第16話 鋼毛熊の王種

 巨大な鋼毛熊との戦いの最中、俺は新しく 細剣技:7.62*51mm(960/960 *2/h)という技を覚えていた。

 相変わらず発現条件は不明だったが、既存の武技を使い熟せば良いんじゃないかと思っている。


 威力は増したし、連撃の速度が速くなり、届く間合いはわずかに伸びて5メートルほどだろう。しかし、この武技を使用している間は、呪いでも浴びたかのように体の動きが重く遅くなる。ほぼ足を止めて向きを変えるだけの使用になるのだった。使用所に気を遣う武技だった。


 しかし・・。


 この武技でも、鋼毛熊を仕留めきれなかった。

 とにかく、鋼獣毛が硬い。頭蓋が硬い。復元力とでも言うのか、とんでもない速さで傷口が再生してしまう。眼を潰しても、わずか2分足らずで元通りだ。

 鋼毛などと言っているが、こいつの獣毛は鋼の硬度を超えているだろう。

 並の鋼毛熊なら何度も狩ったことがある。しかし、こいつの獣毛の硬さは異常だ。再生力にしても、この眼で見ていても信じられない。加えて、あの魔法・・魔技。


 一対一での戦いを始めてから三時間・・・俺は、とんでもない魔物を相手にしているのだと気が付いていた。


 正しく、王者だった。

 

 ただの大きな鋼毛熊だという認識はとっくに吹き飛んでいる。


 疲労はあるのか?

 傷はすべて塞がって治ったように見える。

 こちらに向ける気配の強大さに変化は感じられない。


(俺の方はどうだ?)


 しぶとさなら負けていない。

 ずらりと並んだ耐性は伊達じゃ無い。持久力もある。回復しているのは魔熊だけでは無いのだ。

 

 ただ、装備類の損傷は酷い。

 致命的な損傷を受けないよう、ぎりぎりまで使って交換しているが、そろそろ円楯の在庫が切れる。短剣で受け流せるような攻撃じゃない。ひたすら走って回避しなければならなくなる。

 

(こいつ連れて町には逃げられないし・・どこかで勝負しないと駄目だな)


 俺を、子熊を殺した相手だと認識しているはずだ。絶対に諦めないだろう。

 まだ体力がある内に、少し危険を冒して捨て身の攻撃を加えておくべきかもしれない。


(ただ・・)


 魔熊が最後の魔技を放ってきてから、そろそろ一時間が経とうとしている。あれ以来、連続した魔法は使ってこないが・・。


(そろそろ、来そうなんだよな)


 どうするか?


 あえて先手を打つか?


 魔技を使ってくるまで待つか?


(いや・・)


 時間を与えれば回復するのはお互い様だろう。受けたダメージでいえば、魔熊の方が多いはずだ。俺の方は最初に避け損ねた魔法くらいで、後はほぼ直撃を受けていない。


(・・行く)


 鋼毛熊の巨体が迫り、鉤爪の伸びた腕を振って俺を捉えようとする。

 その懐へ、涎をひいた牙が並ぶ大口めがけて俺は真っ正面から踏み込んだ。


(閃光・・)


 魔法を発動させる。

 瞬間的に強烈な光を弾けさせる目眩ましの魔法・・。

 この巨熊との戦いで、まだ一度も使っていなかった魔法だ。


 僅かだが巨熊の動きが乱れた。

 姿勢を低く、巨腕をかいくぐって踏み込んだ俺は、ぎらぎらと硬質に光を滑らせる鋼毛めがけて、細剣の切っ先を構えた。


 下から上へ。


 足腰に撥条を効かせて思いっきり突き上げる。

 それが鋼であれ、黒魔鋼であれ、これだけの至近からなら貫ける。

 ただ・・。


(・・心臓には届かない)


 思いっきり貫き上げた細剣を中心に、俺は細剣技:7.62*51mm を発動した。

 魔熊の肉を抉った細剣の切っ先が武技の振動で大きく暴れる。血液と肉片が大量に溢れて降り注いできたが、そのまま武技の連撃を続けた。なにせ、この技の発動中は、打ち切るまでまともに動けない。


(酸か、毒・・こいつ、なんて体してるんだ)


 肌が灼けて溶け崩れる。甲冑が衣服が灼ける。激痛で全身を包まれ、俺は苦痛に顔を歪めたまま武技を放ち続けた。

 わずかな時間で武技が使用不可になる。


(・・ここからだ)


 薙ぐように迫る鉤爪を円楯で受けつつ、


(風刃っ!)


