんたがシンをパパだと呼んでいるのは正しいんだよ。言ってみれば、シンから魂を別けて貰うことで、タロンの"命"が出来上がったんだからね」


「タロン ノ ナカニ、パパ ノ タマシイ・・」


「タロンは、シンのタロマイトさ。他の誰の物でも無いんだよ。もしかしたら、他にもタロマイトが居るかも知れないけど、それはタロンとは違う物さ。だって、シンのタロマイトじゃ無いんだからね」


「ソウ、タロン ハ、パパ ノ タロマイト、パパ ノ マモリテ」


 鉢金頭をくるくると回転させて、タロンが宙を上下する。


「護りがしっかりしていれば、安心して攻撃が出来るからね。タロンとバルハル・・だったっけ? あの神獣が中心になって護りを固め、シンとお嬢ちゃん達が攻撃する・・敵からしたら本当に厄介だよ、あんた達は」


 アイーシャが苦笑しながらエリカに眼を向けた。

 さすがに無駄話が過ぎた。


「あ・・ミドーレさん、ご免なさい。すぐに移動しますね」


 エリカが呆けたように立ち尽くしているミドーレ教員に謝りつつ、アイーシャとヒアンの手をとる。


「お家に行こう。先生が戻って来たかも」


 タロンに声をかけて瞬間移動して消えた。続いて、タロンも消えて行った。

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