第15話 スタンピード

 小鬼や犬鬼、豚鬼だけじゃない、大鬼、人喰い鬼、鋼毛熊、妖蛇、魔狼までが狂ったように集まってきて血に酔い、互いを殺戮し合って狂乱した。


 特に、鋼毛熊は一頭がちょっとした家ほどもある。それが数百頭も集まってきたのだ。地響きに山が揺れ、激しい騒音と血の臭いがさらなる魔獣を招き寄せていった。


 魔物の狂乱騒動・・町などが巻き込まれれば例え城塞都市であってもひとたまりも無く壊滅してしまう災害級の脅威だ。


 引き起こしたのは俺だ。


 数日前、嫌な監視の視線を感じていた俺は、近隣の支配者であった鋼毛熊の小熊達を掠って殺害していた。その血肉を溜めた壺を、今日のこの地へ隠してあったのだ。

 近々、襲われることを予感して準備していた奇策だった。


 俺を包囲していた傭兵団、そのさらに外側から血に誘われて鋼毛熊が襲いかかり、おこぼれを狙った魔物が集まってくる。怒り狂った鋼毛熊は手当たり次第にロートレンの傭兵達を殺して喰らった。普段なら逃げ惑う側の小鬼達までが、眼を血走らせて手傷を負った傭兵達に襲いかかる。


 もちろん、俺もそのただ中に居た。

 

 岩陰に身を潜め、消音と消臭の魔法を使い、気配を断っている。

 近付く魔物は居たが、物でも見たかのように視線を素通りさせて過ぎて行く。おそらくは、数百人規模で俺を包囲をしようとしていたロートレン傭兵団はそのほとんどが魔物の狂乱騒動の中で命を落としていた。わずかに生き残った者も、この後、やって来るだろう魔蟲や粘体によって食われる運命だ。


 無事な傭兵が居なくなった辺りから、俺は最寄りの魔物を不意打ちで殺し、また気配を断ち・・また不意打ちをしながら、少しずつ目立たないように魔物を狩っていた。巨大な嵐のように荒れ狂った魔物達だったが、その中心には鋼毛熊がいる。比較的弱い魔物は渦の外側から内へは近づけないでいる。

 俺は、外辺に居る弱い魔物を狙って狩った。


 血の騒乱に興奮するばかりで、周囲を見回す余裕がない小鬼や犬鬼だ。さらには、無防備な豚鬼、そして大鬼を狩ってゆく。


 無限収納に納めていた細剣を次々に取り出して交換しながらの戦いになった。

 武技は使わない。訓練で身に叩き込んだ細剣技のみで、魔物の脆い部位、弱点を突いて仕留めていく。見つかれば、遁走して魔法で臭いを消し、音を消し、気配を断って振り切る。


 これをひたすら繰り返すのだ。

 魔物の数が減れば、狂乱騒動も鎮まっていく。

 互いに捕食者、被捕食者だった事を思い出す魔物も現れる。最初に離れて行ったのは、魔狼の群れだった。そして、大鬼や人喰い鬼が散って行った。


 狂乱騒動の中心だった鋼毛熊も、ひときわ大きな熊を残して、互いを激しく威嚇しながら縄張りへと戻って行った。


 ただ一頭残った鋼毛熊は、他の熊より二回りも大きく、剣を弾く獣毛が鎧のように全身を覆って太く長かった。

 未だ興奮冷めやらぬまま、鼻面を歪めて荒い呼気を繰り返しながら、血肉に満ちた山の斜面を徘徊している。

 動くものが居なくなった山肌を見回し、牙を剥いて短い吠え声を何度も繰り返す。

 

(・・やるか)


 こいつは諦めない。俺が手にかけた小熊の母親だ。俺は、潜んでいた岩陰から進み出た。

 甲冑を着込み、兜を被って面頬を閉じ、左手には円楯を、右手に細剣を持っている。

 

 気配に気付き弾かれたように向きを変えた鋼毛の巨熊が、俺の方へと向き直って猛々しい咆哮をあげた。


 直後、



 ジュッイィィ・・・ン



 異様な擦過音が鳴って、俺の耳元を硬質の何かが掠めて過ぎた。

 鋼毛熊が伸ばした腕を左手の円楯で受け流した音だ。

 熊腕の獣毛が兜の側面を削って抜けたのだ。


 同時に、身を屈めて襲ってきた巨熊の片目を俺の細剣が貫き徹し、そのまま武技を放っていた。

 細剣技:5.56*45mm を打ち込めるだけ打った。

 眼球どころか、鼻面から耳にかけての側頭部が傷だらけになったが、鋼毛熊が怯んだ様子は無い。武技の連撃が頭蓋骨の表面をわずかに削り滑らされる。

 俺の武技は刺突技を飛ばす魔法のようなものだ。命中の精度は高く、連撃の速度も速い。だが、射程がひどく短かった。

 細剣の切っ先から、約2メートル。そこまでしか届かない。これは、細剣技:9*19mm にいたっては1メートルそこそこだ。強みは、細剣が折れていようが、曲がっていようが変わらない威力で連撃ができるということだった。


 どうしても接近戦を強いられる。


 再び、太い腕を伸ばして襲ってきた。右、左と伸ばした腕で俺を抱えるようにして、牙を剥いた大口で喰いかかってくる。


 その腕を、熊掌を、爪を、牙を・・俺は細剣で突き上げた。

 

 腕を弾き飛ばし、爪を砕き、牙を貫き折った。

 瞬時にして巨熊から爪牙を奪い去り、そのまま左眼を狙って肉迫する。


 しかし、


(・・・っ!?)


