第7話 町の陽だまり
週の内、三日間。俺は教導の時間を受け持つことになった。
担当するのは、"実地教練"である。希望者が一定数を超えた時だけ授業が行われる仕組みで、前日の夕刻、閉門の刻限までに定宿にしている旅宿へ連絡が来るようになっていた。
なのだが・・。
「若先生、今日も連絡無かったよ」
宿の受付で、宿屋の奥さんに申し訳無さそうに告げられて、俺は思わず唸ってしまった。これで、四週続けて授業が無いことになる。宿代は神殿が出してくれるし、食費など幾らもかからない。生活は問題ないのだけど・・。
「う~ん、明日から二、三日外へ出て来ます。この調子だと、もう帰って良いとか言われそうだから、素材集めとかやっておかないと・・時間だけ無駄にしちゃった感じになります」
「あはは、それが良いかもね。肉ならウチでも買い取りするし、商会に持っていったら良い値になる物もあるそうだよ」
「そうします。町中で訓練ばかりじゃ体がなまりそうだし・・」
「訓練って、地下室でカンカンやってるやつ?」
「はい」
「あんな黴臭い所で、よくやれるね。変な虫が出て来そうで、あたしは降りるのもごめんだよ」
宿の裏手にある古い酒蔵の地下倉庫には、さらに下にある下水道に繋がる縦穴がある。もう使われていないようだったが、昔はこの縦穴から降りて行って、下水のつまりや、壁の補修などやっていたそうだ。俺は暇を良いことに、一日中そこへ入り込んで訓練をやっていた。物音を立てても上まで響かないし、人目が無いので気楽なのだ。
「ははは・・」
適当に笑って誤魔化したが、確かに変なモノは棲み着いていた。無闇に怖がらせるのもいけないと思って、そっと退治をしておいたが・・。
(怨念の凝りが凄かったから、昔、この辺で何かあったのかもなぁ・・)
かなりの邪気を帯びた霊体だったので、先日、神殿で買い求めた聖水を剣に浴びせて斬りつけたら無事に祓うことができた。
「あ、忘れるところだったわ」
宿屋の奥さんが伝言が書かれた紙を渡してくれた。商人協会に依頼していた品が何点か入荷したらしい。
「・・まだ店は開いてますかね?」
俺は夕暮れが迫って来た外を眺めた。
「あそこは、何処よりも早く開いて、何処よりも遅くまで開けてるよ」
「じゃ、ちょっと行ってきます。食事は外で済ませてきます」
「はいよ。主人に言っておくよ」
奥さんに見送られて、俺は急ぎ足で商人協会が開いている市場の方へと向かった。
商会に依頼してあったのは、刺突用の細剣だ。
魔人との戦いで折れてしまったので、替えが欲しかった。今は、間に合わせで長剣を使っているが、やはり扱いに慣れない。
「依頼の品が入ったと聞いてきました」
店先で扉のつっかえ棒を外そうとしていた若い男に声をかけると、特に嫌な顔をすることもなく店に入れてくれた。
呼ばれて出て来たのは、片眼鏡をつけた見知った男だった。
「3本入ったんだけど、ちょっと古びててね」
「拝見しても?」
「ええ・・どうぞ」
男が台に並べてくれたのは、細身で少し弧を描いた刀身の片刃剣、両刃の決闘用の細剣、そして先端に向かって方錐状に尖った細剣だった。
最後の一本を見て、俺はほっと安堵の息をついた。
「そういう素直な反応を見せちゃ、足元を見られますよ?」
「え・・ああ、いえ・・そうですね。不勉強で」
「ははは、まあ、貴方のことは聴いています。仕入れ値に少し色をつけて貰えれば良いですよ」
「・・お幾らでしょう?」
「23ギィン・・滴銀なら切り上げで7粒といったところでどうでしょう?」
「鞘か・・鞘袋はありませんか?」
「革の吊りベルトならあったようですが・・」
「そうですか。少しバランスを見ても?」
「ええ、どうぞ」
許しを得て、俺は方錐状をした剣身が特徴的な刺突剣を手にとった。
理想的な形状なのだが、柄は後から継いだのだろう。持ち重りがして、しっくりこない。見るからに脆そうだが、貴族が決闘用に造らせたような華奢な見た目の細剣は、意外なくらいに造りが良かった。
「・・こちらは?」
「少し手の込んだ造りです。38ギィンといったところでしょうか」
「うん・・では、こちらをお願いします」
