第173話 蠢動する闇
「やはり、手強いですね」
シンという魔王候補だった花妖精が連れている少女達四人が、魔神や巨大ゴレムと戦っている様子を記録したものだ。
あの危険過ぎる花妖精の唯一の弱点・・攻略の糸口が、あの四人の少女だろうと睨んでいる。
カンスエルの
少女達は勇者の血を存続させるために、異世界から召喚された交配要員であることは突き止めた。ヤガール王国の管理下にあるべき者達が、どうしてシンという花妖精と同道しているのかは不明だったが・・。
「薙刀使い・・・この子か、転移役の子かな」
どちらも、単独になる場面が多い。薙刀の子は猪突猛進を体現するような突撃ぶりで、魔物の群れの中で孤立している事が多い。
転移からの弓による狙撃をする子は、狙う相手から200メートルほどの距離を保っての狙撃が中心だ。当然、他の少女達とは距離を取っての単独行動だ。
「では、この2人に絞って狙うことにしましょう」
見るからに重そうな厚地のローブを着込んだ男が、背後に控えている黒衣、黒覆面の男達に頷いて見せた。
「西の・・オリヌシという狂戦士はどうします?」
ツルリとした凹凸の無い仮面をつけた腕の長い痩せた男が訊ねる。
「薙刀の娘と揃うと厄介ですね。ただ、あれは捕らえたところで、
カンスエル・ドークが苦笑する。
「実際問題、あの狂戦士の膂力には手こずりましょう。ドーズエルなど、一騎打ちを望んで
厚地のローブの男が、軽い舌打ち混じりに言った。
「ドーズエル・・確か、巨人族の末裔でしたね」
「御存じでしたか・・」
「・・では、そのドーズエルに、薙刀の子を捕らえさせましょう」
「あの者は加減が効きませんが・・」
「良いではありませんか。殺したなら殺したで、人形にして操ってやれば生きているように見えるでしょう」
「・・死体が交渉材料になりますか?」
「シンという花妖精にとって、あの小娘達がどのような位置づけにあるのか判然となる事でしょう」
「なるほど」
「転移の娘はいかがいたします?」
仮面の男が訊いた。
「どちらでも良いのです。どちらか1人でも、両方でも・・・我が元へあれば面白い材料になりますからね」
カンスエル・ドークが微かな笑い声をたてた。
「では、我が部隊は転移の娘を捕縛いたします」
仮面の男が低頭しつつ、後退って闇に溶けるように姿を消した。
「ドーズエルをここへ呼んで下さい。先日、従属を願い出た
「あれは先陣を好みますが・・」
「我が意に背くなら狩りますよ?」
「・・申し伝えます」
ローブの男が身を折りながら転移して消えていった。
口元に薄く笑みを残しつつ、カンスエル・ドークは席を立って壁にある垂れ幕を別けて奥へと入った。
そこは、棺が並べられた広間になっている。
棺それぞれに魔導宝珠らしい晶体が取り付けられ、淡い光を放っていた。
静かに歩くカンスエル・ドークの膝まで重く
「シーズイール」
カンスエル・ドークの呼び掛けに、
「・・はい、お父様」
棺の一つから、細身の少女が身を起こした。紅く内から光るような肌色をしている。着ている真っ白い夜着のような薄物越しに、年頃の娘らしい匂やかな肢体が浮き彫りに光って見えている。
「ふむ・・今夜から、我が主のお側につきなさい」
「畏まりました」
シーズイールという紅肌の少女が棺を出て夜着の膝辺りを摘まんでお辞儀をして見せた。
「後は・・・そうですね。ユーレン・ボー・・起きられますか?」
「はい、お父様」
別の棺で、小柄な少年が身を起こした。5、6歳といった年頃に見える青白い肌をした少年だが、額の中央から螺旋状で先の尖った一角が生えている。
「おまえは、御所の護りに付きなさい」
「お任せ下さい」
一角の少年が愛らしい顔を嬉しそうに綻ばせ、床に膝を着いて一礼してみせる。
(この者達なら、シン自ら襲撃してきたとしても、1時間は粘れるでしょう)
その間に、こちらはシンが護っている封印を開くことができる。シンを斃す必要は無い。封さえ解けば、レンステッズに拘る必要は無いのだ。
(さて・・天空界へやったジーネ達はどうなりましたね?)
天空界の7つの封印の内、3つは開封に成功したとの報告があがっている。だが、残る4つはラキン皇国という天空界でも指折りの強国が守護していて、護りについている兵士達も強者揃いだと聴く。向かわせたのは、カンスエル・ドークの片腕とも言えるジーネウス・クーニゲル率いる魔人師団だ。仮初めの生命体とはいえ、ジーネウスの生み出した魔人は、煌王に匹敵する能力を有している。勇名を馳せているラキンの宮殿騎士団を相手にしてもひけは取らないはずだ。
相手がこちらの意図を察知して本腰を入れる前に、開封できる封印を解き放つ。そのために、護りの手薄な封印を中心に大陸中に点在する封印へと兵を別けていた。
御所には、魔王直衛の魔人団を残しただけである。
ただ、いずれの魔人にも魔神の呪肉を移植してあり、短時間ながら魔神化することができる者達だ。よほどの強者が来ない限りは問題なく蹴散らせるだろう。
(シン・・と、その配下達を足止めしておけば、他は防衛にかかりきりで、こちらへの攻め手まで手が回らないでしょう)
現段階でも、いくつかの封を解くことができたおかげで、圧倒的な優位性は築けている。特に、魔族領の魔人達に対しては、魔王という存在格は絶対的に優位だ。日に日に力を増している新生魔王を前にして、魔人達には抗する術が無い。
今は、こちらも方々へ手を伸ばしているため、魔族領に対しては勧告という形で従属を促している。だが、封印の過半数を解いた後には、力で蹂躙するつもりだった。
「閣下・・」
不意の声に、カンスエルは視線を床へ向けた。
じわじわと黒い水溜まりが拡がり、細面の女の顔が浮かび上がる。
「フォメルか・・西は、どうでした?」
西大陸へ派遣している腹心の一人である。
「事前の調査通り、旧帝国の魔人亜種は姿を消し、衛士の封も解き放たれておりました」
感情の薄い声が淡々と告げる。
「ほう・・古代人が創ったという魔神兵とやらを見てみたかったのですが、魔人亜種共が連れ去りましたか」
「交戦の痕が見られます」
「ふむ・・」
カンスエルとて、すべての事象を把握している訳では無い。特に、この数年は新生魔王を生誕させるために力を注いできた。西大陸の情勢までは把握できていなかった。
「獣人国家群については把握できましたか?」
各地に割拠して勢力争いをしていたはずだ。疲弊させるために大量の魔物を放ったのだが・・。
「位置と規模の調査を行いました。実戦力としては、勇者とされる3部族の連合体・・次いで、カサンリーン王国でしょう」
「勇者ですか。厄災種の幼体にすら太刀打ちできない程度だと聞いておりますが?」
「はい。殲滅はたやすいでしょう」
「南海は、いかがでしたか?」
「・・手こずりそうです。従前の調査以上の難所かと」
「ふむ・・やはり魔導器を揃えないといけませんね」
西も東も、南方は慎重に攻めねばならないようだ。準備不足のままでの交戦は控えるべきだろう。
「西の流砂塔はいかがでした?」
カンスエルは、西大陸について知りたかった情報を一つ一つ訊いていった。
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