第175話 聖職者の嘘ぉ~!

「馬鹿な・・」


 呻いたのは、魔王軍の第6魔導師団の長、ダレングル・ブーンだった。

 

 見守る先で、魔匠師が製作した魔防の大楯が溶解し、今作戦の長だった巨人族のドーズエルが蒸発したのだ。

 あれほどの魔防楯が・・魔導師団の障壁が1秒と保たずに破られていた。


 巨大な火炎の壁は、本陣の設置してあった丘の上を呑み込んで、なおも衰えない熱を有したまま突き進んでくる。


「撤収しますよ」


 ダレングルは、腹心の部下を振り返った。そのまま動けなくなった。


「・・ぁ」


 振り向いた視界の中を、甲冑姿の少女が薙刀を大上段に振りかぶって迫っていた。

 躱す間も、その手立ても無かった。

 ダレングル魔導師団長の肩口から腰にかけて冷たい刃が断ち割っていた。


「酔鳳っ!」


 鋭い掛け声と共に、右へ倒れ込むようにして身を沈め、手にした薙刀を一閃、さらに逆側に身を傾けながら一閃・・。

 波状に揺れる衝撃波が、不可視の斬撃となって大地を抉り、大気をねじ切るようにえぐりながらはしり抜けていく。

 断ち斬られたダレングルの上体が地面に落ちた時、魔導師団8000名が着ていた魔導甲冑ごと挽肉ミンチとなって荒野へ飛び散っていた。


 直後、薙刀の少女の真後ろへ出現した少女が背に触れ、転移をして消え去る。


 そこへ、灼熱の炎壁ファイヤーウォールが襲いかかった。



(・・あの娘達ですか)


 遙かな上空から戦場を見下ろしていた男が苦々しく顔を歪めていた。

 左右2本ずつの腕を持ち、背には黒翼が、中性的に整った容貌には8つの眼が開いていた。それぞれの眼が、それぞれの方向を映して動いている。


(厄介ですね)


 位置しているのは巨大な火炎壁が届かない高空だったが、上方へと噴き上がる熱風が凄まじく、魔防壁を展開しながらの飛行になっていた。

 

 今見ている光景は、映像としてカンスエルの持つ魔導晶珠オーブへ送られている。

 しかし、これでは熱で視界が歪んで鮮明な像は結べていないだろう。


(どこまで灼く気だ)


 一定の距離を保ちながら、移動する火炎壁を観察し続けていると、何の前触れも無く、蝋燭が消えるように、フッ・・と火壁ファイヤーウォールが揺らいで消えた。


 レンステッズとの距離は、目測で15キロほどか。


 最初から最後まで威力の減衰無く、高さは1キロ、端から端まで20キロほどの長大な火炎壁ファイヤーウォールは、速度が自慢の走竜の倍以上の速度で地表を灼き尽くして進んだ。


 これを行ったのは、レンステッズの城壁上に姿を見せた長剣と楯を持った少女だ。


(・・我が軍に、これを成せるほどの術者が居るか?)


 ちらと、不遜な想いが過ぎる。

 それほどに圧倒的な光景だった。


 数万は居ただろう蜥蜴人の戦士団は消滅し、走竜を乗騎とする妖鬼団、巨人族の末裔達による巨人兵団、さらには、こうした魔法の攻防には秀でているはずの魔導師団までもが呑み込まれて焼却されてしまったのだ。


 いずれにせよ、任務は継続だ。

 このまま、"眼"として高空からの監視を続けなければならない。

 新生した魔王様が覚醒するその時まで・・。



『伝達ぅ~・・魔神の眼、各位へぇ~・・監視行動は即時停止・・帰投せよぉ~・・』

 

 

 耳飾りのようになっている魔導の遠話器から声が聞こえた。



『・・繰り返すぅ~・・魔神の眼は直ちにぃ~・・』



 母船からの連絡だった。

 

(新たな指令が下ったのか?)


