第14話 ロートレンの刺客

「シンっ! おめぇに指名だぜぇ」


 ボルゲンのがなり声がうるさい。姿が見えないと思ったら、1階の受付でサボっていたらしい。


 俺は無視して掃き掃除を終わらせることにした。


「おい、シンっ! 聞こえねぇのかぁっ!」


 うるさい声が近づいて来る。


 本当に仕事の邪魔だ。死ねば良いのに・・。


「居るじゃねぇかっ! なんで返事をしやがらねぇっ!」


「面倒だからです」


 俺は素直に答えた。


「なっ・・なんだと、この・・」


 筋肉ダルマが大きな怒鳴り声を出しかけて、慌てて口を噤んだ。部屋の執務机に、リアンナが座っているのが見えたからだ。


「ああ、リアンナさん、室内の掃除は終わりました。生ゴミを埋めてきますね」


「お願いね」


 執務室で書類に眼を通していたリアンナ女史がわずかに顔をあげて、俺に頷いて見せた。


「お、おい・・シン」


「おれ、指名は受けないんで」


 もう何度も何度も断っている。だが、この筋肉ダルマは少し小遣いを握らされると、すぐに俺宛ての指名依頼を受理してくるのだ。もちろん、冒険者協会を通した正式な依頼では無く、筋肉ダルマが個人的に仲介する指名依頼だ。


「そうつれないことを言うんじゃねぇよ。おめぇ・・こいつぁ、美味しい話なんだぜぇ?なんたって依頼主ってのが・・」


 語り出す筋肉ダルマを置き去りに、俺はさっさと協会の裏口から出て扉を閉めると、戸口の左右に刺してある杭に鋼線を張って、安全杭を蹴り倒した。


「待てって・・」


 どたばたと追いかけて来た筋肉ダルマが扉を蹴破るようにして出てくる。


「おいっ、シ・・・っ!?」


 そして、そのまま地下深くへ落ちて消えた。

 しばらくして、重々しい衝突音が響いた。

 鉄製の杭が何本も敷き詰めてあるのだが、あの忌々しい筋肉は硬質のゴムのように粘って刺さりきらなかったようだ。


 なので、俺は脇に置いてあった大瓶の蓋を開けて、縦穴へ蹴り入れた。

 中身は燃えやすく精製した油である。

 続けて、懐に入れてある筒から種火を取り出して穴へと捨てた。最後に事務所で出たゴミを放り込む。


 ぎゃぁぁぁぁっぁーーーーーーー


 心地よい絶叫がどこかから聞こえる。

 激しい熱風と共に縦穴から炎が噴き上がった。


 俺が倒していた安全杭を逆側へ蹴り倒すと、滑車が回って釣瓶の重りが落ち、鋼の蓋がスライドして穴を塞いでいった。

 俺の特製、大型魔獣用の落とし穴である。


「よし・・」


 生ゴミの処理は終了だ。


 俺は念入りに杭留めを打ち込んで蓋を動かなくしてから、裏庭にある納戸へと入った。

 ここに地下道へ降りる穴がある。地下道と言っても、ほんのわずかな距離だったが、冒険者協会から100メートルほど先の墓地裏まで行ける抜け道になっていた。

 身を屈めるようにして駆け抜け、到着した先は墓守の小屋だ。


「しつこいな」


 上に誰かが待ち伏せている。

 墓守とは別の人間が四人、小屋の外にはさらに八人が待ち伏せているのが分かった。

 探知によって位置を割り出した感じでは、墓守は椅子に座らされて縛られているようだ。


 どうも最近、妙な連中が俺に指名依頼を出してくる。

 ちらと人相を見たことがあるが、人間を日常的に殺しているような手合いだった。

 

 ここは辺境でも魔族の領地との境に近い、最奥にある町だ。

 まともな人間の方が少ない。

 というより、ほぼ裏社会のお尋ね者だ。どこで、誰が死のうが問題にはならない。ただ、それで魔物が寄ったりして町に迷惑がかかれば町の総意として罰せられる。

 降りかかる火の粉は、大人だろうが子供だろうが自分の才覚で何とかしなければならない。誰も助けてはくれないのだ。無料では・・。


 この場も、自分の才覚で切り抜けるしかない。

 相手が誰かとかは後の話だ。勝てそうなら戦い、厳しそうなら逃げなければいけないが・・。


(見張りが・・3・・4人か)


 さらに、離れた木立の間には、墓守の小屋を観察している連中がいた。

 こちらは別口だろうか。


(全員始末する?・・探知魔法持ちがいたら、もう俺の位置はバレてるかな?)


