第17話 黒幕狩り
「俺の・・勝ちだ」
折れた細剣を手に、俺は地面に座り込んでいた。
戦いの最中には気付く余裕が無かったが、今ははっきりと認識できる。
大量の何かが俺の中に流れ込んできていた。
疲労しきっている体が、その流れ込んできたものによって、身の内から震えるような熱に冒され煮えかえったように痛む。激しく肉や骨が刺されるような痛みが走る。関節が熱をもって脈動し、裂けそうなくらいに心臓が躍動していた。
魔物を斃せば力を得る。
普通は微々たるものだが、ここまで苛烈なほどに実感できるということは、よほど大量の力が流れ込んできているのだ。
俺は、斃れ伏した巨大な魔熊を見た。
分厚い頭蓋を貫き徹した細剣・・・その剣身が折れて頭蓋に残されている。
手持ちの細剣の最後の一本だった。
「また、金がかかるなぁ・・」
疲れた笑みを浮かべて、俺は力なく頭を振った。
へばりつくように載っていた兜が外れて転がっていく。さんざんに削られて、内張の布に金属片がぶら下がったような無惨さだった。もう兜というより布の帽子である。
(とりあえず、熊を収納しておこう)
解体をするにしても、今はちょっと元気が出ない。
(なんか、色々残ってるな)
魔熊が雷撃で灼き払った跡地だったが、魔物死骸や傭兵達の持ち物などいくつかは無事に残っていた。
とりあえず、今後かかる修理費やら装備品の購入費用として、集められるだけ集めておこう。
(無限収納があって良かった)
しみじみと思う。
替えの装備や薬品類を持ち歩け、弓矢との使い分けも簡単にできる。これは大きな戦力だ。
隣国の辺境伯がロートレン傭兵団を雇って送り込んでくるようになったのも、俺の無限収納の力が欲しいからだろう。ここ最近、ボルゲンが持ち込んでくる儲け話は全部が荷運びだった。それも法外な報奨付きだ。
収納魔法の使い手は極めて数が少なく、しかも大容量を収納できる者となると大陸の史書にも数人しか登場しないそうだ。例外は、勇者召喚された召喚者達だった。
有名な傭兵団を使い捨てるくらいだ。おそらく、俺だけでなく、つい先日召喚された者達を誘拐しようと試みているだろう。もう何人かは手に入れているのかもしれない。
そもそも、俺の無限収納は噂程度のものだったはずだ。
俺は誰にも話していないし、収納するところは見せていない。
ただ、どうも、あの筋肉ダルマが俺が不在中に部屋へ入り込んで金箱を探して回った形跡がある。まあ、それはいつもの事だが・・。迂闊といえば迂闊だったが、魔物を狩った素材は冒険者協会や商人協会で買い取って貰う。なので、俺が順調に稼いでいることを、あの筋肉はじっと見ていたのだ。
とてもじゃないが、持ち運んで狩りに行けるような量や重さでは無いのだと、誰にだって分かる稼ぎだ。
それが、部屋のどこにも隠し金が無く、金箱すら消えたとなれば、筋肉ダルマで無くても不審に思うだろう。冒険者協会の支部長をやっているくらいだ、知識として収納魔法がどんなものかは知っている。おまけに、俺が転生者だということも知っている。色々と結びつけて考えるだけの材料は揃っていた。
「あいつ、死ねば良いのに・・」
あの筋肉ダルマめ、俺が収納魔法を使ってると確信して方々へ売り込みをかけたに違いない。
指名依頼が増えたのは、ここ最近のことだ。ほとんどは商家からの依頼だったが、断り続ける内に、うさんくさい連中が出て来たというわけだ。
(辺境伯・・隣の国って、どんなところなんだろう?)