 咄嗟の動きで、真横へ身を捻って地面を転がった。


 潰れたはずの巨熊の右眼が再生していた。

 それどころか、たった今砕き、折ったはずの爪も牙も元通りに生え揃ってしまっている。


「面倒だな・・」


 さすがは、この界隈の支配者といったところか。

 

(・・どうしよう)


 俺の方も、簡単にはやられないけど・・。

 巨熊に押しきられないだけの体の力がある。替えの楯も剣も、まだまだ用意があるのだった。


(刺突が心臓まで届かないんだよなぁ・・)


 鋼毛熊が巨大過ぎて、俺の細剣では心臓まで剣先が届かない。先ほどの感じでは、武技を載せても肉の壁を貫けないだろう。

 このまま持久戦に持ち込んで疲れを待つしか無さそうだった。


 人間相手なら十分な威力だと言える武技だったが、どうも、ここ一発の威力には欠ける。巨体を持つ魔獣相手では効果が薄いことが多かった。習得した風刃の魔法も、曲刃のように軌道を変えたり・・そういう小細工は出来るようになったのだが、結局のところ威力が乏しい。


(なんか、俺の攻撃手段って・・対人間向きなんだよな)


 細剣技も、武器を持った人間・・もしくは人型の生き物を想定した動きだったし、刺突を飛ばす武技にしても、魔物が相手になると威力は十分ではない。


 ちょっと生命量が多い魔物を相手にすると、どうしても護って粘り勝つような戦い方になってしまう。一体一体を斃すために長い時間がかかってしまうのだった。


 異様な擦過音、衝撃音を円楯の表面に響かせて、右へ左へと巨熊の剛腕を受け流し、軌道を逸らしつつ、近付いた熊の鼻面や眼を狙って細剣を繰り出す。それだけで、強引に突進しようとする巨熊が勢いを減じ、回り込むような動きをする。

 俺自身も、鋼毛熊を見ながら、右に回り、左に回り込みながら頻繁に立ち位置を変えていた。


 何度も何度も、延々と同じ攻防を繰り返す内に、鋼毛熊の方がじれて強引な捨て身の突進を仕掛けてくる。

 だが、より強い刺突、より数を増やした刺突を叩き込みながら、ほぼ掻き消えるような速度で移動して突進を空振りさせる。無防備に晒された巨熊の後ろ脚にも細剣を突き入れ、俺は素早く後退って距離をとった。


(お・・1時間経ったのか)


 使い果たしていた武技が満量まで回復していた。細剣技は2つとも使用回数が決まっていたが、1時間で全回復する。

 

 さて、使い所だけど・・。


(魔技?・・なんだ?)


 鋼毛熊が巨躯を震わせるようにして鋼より硬い獣毛を立たせていた。一回りも膨らんだように見える巨大な体から赤黒い煙のようなものが揺らぎ立って見える。


 足を止めての攻撃準備だ。何かの大技なのだろうが・・。

 

(・・待避だ!)


 俺は身を翻して山の斜面を駆け上った。

 

 直後、唐突に上空から無数の雷撃が降り注いできた。太鼓を乱打するように轟音が鳴り響き、辺り一面を見境無く青白い雷光が降り注いで薙ぎ払い、灼いて炭化させていく。


「ぐっ・・ぅう」


 喉がおかしな音を漏らしていた。俺は身を縮めたまま雷撃を喰らって地面を跳ね転がっていた。


 熊が雷撃魔法とかおかしいだろぅっ!


 体中から白煙をあげて地面を転がりながら、俺は胸中で罵っていた。

 なんてデタラメな熊なんだ・・。


 時間にして10秒間くらいの雷撃による絨毯爆撃が、合計5セット・・。


 辺り一面が灼けて白煙を立ちのぼらせ、炭化した生き物だったものが崩れ去った中、俺は地面に膝を着くようにして円楯を構えて蹲っていた。強引な防御は、楯の傷みを酷くするので嫌なんだが・・。


(終わった?・・撃ち止めか?)


 灼けた兜の面頬を跳ね上げ、俺は周囲へ視線をすばやく巡らせ、鋼毛熊の動きを注視した。巨大な魔熊は、2本足で立ち上がり、空気を嗅ぐようにして何やら咳き込むように喉を鳴らしている。


(・・は?)


 思わず眼を剥いた。


 先ほどと同様に、赤黒い魔気の高なりが巨熊の両腕を包み込んでいる。


(また、魔技か!?)


 この熊、どれだけ技を持ってるんだ。


(まずい・・動け・・動けっ!)


 雷撃で麻痺したように震えていた体を叱咤しつつ、俺は懸命の動きでその場から真横へと跳んでいた。


 間一髪、俺の背後で重々しい地響きが轟いて抜けた。


 地面を転がりながら振り返ると、先ほどまで立っていた地面が、およそ3メートル近い深さで長々と斬り割られていた。

 俺が使える風刃なんていう、ちゃちな魔法とは桁違いの威力だ。


(他にも・・あるのか?)


 いったい何種類の隠し技を持っている?

 

 ゆっくりと立ち上がり円楯と細剣を構えながら、俺は聳え立つ巨熊と正対した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る