第93話 奇襲
「お待ちしておりました。盟主リンディウム」
居並ぶ魔物達がそれぞれ頭を垂れるようにして出迎えた。
直後に、黒い水溜まりのようなものが地面を奔り拡がって、床から湧き上がるようにして蛇身の異形が三体、姿を現した。
「厄介なのがいるみたいね」
黒々とした蝙蝠の翼を折り畳み、蛇身をくねらせるようにして床を這い進むのは、豊満な胸乳を誇るように薄物の夜会ドレスのような衣装を身に纏った半蛇半女の魔人だった。引き連れている2人の衛士は、似通った姿の半蛇半男の魔人であった。どちらも人身の部分には豪奢な甲冑を纏っている。
「ボーラウン、エイムス・・ヤダンローに、カルマロックまで殺られたのかい?」
居並んだ魔人達を見回しながら、蛇身の女盟主は床に敷かれた分厚い絨毯の上にとぐろを巻いて背を立てた。
「腹に子がいなければ妾が遊びに行ってみたいけど・・・無事に産まないと、ゼウリードが五月蠅いからねぇ」
そう言いながら、蛇身の女盟主が大切そうに腹を撫でさする。
「お出まし頂いたのは、現状のご報告と成果物の献上に御座いますれば・・・」
出迎えの列に並んでいたムカデのような異形の魔物が擦れるような声で告げた。
「ふうん・・手出しは無用ってことだね?」
「御子に万一のことが御座いますれば・・」
「・・そうなんだけどねぇ」
ぼやくように言った蛇身の女盟主の前へ、黄金の台車に載せられた古種エルフ達が運ばれてきた。20人もいる。
「おや・・十分な数じゃないの。失敗したのかと思ってたわ」
「深入りして里へ踏み込んだ者共は討たれましたが、お与え頂きました任務につきましては、この通り・・完遂致しております」
「うん、いいわね。ちゃんと生かしてあるし・・あそこの古代種は産まれてくる子の良い滋養になるのよ」
嬉しそうに言いながら蛇身の女盟主が青白い手を振ると、黒い淀みが床の上に現れた。腹部が真っ赤な色をしたトカゲのような魔物が進み出て黄金の台座を押し始める。
「・・お方様」
不意に衛士の1人が進み出て槍の穂を跳ねさせた。
瞬間、激しい衝突音が鳴って真っ黒い矢が床に落下した。
もう1人の衛士が背後へ向かって槍を一閃させる。その穂先を短刀で受けながら、なお前に出ようとして、エリカが即座に身を捻って宙へと逃れ跳んでいた。ぎりぎりを、女盟主の髪が針のように伸びて貫き抜けて行った。
「面白いのが紛れ込んでいること・・」
女盟主がゆっくりと天井辺りを見回してから、ふとその視線を黄金の台座へ向けた。
「ちぃっ!」
鋭い声と共に、青白い腕を伸ばす。その指先から巨大な鉤爪が生え伸びて台座めがけて突き出された。
寸前で、台座ごとエリカの姿が消えていき、鉤爪は虚しく空を掻きむしっていた。
「おのれっ・・」
怒りに顔を歪めて蛇身の女盟主が双眸を朱に染め、毒牙を伸ばして魔気を噴き上げる。
その時、
「・・閃光」
低く呟くような声が聞こえた。
瞬間、辺りが眩い白光に包まれていた。
間をおかずに、とてつもない轟音が鳴り響いて灼熱の突風が吹き荒れた。
咄嗟の動きで蛇身の女盟主を庇う位置に立った衛士達は見事だった。
いや、立ち塞がったばかりか、直後に飛来したものを手にした槍穂で捉えたのだ。恐るべき槍の腕だった。
しかし、
「バジスっ!?」
蛇身の女盟主が思わず声をあげた。
長らく側に仕えていた槍の名手が、その槍ごと半身を引き裂かれるようにして倒れ込んできたのだ。護るべき盟主にもたれかかるような無様を晒す男では無い。
「ご無礼をっ!」
衛士の必死の叫びは血を吐きながらのものだった。
直後に、足元に黒い淀みが生み出されて蛇身の女盟主もろとも沈んで消えていった。
送れて鳴り響いた轟音に、
「ちっ・・」
小さな舌打ちが混じった。
「何者だっ!?」
