第25話 南海の孤島

「これは・・」


 甲板上の半魚人があらかた片付いたところで、海中から襲ってきた海蛇めがけて、細剣技:12.7*99mm を使用してみた。


 覚悟はしていたが、もう完全に身動きができないままの連撃だった。

 ただし、その威力は凄まじい。

 弾かれたのは三割程度、ほぼ七割近い連撃が海蛇の硬鱗を貫いて派手に肉片を飛び散らせた。

 連撃中は動けないし、方向すら変えられない。追撃をするためには、一度、止めて体ごと向きをかえて再使用という感じになる。


(届くのか!)


 船縁から海中を覗き込むようにして細剣技:12.7*99mm を使ってみたら、水面下すれすれを泳ぐ海蛇の背が爆ぜるように引き裂けて骨が覗いた。距離は、20メートル近いだろう。俺にとっては劇的な遠距離攻撃だ。

 

(あ・・)


 つい夢中になって使用していたら、あっという間に打ち止めになってしまった。

 これで、あと一時間は再使用ができない。


(・・次は、ちょっと考えよう)


 それだけ連撃の速度が速いということだ。


 細剣技:9*19mm  (15/15 *5/h)が、2メートル前後。

 細剣技:5.56*45mm(20/20 *5/h)が、3メートル前後。

 細剣技:7.62*51mm(960/960 *3/h)が、5メートル前後。

 細剣技:12.7*99mm(1,100/1,100 *2/h)が、20メートル前後。


 それぞれ届く距離も威力も違うし、使用できる数も違う。

 付与を使わなければ、魔力の消費は無い。

 武技というのは便利なものだ


 船倉でのたうち回っていた海蛇を武技で仕留めた頃、ようやく空が白み始めた。

 いったい何体を始末したのか、異様な臭気で満たされた船上から、わずかに残った半魚人達が海中へと戻っていった。海蛇もいつの間にか姿を消している。


(海蛇は鱗とか売れそうだから収納しておくか。半魚人は・・・)


 鉤爪とか何かの需要があるのか?

 少し悩んだが船上に散らばった半魚人の死骸も全て収納しておいた。


「おっと・・干潮か!」


 よほどの遠浅だったのか、ごつごつとした岩を剥き出しに、見渡す限りが磯場になっていた。あれほど荒れていた海面が消え失せて、遙かな遠方まで後退している。


(だから、去って行ったのか)


 半魚人や海蛇は、これを嫌って逃げ去ったのだろう。


 足場は悪いが、今なら地続きだ。歩いて行ける。


「おいっ! 今なら渡れるぞっ!」


 俺は少女達が立てこもった船室に向かって声を張り上げた。

 そのまま返事を待たずに、船縁から飛んで磯場へ着地する。

 それから、得体の知れない体液やら魚臭で顔を背けたくなるような身体に、清浄の魔法をかけて綺麗にした。この魔法の優れている点は、体はもちろん、着ている衣服、装備している鎧や武器まで綺麗になることだ。


 しっかり仕事をしてくれた小楯と細剣を収納し、兜や胸甲を外しつつ収納していく。

 いつ潮が満ちてくるのか分からないので、歩きながらの作業だ。

 武具の収納が終わって、布地の服だけになると、今度は、磯の水溜まりに取り残されている魚や蛸、貝などを拾っては袋へ放りながら歩いた。


 わずか1キロ足らずで砂利石混じりの浜辺に着いた。

 草木の位置を見て、潮が満ちてきても濡れない場所を確かめると、神眼・双を起こして周囲を慎重に見渡した。

 

(空き家?)


 少し海岸線から離れているが、林の奥に建物があるらしい。こちらを襲ってきそうな大型の動物、魔物は今のところ見当たらなかった。


(あいつら居るかな?)


 船から泳いで行った奴隷達が生きて辿り着いたのなら、あの小屋で休んでいるかもしれない。そう思って、神眼・双で小屋を注視していたが、生き物がいるような動きは感じられなかった。


(行ってみるか。ここに居てもな・・)


 ちらと座礁した船を振り返ると、少女達が磯場へ降りてこちらへ向かっているのが見えた。俺と同じように、途中で魚などを拾って歩いている様子だ。足元が危なっかしく見えるのは、岩が痛くてまともに歩けないのだろう。


(川か・・水場があれば、あいつらも生き延びられるか)


 小屋があるなら、暮らしに必要な水が手には入るということだ。まあ、過去形かもしれないが・・。


 青々とした下草を踏み、若木の樹皮を触りながら、俺は林の奥へと踏み入った。

 


