第151話 困惑の勇者

 マジリス・ドートンが率いる犬っぽい耳や尻尾をした獣人達が80名ほど。

 キスアリス・ゲーナーグが率いる蜘蛛女達が30名ほど。

 カン・リュが率いる蝶羽根の少年少女が10名ほど。


 バルハルの背負った館の前に集合していた。それぞれが縦列になり、先頭にマジリス・ドートン、キスアリス・ゲーナーグ、カン・リュが立っている。


「まず最初に、私達に敵対行動を取った場合は即座に全員を焼却します」


 リコの掛けた第一声だった。


 怒りも露わに何かを言いかけた者も居たが、次の瞬間、リコが放った殺気の暴流に打たれて声を失い、失神寸前の状態で腰砕けに座り込んでしまった。さすがに、それぞれのリーダーは耐えていたが・・。


「待たれよ・・我等に敵対の意思は無い」


 マジリス・ドートンがなだめるように言ったが、


「力の差は理解できていますか?」


 リコの鋭い眼光が、マジリス・ドートンの双眸を射抜いた。


「我々は・・」


「ここは、力の無い者が踏み入って良い場所ではありません。じきに・・死ぬ事になりますよ?」


「だ・・だが、厄災の気魂が感じられるのだ。この地に・・この地から禍々しい厄災の気配が溢れだしているのだ」


「それで?」


「・・敵う、敵わぬでは無い。戦って滅ぼさぬ限り、この大陸は厄災の種に呑み込まれてしまう」


「その人数で? この程度の弱兵で?」


 リコが容赦無い。


「見て見ぬ振りをして仮初めの平穏を過ごしたとて、ものの数年・・いや、あるいはもっと短いかも知れぬ内に、厄災種は魔神と成って大陸を滅ぼすだろう。遅いか、早いかの違いこそあれ、我等が滅ぶ運命に変わりは無いのだ」


「いえ・・この地に封じられていた魔神が解かれたならば、今日明日にも大陸中の生きとし生けるものが食い尽くされるでしょう」


 蝶羽根の青年 カン・リュが静かな声音で言った。


「魔神・・ですか」


 リコが、ちら・・とヨーコ達を見た。


「ここに居た悪魔も魔神も、全部片付けました。少なくとも、今日明日くらいで大陸が滅ぶような事はありません」


「確かに・・蘇りの城は消えたようですが、いずこかに場所を移しただけかも知れない。魔神は・・姿こそ見えぬが、どこからか強大な邪気が押し寄せて来ている。すでに蘇ったと考えて間違い無いだろう」


「蘇った魔神は滅ぼしました」


「し、しかし・・・ならば、この邪気は? 厄災の気配は何なのだ?」


「うちの先生だよ」


 ヨーコが薙刀を手にリコの右隣へ並んだ。


「・・あの人か! そういえば、シン殿は・・シン殿がこの厄災を?」


「そうよぉ~? 先生が厄災を使ってるのよぉ?」


 サナエが笑顔で言いながら、リコの左隣に並び立つ。


「・・貴女達は・・厄災を・・厄災種を守護するの?」


 沈黙していた蜘蛛女 キスアリス・ゲーナーグがリコに問いかけた。


「私達が守護するのは、私達の先生です。まあ・・守護の必要は無いんですけどね」


 リコが小さく笑った。ただし、眼鏡の奥で双眸は笑っていない。


「・・私の眼では貴女達を鑑定できないわ。前の時は名前くらいは見れたのだけど・・神眼を手に入れたのね?」


「ええ・・全員が神眼所持者よ?まあ、下位の・・ですけど」


「どうやって・・と訊きたいところだけど、まあ・・シン様と居れば、そうなるのでしょうね」


 キスアリスが苦笑しつつ、背後の同族達を振り返った。


「悪いけどみんな、私はこの子達に勝てない。無駄に命を散らすのは、アルケイルの生き方では無いわ。去るなり残るなり・・各自で決めて」


「総母様・・我等はすでに里を捨てた身です。お側を離れる気はありません」


「そうです。厄災とかどうでも良い。総母様と一緒にいたい」


 蜘蛛女達が口々に居残ることを告げている。


 その様子を、リコ達は黙って眺めていた。

 全員が武装したまま、いつでも動ける状態を維持し続けている。会話の内容や相手の表情で気を緩めるような穏やかな生き方はしていない。こうして、獣人や蜘蛛人を見ながらも、周辺警戒も怠っていない。魔人の不意打ちがあっても対応する気構えである。