 まだ、探知魔法で触られた感じは無いが、俺は魔法は得意じゃない。上級者が居れば手玉に取られるだろう。


 地下道で様子を窺っていたが、試しに新設してある脇道へと逸れてみる。

 小屋に居る連中に動きは無かったが、離れた場所にいる4人の内の2人がわずかに反応したようだった。やはり、探知の魔法か魔導具を使っている。


 つまり、その2人を始末すれば俺の動きに気付く奴はいないわけだ。


 新設した地下道の出口は、地崩れをした山の斜面、その中腹に折り重なるように転がる倒木の間である。そうと気付いて居なければ、目の良い猟師だって気が付かない。あの筋肉ダルマに知られないように掘った道だ。今回の依頼主が包囲してきているなら、この穴は知らないはずだ。


 それに、ある程度の位置は分かっていても、こちらがどんな攻撃をしてくるのかは分かっていないだろう。俺の無限収納が目当てなら不用意には攻撃してこれない。だが、俺の方はそんな事情は関係無い。不意を突いて、消音の魔法と武技の使用で片付ける。探知持ちを潰せば、後は山野での追いかけっこだ。知り尽くした土地である。負ける気はしない。

 

(よし・・)


 方針を決めて、俺はゆっくりと出口へ向かった。

 居場所がよく分からない俺を威嚇するつもりなら、広範囲を攻撃する何らかの手段・・。


(魔法で面攻撃かな)


 そう覚悟しながら、出入り口の土を崩し、光が差し込んでくる木々の隙間から周囲へ視線を配る。


 使用する武器は、中型の狩弓だ。鏃には猛毒が塗ってある。

 神眼・双を使いこなせるようになり、怖いくらいに精密に相手の姿を視界に捉えることができていた。

 鑑定だけでなく、弓射をするときでも、この神眼・双は役に立つ。


(男・・兵士・・手練れだな)


 長剣を吊った腰の据わりに凄みがある。視界で捉えた中では一番の手練れ・・。


 消音の魔法を使用して、俺はゆっくりと弓を構えて矢を放った。

 斜面の斜め上、やや横からの微風だ。

 すぐに次の矢をつがえて放つ。


 初めの一矢は頬に掠った程度で避けられた。完全に気配を断った状態からの一の矢だったが、さすがは手練れの傭兵だ。

 しかし、それで十分だった。

 毒矢だと感づいて、何かを呑んだようだったがもう遅い。

 傭兵は、すぐに体を痙攣させて蹲った。すぐさま次矢を射て仕留める。

 

 残る三人は、俺が攻撃してくる方向を掴んだのだろう。立木の裏側へ回って姿を隠した。


 その時には、俺は穴から出て山の斜面を登っている。

 兵士は隣国の辺境伯が送ってくるロートレン傭兵の連中だろう。

 墓守の小屋で待ち構えたつもりになっている奴らは、冒険者崩れの犯罪者達だ。主に奴隷商人の手先となって奴隷狩りやら奴隷の運搬などやっている。暇を持てあませば、山賊をやって稼ごうとするので鬱陶しい。


(雇い主は別々か?共闘している感じはしないけど・・)

 

 つまり、これが俺の日常だった。


 馬車で10日ほど行けば、サイ・カリーナという平和な神殿町があるのだが・・。

 転生して、記憶喪失のまま右も左も分からず山中を徘徊した末に辿り着いたこの町で俺は暮らしている。すべてが自己責任という死と暴力が酷く身近な町だった。何度か騙されて悲惨な目にもあったが、今では俺にちょっかいを出すような間抜けは減った。おかげで暮らしやすくなってきたのに・・。