「小屋・・というより館だな」


 窓枠や屋根などの木の部分は腐って落ちていたが、石を積んで組み上げた壁はしっかりとしていた。暖炉から上へ伸びた石組みの煙突も立派なものだ。

 床板は落ちてしまっていて、物置らしい地下室などが剥き出しだった。

 いつものように、ざっと・・しかし念入りに見て回ってみたが、気になるような物は残されていなかった。わずかばかりの貨幣と薬瓶らしいもの、本はあったが表紙から中身まで湿っていてインクが滲み、中身はよく読めなかった。他は、指輪が数点、小さな紋章が一枚あった。これは寝室らしい場所の壁石に仕掛けがあって貴重品入れになっていた。その中から手に入れたものだ。


(井戸は無いなぁ・・・ああ、水の流れる音が聞こえる)


 音を頼りに裏手にある茂みを掻き分けて行ってみると、綺麗な水の流れがあった。大人なら、ぎりぎり跨げるほどの幅しか無いが・・。


(・・美味しい)


 手で掬って飲んでみると、口当たりの柔らかい美味しい水だった。

 これなら煮沸の必要も無い。


 俺は細剣を取り出して、生い茂った雑草や低木を刈りながら館跡まで戻った。

 ちょうど辿り着いていたらしい少女達が、怖々とした様子で朽ちた館の中を覗き込んでいるところだった。


「シンさん」


 エリカが近づいて来た。


「治したのか」


 俺は少女の足を見て言った。素足だったが傷一つ無い。


「治癒の魔法がありますから。あと、洗浄の魔法もあるんですよ」


「ああ、だから臭わないんだな」


 俺の呟きに、後ろで見守っている少女達がわずかに引いた。


「シンさんも臭いませんよね?」


「ん・・俺のは清浄・・だったな、確か」


「洗浄の上位版を持っているんですね」


「そうなのか?」


 召喚者というのは、魔法の基礎知識があるのだろうか。どうして俺より詳しいんだろう? そんなに勉強する時間はなかったはずだが・・。


「ええ・・あ、えと・・あちらには何かありました?」


「川があった。そのまま飲める水だったな」


「み、水っ・・」


 エリカが眼を見開いて、他の少女達を振り返った。


「みんな、水があるって! あっち・・川があるんだって!」


 エリカが大きな声を出し、負けじと少女達が歓声をあげた。そのまま、大変な勢いで草刈りをやったばかりの小道を駆け去って行った。


(魔法で服とか出せないのかな?)


 召喚された時の服も、娼婦まがいの露出度だったが、今は頭から布を被せて腰を縄で縛っただけの奴隷服だ。たぶん、下着すらつけていない。


(服か・・)


 いや、衣服より先に、とりあえずの住まいだろう。

 俺は朽ちた石館を生活ができる程度に修繕することに決めて浜辺へと駆け戻った。

 まだ潮は満ちて来ていない。

 一息に疾走して船に戻ると、風刃の魔法を使いながら船を解体していった。


 欲しいのは板材だ。

 船底に使われている板などは、見た目はともかく屋根材に転用できるし、船室の壁にはめてあった丸いガラス窓は館の窓につかえる。

 船長室にあった寝具は清浄の魔法を使えば清潔になる。食器は無かったが、酒瓶は何本もある。扉や蝶番も外して収納した。

 壁板まで綺麗に剥がして回った頃、干底が終わって潮が満ち始めたようだった。

 俺はぎりぎりまで櫂など収納し続けてから、陸へと駆け戻った。

 


 少しコツはいるが、風刃の魔法はこういう時に便利だ。

 細かく調整すれば、ちょっとした刃物やノコギリの代わりにできる。


 石壁を登って屋根の幅を測り、合わせを見ながら数字を出す。それから床、窓枠、扉枠と計測をして回ってから、必要な板の幅と長さを書きだして、船材をせっせと切断していく。切った板材を種類ごとに別けて積み上げた。釘が無いので、木組みをするしかない。継手とか面倒だし時間がかかったが仕方が無い。

 ロンダスの冒険者協会の建物を修繕する大工の爺さんに手伝わされて身につけた大工の技能が、こんなところで役に立つとは・・。


 黙々と作業を続ける俺の様子を、川から戻ってきた少女達が離れた場所で眺めながら、火を熾して焚き火で魚を焼いたり、貝を焼いたりして食事をしていた。

 結局、一晩中、古材と格闘を続け、満足のいく板材を切り揃えることが出来た。


(さて・・ここからは手伝わせないと)


 俺は川に行って顔を洗って戻ると、少女達の集まって居る草むらへと向かった。

 交替で睡眠をとっているようで何人かは起きていた。

 少女達なりに考えて生き延びようとしているらしかった。


「エリカという子は?」


「あ、あの・・すぐ起こします」


 見張り役の少女が、飛び跳ねるようにして消えた焚き火の向こうへ走って行った。

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