 いぶかしく思いながら、高々度へと上昇してから転移宝珠を割った。立ちのぼった魔光が体を包み込んでいく。

 離れた場所でも、同様の任に就いていた"眼"達が転移を次々に行っている。



「・・?」


 転移先に指定されていた帰還場所は、母船の下層部にある待機室である。

 任務に就いてから久しく顔を合わせていない"眼"の面々が勢揃いして帰還を完了していた。

 当然、連絡役なり、次の指令を持った者が待っているはずなのだが・・。


「どういうことだ?」


「・・分からん」


 互いにそっくりな容貌を訝しげに歪めつつ首を捻る。

 この場の全員が魔神の肉腫を用いて生み出された魔神種だ。外見では見分けがつかないほどに酷似している。



『・・帰投完了後はぁ~・・そのまま待機せよぉ~・・』



 先ほど同様、やや間延びした声による連絡が入った。


 どうやら、次の指令まで間がありそうだ。


「あの火炎壁ファイヤーウォールを見せつけられては・・無闇に数押しをしてもな」


 "眼"の1人が呟くように言った。

 

(確かに・・)


 あの火炎壁に対する対抗手段が無いまま、どれだけ戦力を投じても灼き払われるだけだ。"眼"の撤収は、何かの対抗手段を用いるための準備かもしれない。



『カモン、ギンジロウ~・・』



「・・ぎんじろ?」


 なんだ? と、待機室内で"眼"の魔神達が顔を見合わせた。

 

 半拍後、いきなり艦内に警報音が鳴り響き始めた。


 母船と呼んでいるが、ここは高々度に浮かんでいる浮遊岩をくり抜いて建造した要塞内である。"眼"の魔神と"脳"の魔神が配属され、各地から集められた情報の収集と分析を行う特務部隊の基地となっていた。

 地上から目視出来る高度では無い。

 この高度まで上がれる魔導船は数が限られる上に、わずかな兵員しか運べない小型艦しか確認されていない。


「天族か?」


 空で奇襲を受けるとすれば、あの魔神の出来損ない達しか思い当たらないが・・。



 ・・ビーーー・・ビーーー・・ビーーー・・・・



 耳障りな警報音が室内に反響して鳴り続けている。


「迎撃に出るか?」


 1人が提案したが、"眼"の任務は見る事だ。

 外へ出るなら、見るために出るべきなのだが・・。


「指示無く動くことは出来ない」


 別の1人が否定した。場に居る大多数が賛同の声をあげた。



 ビーーー・・ビーーー・・ビーーー・・・



『うははは・・・我奇襲に成功せりぃ~~・・・』


 耳障りな警報に混じって、何やらご機嫌な声が耳に響く。

 

「は?」


「・・なんだ?」


 "眼"の魔神達が顔を見合わせた。


(まさか・・)


 背を嫌な予感がはしり抜ける。



『ホオォォォォォ~~・・リィィィィィ~~・・・スパァァァァァーーーーーンク!』



 上機嫌な掛け声と共に、いきなり視界が真下へブレた。

 いや、脳天からぶん殴られて、場に居た"眼"の魔神達が床へと打ちつけられて転がっていた。

 奇妙な事に、周囲の施設は壊れていない。

 ただ、魔神達だけが殴りつけられ、床に倒れ込んで白煙を立ちのぼらせていた。

 たった一撃で、魔神種が瀕死の状態にまで追い込まれている。


(こ、これは・・聖光の・・)


 "眼"として幾度か目撃している。監視対象の少女達の1人が使う聖光魔法だ。

 物理的な破壊をもたらさず、魔人や魔神といった魔属性の生き物にのみ危害を加える聖術から派生した魔技の一つだった。


「お、おのれ・・」


 どうやら遠話装置を使って騙されたのだと気づき、何人かが懸命に四肢を震わせつつ身を起こそうとする。


 しかし、



『ホォォォォ~~リィィィィ~~・・・スタァァァァァーーーーーンプ!』



 間延びした掛け声が追い討ちをかけてきた。


「く、くそっ・・」


「おのれぇーーー!」


 怒声をあげる"眼"の魔神達めがけ、純白の足の裏が頭上に出現して踏みつぶしていった。

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