第8話 教導

(ああ・・・押し付けられたな、これ・・)


 俺は、すぐに悟った。


 カリーナ神殿でミューゼル神官にざっと説明を受けて、そう直感した。

 俺でなくても気が付いただろう。


 ミューゼル神官の疲弊しきった顔、俺を見た瞬間の輝くような安堵の表情・・・。


 部屋には、召喚者の少年と少女がいた。まだどちらも額や腕に包帯が巻かれているが、とても元気そうだった。


 もっと言うなら、なんというか、二人は隙間なく体を寄せ合っていて、そう・・どう控えめに見ても、互いを好もしく思っている様子で、そのことを全く、微塵にも隠そうともしていない。堂々と、べったりとくっついていた。


 俺は、じろり・・と、ミューゼル神官を見た。

 

 ミューゼル神官は手にした紙に目を向けたまま、なかなか俺の方を向いてくれなかった。


 俺は、じぃ・・・と、ミューゼル神官を見つめ続けていた。


 ややあって、ついに諦めたのか、ミューゼル神官が小さくため息をつきながら俺の方へと近づいてきた。


「事情があってね」


「・・でしょうね」


「魔人が出たおかげで、国王陛下も、宰相閣下や他の大臣も、召喚者達の取り扱いを見直そうと・・そういう動きになってね」


「なるほど・・」


 何とか戦力化するために、強制的に訓練を受けさせようという訳だ。

 

「君の素性についての問い合わせも多かったんだがけど・・」


 やいやい煩い使者達を、司祭様が一喝したそうだ。

 

「シン君、神殿騎士の隠し玉っぽい取り扱いになってるよ?」


「・・神殿の中は息苦しいって、冒険者の間じゃ有名なんですけどね」


「まあ、実際のところ、かなり息苦しいね。こういうのやってたら、棒打ち千回の後で絞首刑にされちゃうよ」


 ミューゼル神官がちらと視線を向けた先に、ひっついて見つめ合っている少年少女がいた。


「それに、俺は冒険者として協会に登録してあります。いえ、ボルゲンさんとかどうでも良いんですけど、リアンナさんには筋を通して下さい。俺、まだ死にたくないんで」


「噂通り・・やばいのかい?」


「ええ・・ボルゲンさんとか、ただのお飾りですよ」


 俺は不都合な真実を告げた。無論、支部長にとっての不都合だが・・。


「あのボルゲン支部長が・・」


「冒険者協会の籍は抜きません。そのうえで神殿に協力しろと言うのなら考えます」


「うん、たぶん司祭様もシン君を庇うための方便だと思うよ。お偉いさんの使者達が勘違いして騒ぎそうなのが悩みの種だけど・・・あれだけの武威を見せちゃぁねぇ」


 ミューゼル神官が苦笑する。軽薄そうに言っているが、ミューゼル神官もかなりの強者だ。相手が、あの魔人で無ければ聖魔法で仕留めていたかもしれない。


「あの魔人に遊ばれただけでしたけどね」


「うん・・あいつ、強すぎだったな」


 ミューゼル神官が顔を歪めた。


「それで・・そこの恥ずかしい人たちは?」


 俺は努めて見ないように心がけながら、ソファに座っている二人を顎でしゃくった。


「ああ・・うん・・生き残っていた召喚者達は全員王都へ連れていかれたんだけど、あの二人は怪我をしていたから神殿に残されたんだよ」


「それで?」


「あと二人、治療中の子達がいるんだけど・・合わせて四人ほど、君に預かって貰おうと、そういう話になってね」


「どうして、神殿の人が預からないんです?」


「・・・ああいうのは、神殿の教義では認められないんだ」


 ミューゼル神官に促されて視線を向けると、少年と少女が互いに頬を染めながら口づけを交わしているところだった。


「・・死ねば良いのに」


「はは・・同意見だけど、まあ落ち着いてよ。あの子達、山賊に擬装した兵士に襲われた時にね?まず、男の子の方が逃げ遅れた女の子達を庇って何とか戦おうとしたんだ。あっさりと矢を受けて倒れたんだけど・・・すると、あの女の子が今度は男の子を庇ってね」


「なんです、それ・・」


「騎士物の舞台劇みたいだろ?」


「よく生き残りましたね」


「ぎりぎりで致命傷を免れていたんだ。それに、ここに居ない二人が治癒の魔法を使ってね」


 召喚者に治癒魔法の使い手が居たらしい。その二人の咄嗟の応急処置で、この二人は命を拾ったわけだ。


「・・なるほど、まがりなりにも戦って生き延びたということですか」


「そういうこと。司祭様としては、あの子達を神殿において修練させたいとお考えだったんだけど・・」


「あれさえ無ければ・・ですか」


 俺は嘆息した。


「うん・・異世界って、みんなあんな感じなのかな?もう少し控えてくれると助かるんだけど」


 ミューゼル神官が辟易とした口調で言う。


「これでも控え目だと思いますけどね。神殿の教義に則って棒打ちとかやっちゃえば良いじゃないですか」


「シン君、結構過激だよね」


「・・冗談ですよ」


「そうそう、シン君の戦い方を司祭様にお伝えしたら、甲冑の下に着る聖衣と受け流し用の短剣、それから神銀製の兜を渡すようにって・・仰ってたな」


 しれっと、とぼけた口調でミューゼル神官が言った。

 今の俺にとって、これ以上無いほどの好条件だ。


「・・ミューゼル神官、そういうことは早く言って下さい」


「やる気になった?」


 ミューゼル神官がにこりと笑みを見せる。


「やりますよ。四人を実地訓練させれば良いんでしょう?」


「うん、週の内の3日間、シン君が預かって実戦訓練を積ませてあげて」


「わかりました」


 大地神の祝福を受けた聖衣とか、冒険者垂涎の的だ。魔性のものを相手にした時など心強い。さらに、受け流しの短剣は割れた円楯の代わりに出来る。極めつけは、神銀製の兜・・。


 これだけ貰えるなら、少しばかり精神的に負荷のかかる任務でも問題ない。耐えて忍ぶのは俺の得意分野だ。


「いやぁ、助かったよ。何が何でもシン君を説得しろって、言われててさぁ」


「いつからです?」


 鍛冶屋の仕事を急いで貰わないといけない。


「明後日からで、どう?」


「お引き受けします。全員を武装させて、西門まで来させて下さい」


「時間は?」


「朝の開門で外に出て、三日目の夕刻に戻ります」


 魔物が散在する荒れ地を巡って、森の外縁すれすれを抜けて街道へ出て東門から帰って来る。何事も無ければ二日の道程だ。


「ふむ・・徒歩かな?」


「はい」


「分かった。司祭様に伝えておくよ。もしかしたら、遠巻きに護衛するために人が派遣されるかもしれないけど」


「構いません」


 落伍者が出た時など、そうした人達に処置を任せれば良いだろう。

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