 もっとも、姿を消したラース、屋根裏で待機しているタロンが居るのだから、この館に不意打ちを仕掛けることは困難を極めるのだが・・。安易に人任せにしないことも、彼女達の"先生"から教え込まれている。


「恩人ではある・・だが、我が身の命一つが受けた恩と、この世に生きとし生けるものの命を秤にかけるならば・・」


 マジリス・ドートンが眉間に皺を刻んだ顔で呻くように呟き、足元へ視線を落とした。


 こちらは、どうやら敵対する意思を固めたらしい。

 そうと気付いて、配下の獣人達が勇気を奮い起こし、リコの殺気に怯えた体を励ますようにして立ち上がろうとし始める。


 その時、不意に魔気が高まったかと感じる間も無く、獣人達の足下から冷気が噴出するなり、全員を氷柱に閉じ込めてしまった。無論、マジリス・ドートンも為す術無く氷柱の中で眼と口を見開いたまま凍結している。


「・・アマリス?」


 リコが館を振り返った。そこに、毛布を羽織ったアマリスが立っていた。氷結の魔法を得意にしているだけあって、鮮やかな手並みである。


「少し頭を冷やさせましょう。騒ぎ立てるような時間でもありませんし・・」


 アマリスが、そう言いつつ小欠伸を残して館へと戻っていく。

 

「上手に獣人の命を救ったね」


 ヨーコが笑う。


 他ならぬヨーコが薙刀を一閃して片付けようとしていた寸前だった。瞬間冷凍された獣人達は、アマリスが解凍に成功すれば蘇生できる。まあ、失敗の確率も低くは無いらしいが・・。

 同じ獣人として、無駄に命を散らしそうな様子を見るに見かねたのだろう。

 

「蝶の人達はどうするのぉ~?」


 ジャラジャラと片手棍にぶら下げた棘玉を揺らしながらサナエが近付いて行く。やる気満々、極めて危険な笑顔である。

 

「勇者だと称される身としては、厄災種を放置できないのですが・・その厄災種どころか、貴女達・・いえ、先ほどの獣人の女性にすら勝てそうにありませんね」


 蝶羽根のカン・リュが苦く笑いながら頭を掻いた。


「なんだ、怖じ気づいたのか? さっさと戦って散ってしまえば良いものを」


 横で蜘蛛女が何やら毒づいている。


「はは・・まあ、力の差は・・測れないくらいですからね。無駄に争う気はありませんよ」


「えぇ~・・そうなのぉ~?」


 サナエが不服そうに頬を膨らませた。


「シン様が腕に宿した厄災種を使役している・・そう言うことで良いのですね?」


「・・そうね。魔神種を斃した後、何者かに魔界へ転移させられて・・そこで交戦しているの・・いえ、もう過去形かな」


「魔界・・旧帝国が封じていた災厄の魔神を・・悪魔達が蘇らせたと?」


「どうなんだろぉ~? 先生は、放っておいても蘇りそうだって言ってたよぉ?」


「・・そうですね。その仕組みを悪魔達が守護していたと言うことなのでしょう。世界を災厄で覆い尽くすために」


「あはは・・それは無理でしょ。魔神の1匹や2匹じゃ、世界は滅ぼせないよ。先生が居るし、先生のお師匠も居るんだから。せいぜい、この辺を壊して回るくらいじゃない?」


 ヨーコが笑い飛ばす。事実、魔神が蘇ったら世界が終わるとか、世迷い言だろう。


「実際、先生に斃されちゃったもんねぇ~・・長いこと封印の中に居て、やぁ~っと外に出て来たと思ったら、プチッ・・て潰されて・・あ、なんかぁ、セミっぽいかもぉ? ね?セミだよねぇ~?」


 サナエがリコを見る。


「サナ、今はセミとか良いから。もう遅い時間だから、やるかやらないか決めて。私達も就寝時間なの」


 リコが俯いて額に手をやる。


「なんか、御免なさいね。こんな夜分に押しかけて・・私達、アルケインは敵対行動を取らないわ。シン様が無事に厄災種を御して、魔界から生還する・・それを見届けられれば立ち去ります」


 蜘蛛女 キスアリスが言った。


「そう・・でも、家に入れるわけにはいかないから、この辺で野営して貰えるかしら? たぶん・・じきに戻って来ると思うわ」


 リコが魔界へと"眼"を向けながら言った。


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