庶民にとっては、とりわけ辺境部で暮らす人々にとっては国に属しているという意識は薄い。
案外、普通に直接勧誘されれば辺境伯のところに雇われたかもしれない。
でも、もう駄目だ。
最初の筋が悪すぎた。
あの筋肉ダルマが話を持ち込んだ時点で終了なのだ。
今回の事は、ロートレン傭兵団にはそれなりの打撃となったはずだ。
確認しただけで、魔導師が八人、魔物の狂乱に巻き込まれて命を落としている。他の男達も、腕の立つ連中ばかりだった。あの数を一度に失ったとなれば、ロートレン傭兵団の評判は落ちる。依頼される仕事も減るだろう。
辺境伯というのが手を引いたとしても、ロートレン傭兵団は俺を狙ってくるかもしれない。
いや、これだけ失敗が重なると、辺境伯とかいう人物も裏の社会では評判を落としただろう。どちらも意地になって、俺を狙ってくる可能性がある。
(少し、ここを離れるかな)
リアンナさんには、このところの騒動について話をしてある。今日の事も含めて報告をして、旅に出ることを告げてみよう。あとは、マシッドさんだ。筋肉ダルマの弟だが、色々と世話になってきた。何も言わずに・・とはいかない。
(・・へぇ?)
俺は自分の身体を神眼・双で鑑定しながら小さく笑みを浮かべていた。
諸々の数値が増えているだろうとは思っていたが、固有特性の欄に、『再生阻害Ⅱ』というものが発現していた。
魔熊の再生が鈍ったのは、これが現れたからかもしれない。
(本当に、強い熊だったな・・龍とか、もっと強いのかな?)
あれこれ考えながら、短剣や長剣、貨幣など、まだ無事に使えそうな品を拾い集めて収納すると、俺は墓守の小屋へ向かった。
感心なことに、見張りが2人、小屋から離れた茂みに座っていた。
見知った冒険者では無い。
墓守の爺さんが汚水壺を手に外に出て来て小屋の裏手へ撒いているのが見える。
山で凄まじい騒動があったというのに、のんびりした事だ。
あの調子だと、小屋の中にも何人か待っているだろう。
(ぎりぎり、届くかな?)
俺は、狩弓に毒矢をつがえて斜め上方へと放った。それが当たるものとして、次の矢も放っておく。
一度、上空へとあがった矢が緩やかな弧を描いて落下していった。
最初の矢は、見張りをしている男の肩先に突き立った。続いて落下した矢は、隣にいる男の脹ら脛あたりに刺さっていた。
猛毒を塗った矢だ。高位の解毒薬なり、魔法なりを使えなければもう助からない。
二人が助けを呼ぶ叫び声をあげ、小屋の中から長剣を鞘ごと掴んだ男達が飛び出して来た。ロートレン傭兵とは別口だ。練度の低い、ただのゴロツキだった。
(六人・・ああ、隠れて裏手へ潜んだのが居るな)
俺は山の斜面を駆け下った。
木立が疎らに生えているため、動いている相手には矢など当たりにくい。遠間で狙ってくるなら魔法だろうか。
そう思っていたが、男達は何やら怒鳴るばかりで、飛び道具は使って来なかった。
(隠れた奴かな?)
あちらに弩弓など持たせているのかもしれない。
剣を持って叫ぶ男達に注意を向けさせ、裏手に隠れた奴が弩弓で毒矢を放つ。
悪い作戦じゃない。
ただ、そうだと見抜いてしまえば・・。
(二人・・)
飛来した矢を細剣で軽く弾き、長剣の男達を無視して小屋の裏手へ飛び込む。慌てて短刀を構えようとしていた男達を、頭部、胸部、腹部と三点刺しに仕留める。
そのまま小屋を回り込んで、残る男達に襲いかかった。
(軽くなった)
鋼毛熊の王を斃したためか、身体がすごく軽く動くようになった。全体に身体能力が高まったようだ。
(こいつらなら・・情報を喋るか?)
俺は五人を穴だらけにして斃すと、残る一人の両肩、両膝を貫いて地面へ転がした。
「どこの者だ?」
悲鳴をあげて地面でのたうつ男に向かって、世間話のように軽く訊ねる。
俺は、細剣技:9*19mm で右手の平を撃ち抜いた。
「どこの者だ?」
続いて、左手の平を撃ち抜いた。
「どこの・・」
「ま、待てっ・・待ってくれ」
俺は、男の右足の甲を撃ち抜いた。
「どこの者だ?」
「ドージェスだっ・・ドージェス・ゴードン」
俺は男の左足の甲を撃ち抜いた。
「どこの者だ?」
「だ、だから・・」
俺は、男の右膝を撃ち抜いた。
「どこの者だ?」
「ドージェスっ!ドージェス一家に雇われたっ!」
俺は男の左膝を撃ち抜いた。
「どこの者だ?」
細剣の切っ先は、男の喉元へと向けられた。
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