 まだ突き入れたままの細剣から、風刃の魔法を放つ。体内に直接放ったのだ。威力は低くても、それなりの手傷は負わせられる。

 怒りの咆哮をあげる巨熊が後ろ脚で立ち上がろうとするのに合わせて、俺は鋼毛を掴んでそのまま胸元へぶら下がった。


(・・細剣技:5.56*45mm 発動っ!)


 こちらの技は、威力は落ちるが連射の間、体の自由が効く。

 手元近くまで深々と突き刺した細剣にぶら下がりながら、武技を連射しつつ、円楯で致命の攻撃を弾く。どのみち綺麗には受け流せない。ある程度は傷を受けるつもりで攻撃を続けた。

 たちまち、細剣技:5.56*45mm が尽きる。


(風刃っ!・・風刃っ!)


 魔力を絞るようにして、風刃の魔法を放ちながらも、とうとう巨熊の鉤爪に捉えられて胸元から毟りとるようにして飛ばされてしまった。


(しまっ・・た)


 酸で傷んでいた指が、血脂でぬめる細剣の柄を放してしまったのだ。

 

(閃光っ!)


 地面に叩きつけられる瞬間、目眩ましの魔法を放ってから、咄嗟の受け身で地面を転がった。無駄だとは思いながらも、無限収納から狩弓を取り出して毒矢をつがえる。視界を失って動きを鈍らせた鋼毛熊の胸、俺に抉られた傷口めがけて猛毒の矢を放った。続けて、1本、2本と矢を突き立てる。


(これでも、駄目か・・)


 かなり無理をして細剣技を叩き込んだのに・・。


 俺は、弓を収納し、新しい細剣と円楯を取り出した。


 ここまでやって完全再生とかされると泣きたくなる。


「・・行くぞっ!」


 自分を奮い立たせるように大きく声を出し、細剣を手に走った。

 

「閃光っ!」


 目眩ましを使いながら、立ち上がっている巨熊の足元へ身を入れると、足の指、アキレス腱、膝裏へと腰を入れた刺突を放ち、熊の背後へと駆け抜ける。


「風刃っ!」


 振り向こうとした巨熊の顔めがけて風刃を放ち、再び足元へと駆け込む。

 今度は左右の膝を真横から刺突で貫き打つ。

 倒れ込んでくる魔熊の体重を利用して首筋を狙った刺突、さらに踏み込んで目玉を二つとも貫き破る。


「風刃っ!」


 怒り狂って咆哮をあげようとする巨熊の口内めがけて細剣を突き込みながら風刃を放って、そのまま後ろも見ずに駆け離れる。


 振り向きざまに、狩弓を構えて毒矢で熊の顔を狙いうった。

 傷を与えられれば何処でも良い。

 立て続けに五矢を放って、狩弓を収納すると、再び細剣を引き抜いた。

 

(耐えた・・か)


 全身に浴びた強酸に俺の体は耐えきったらしい。細剣を握る手がいつもの肌色を取り戻し、しっかりと力が込められるようになっていた。

 こちらは回復しつつある。


(あいつは・・?)


 さすがに無事では無い。

 まだ胸の傷口が再生しきっていない。心なしか、動きも鈍くなってきたようだ。


(よし・・)


 ここからは詰めを誤らないことだけだ。回復の間を与えずに攻撃をする。あの魔熊が一発逆転の何かを持っていると想定しながらの攻撃だ。


(・・もう、魔力量も底をつく)


 風刃にしろ、閃光にしろ、あと数回使えば終わりか。


(まあ・・)


 あれこれ考えても仕方無い。


 今は、とにかく前へっ!


 走れっ! 走れっ! 走れっ!


 一直線に、俺自身を一筋の刺突と化して走れっ!


 一歩、一歩・・地を蹴る足が、爪先が、俺を爆発的な勢いで前へと突き動かす。


 あれだけ猛っていた魔熊が、蹲るように姿勢を変えて、鼻面を低く頭をこちらへ向けていた。胸の傷がよほど酷いのか、あの姿勢から別の何かをやってくるのか。


「勝負っ!」


 俺は真っ向から体当たりに刺突を繰り出していった。

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