 探知魔法を使いながらも、魔法だけに頼らないように、眼や耳、鼻で気配を探ることを忘れちゃ駄目だ。ほんのちょっとした違和感、根拠の無い勘のようなものでも見落とせば命を失う切っ掛けになる。


 消音と消臭の魔法は便利だったが、魔法を使うことで居場所を探知される確率も上がるだろう。

 魔法を使わずに気配を断つ方が良い・・そういう相手だ。

 今、追って来ている連中は・・。


(ロートレンの奴等・・本当に鬱陶しいな)


 こうした人間狩りに秀でた力を持った連中だった。遠間からの石弩、毒矢、投げ小刀など飛び道具が上手く、剣や槍を使わせても手強い。魔物なんかより、よほど怖い連中だ。


(・・ちっ!)


 俺は小さく舌打ちした。


 探知持ちを潰して逃れ出たつもりが、それを見越して人を伏せてあったらしい。

 山の稜線から南側には人の姿こそ見えないが、木々や岩の裏などに人が配置してある死地となっていた。逆側へ降りれば、足場の悪いガレ場で、身を隠す物が何も無い斜面に身を晒すことになる。上手く死地へ追い込まれた形だ。


 俺は最寄りの大岩に身を寄せると、下から追ってくる二人との距離を測りつつ、無限収納から兜を取り出し頭に載せた。鎖帷子だけを手早く着込み、受け流し用の短剣を左手に、右手に細剣を握る。


 どこかへ伏せてあった兵士達が後方から来る三人に合流しつつあった。

 綺麗に包囲された形だ。

 墓守の小屋にいたゴロツキをダシに嵌められたらしい。


(前の俺なら詰んだところだけど・・)


 今は色々と勉強している。

 

 俺は岩陰を出ると、山の稜線へ身を晒して登った。


 敵兵が潜む場所は把握できる。それらへ向かって細剣を振った。それだけで、魔法が発動し、複数個の風刃が兵士へ襲いかかる。

 視認できた的は外さない。

 次々に切り刻まれて、血塗れの兵士達が罵声をあげながら物陰から転がり出た。

 木陰に居ようと、岩陰に潜もうと風刃が吸い寄せられるようにして襲って来るのだ。たまらずに、待ち伏せていた兵士達が配置を乱して位置を変えた。


 俺はまっしぐらに稜線を走って、混乱する兵士達めがけて斜面を駈け降りた。

 血塗れの悪鬼の形相で斬りかかろうとする兵士達の眼を、喉を、首筋を細剣で貫き斬りにして駆け抜ける。

 ぐずぐずやっていると、味方ごと範囲魔法で攻撃してくる連中だ。

 それが分かっていても、俺は一人一人にとどめを刺して回った。


 今回は、徹底して数を減らすつもりだ。

 いくら名の知られた傭兵団だと言っても無尽蔵に人数が揃うわけじゃない。手練れの者は簡単には育たない。数が大きく減れば、その業界では干されていくものだ。


 ここまでやられた以上、ロートレンを潰すか、俺が殺されるか・・だ。

 

(仕込みをやっていたのは、お前等だけじゃない)


 いつかはこうなる。その覚悟はしていた。

 準備もしてある。


 今日、ここを・・・この山のすべてを墓場に変えてやる。


 俺は横合いから突き出された槍穂を短剣で跳ねながら、逆側からぶつかるようにして斬り込んで来た男の首を撫で切りに斬って落とし、急いでその場を離れる。


 直後、辺り一帯を火炎魔法が包み込んだ。

 

(まず、一人・・)


 火炎魔法を放った魔導師を毒矢で仕留めた。魔導師が姿を見せるのを誘っていたのだ。

 実戦で役に立つほどの魔法の使い手となると数が少なく、手勢として囲い込むために多額のお金が積まれるという。名の知れたロートレン傭兵団でも、そこまで大人数は抱えられないはずだ。


(来た奴、全員狩ってやる!)


 ここで、この山で勝負をつける。

 狙われるようになってから、俺は密かに覚悟を決めて準備をしていた。

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