1人残った女盟主の衛士が槍を手に誰何の声をあげる。不意打ちの閃光から視界が戻りきらないまま、炎混じりの煙が周囲に立ちこめた中で物音を頼りに槍を構えようとするが、よほどの力の差でも無い限り絶望的な状況である。
盟主を追って逃れさるべきだったのだ。
しかし、衛士の矜持がそれを許さなかった。
「・・ガァッ!?」
蛇身の衛士が苦鳴をあげた。
なんの前触れも無く、脇腹、胸、首筋・・鋭い激痛が刺し貫いていた。
いや、痛みだけでは無い。
その激痛を中心にして寒気のようなものが体内に忍び込んでくる。
直後に甲冑の肩当てに硬質な打撃が爆ぜた。そう感じた瞬間、体内を斬り割って抜ける刃物の冷たさを感じていた。
肩から脇腹へ、斜めに斬り割った刃物が何であったのか。
蛇身の下半身から切り離されて転がりながら、それでも残った片腕で槍を持ち上げようとする、その肩を黒い矢が貫き徹して床に縫い刺しにしていた。
「・・ばか・・な」
虚ろに霞む視界の中、小気味良い連続音と共に、盟主のために集まって居た魔物達が穴だらけになり、砕かれ、斬り裂かれて無惨な骸をさらしていた。
いずれも、盟主に謁見を許された魔獣、魔蟲の猛者ばかりだった。
ここまで一方的に容赦無く・・。
「ばかな・・」
力の入らない呟きを漏らした蛇身の衛士が、不意に視界を覆った人影を感じて眼だけを動かした。その眼の端に、見慣れない長柄の武器を手にした快活そうな少女が立っていた。肩に届かないくらいで切られた黒い髪に、力に満ちた黒い瞳・・輝くような生気に満ちた美しい少女だった。
そう見て取った時、
「せいっ!」
少女の長柄の武器が振り下ろされて、蛇身の衛士は頭部を床ごと切り割られて絶命した。
「煉獄・・」
呟くように魔法を発動させたのは別の少女だった。
傷を負いながらも這って逃げようとしていた魔蟲達が炎に包まれて絶望の苦鳴をあげた。
「何匹だ?」
煉獄の炎の中から、ゆっくりと歩いて出て来たのは細剣を手にした黒い鬼鎧の少年だった。
「31・・」
呟いた少女が不意に顔を上げた。眼鏡のガラスが闇を映したように見えた直後、ひっそりと息を殺していた小さな目玉の魔物が炎に包まれて灰になっていった。
「今ので、32匹です」
「親玉っぽいのを逃した。あいつ・・あの槍持ち、俺の武技を逸らしたぞ」
細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44:M829A3・・・現状、俺の武技では最高の威力を持っている技を、槍で突くことで軌道を逸らしてみせたのだ。代償で半身を失ったように見えたが、それを差し引いても見事と言うほかない。
「エルフの皆さん、治療終わりましたぁ~」
エリカに連れられて、サナエがやってきた。
「ラース君は?」
ヨーコの問いかけに、
「皆を護ってるよぉ」
きょろきょろと見回しながらサナエが答える。棘鉄球をぶら下げた片手棍の出番を求めて来たらしいが・・。
「終わったわよ?」
リコに言われて、サナエが口を尖らせた。
「2匹逃した」
俺が言うとサナエの眼が大きく見開かれた。
「ジチョウ?」
「馬鹿言え・・ちゃんと本気で狙った。槍を合わせて防がれたんだ」
「・・うっそだぁ・・先生のアレに槍とか・・無いわぁ」
サナエがヨーコやリコを見る。
「本当よ。先生が狙った相手じゃないんだけど、槍を持って庇ったみたいだった」
ヨーコが身振りで状況を説明する。
(あんな奴が居るのか・・あの蛇女もその辺の魔物とは別格らしかったし・・)
魔族領にはもっと強い奴が大勢潜んでいそうだ。
「武技に頼らず、鍛え直さないと駄目だな」
俺は周囲に散乱した血魂石を見回すと、細剣を手に歩きだした。
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