俺は一見すると、実戦では使い物にならないだろう貴族用の細剣を選んだ。
店を出たその足で鍛冶屋へと向かう。
「おう?もう火を落としちまったぜ?」
「ああ・・いえ、付与の手伝いをお願いできませんか?」
「付与?おめぇ、付与魔法使えるのか?」
「いえ、魔法の巻物を持っているんです」
「おお、珍しい物を持ってるな。それで、付与しろって言うくらいだ。素材もあるんだな?」
「三種になりますが・・」
俺は腰の布に巻いてあった、金属棒を三本取り出した。
聖銀と呼ばれる神殿で祝福された稀少銀、
「おめぇ・・」
鍛冶屋が思わず声を潜めたほどに、高価な品々ばかりだ。
俺は何も言わずに、書き付けを取り出して差し出した。それぞれ、これを購入した時に店で書いてもらった証書だ。
「・・・なるほどな。魔人とやり合ったてぇ、でたらめを聞かされて・・正直、眉唾だって酒の肴にしてたんだが」
鍛冶屋が唸った。
「やって貰えます?」
「おう、任せろ!滅多にやれねぇ大仕事だ。なんでぇ、ちと尻の穴がムズムズしてきやがったぜ!」
「巻物の使用者は俺に限定されちゃってるので、付与のタイミングを教えてください」
「分かった。炉を温め直すから飯でも食って来い」
鍛冶屋の親父が、太い腕を軽く回しながら鍛冶場へと引っ込んでいった。
俺のような若年に見える者が高価な品を持っていれば犯罪を疑われる。
なので、稀少銀などを手に入れた時、譲ってくれた人から事情を記した書き付けを貰っていたのだ。まあ、妖精銀は市場に出回るのでお金さえ出せば手に入る。魔晶石は石だとか鉱物だとか諸説あって幻の品と言われている。お金があっても入手は困難だ。
三種を混合して付与魔法で束ね強化することで、儀礼用の細剣が、しなるのに折れ難い、鎧遠しのように使える危険な逸品へと変貌する。
まあ、先日の魔人のようなのが出てきたら、また折られてしまいそうだが、並みの魔物相手なら問題ない。ただし、刺突に特化させる加工のため、切れ味の方は絶望的になるが・・。
(後は楯か)
持っていた円楯はヴィ・ロードの一撃をまともに受けて、ひしゃげて亀裂が入ってしまった。あれも、見た目よりは良い材質の盾だったのに・・。もう鋳つぶしても使い物にならないそうだ。加えて、兜も石が刺さり、内張の鉢金が窪んでしまっている。まあ、時間を見て、内側から叩いて何とかかぶれるくらいには直してあったが、お金に余裕が出来たら買い換えた方が良いだろう。なんと言っても、頭部を護る品だ。今回も、兜を被っていなければ地面の小石が直接頭蓋に刺さっていただろう。
(お金がいくらあっても足りないなぁ・・)
それなりに稼いでいるのに、いつも金袋がすっからかんだ。
(戦い方が悪いのかな?)
武具は大切にしているし、危険な戦いは極力避けているのに・・。
屋台で売られていた大ぶりな串肉を買って頬張りながら、俺は枯れ噴水の縁へ座って、町の周辺を描いた地図を拡げた。
「それ、あんたの手描きかい?」
町の警邏兵の若者が同僚の男と連れ立って近づいて来た。
この町の警邏番は、徴兵に応じた若者達によって担われている。二人とも、ここの住人だろう。
「うん、かなり適当だけど・・方向くらいは分かるかな」
俺は硬い肉をがんばって噛みながら頷いた。
「これ・・顎が鍛えられるね」
「ああ、あそこのを買ったのか。商人協会の脇に赤い軒の店があったろう?あっちのが美味いんだぜ」
まだ二十歳になってないくらいの若い方が教えてくれた。
地図がどうこうでは無く、見知らぬ顔にはそれとなく声をかける決まりなのだろう。ざっと俺の風体を見たようだったが、特に表情は変えなかった。
「そんな店、あったかなぁ?」
「陽がある内に行けば分かるさ」
「君・・たぶん、君のことだと思うけど、神官様が捜してたよ?」
もう一人は、二十代半ばを過ぎたくらいだろうか。何となくだが、妻帯者じゃないかな・・と思わせる落ち着きがあった。
「あれ?・・こいつ・・この人のことか?」
「神官様が?なんだろう?」
俺は食べかけの串肉を包み紙に戻して立ち上がった。
「ほら、召喚者の訓練ってやつじゃないか?」
「いやぁ・・あの仕事は無さそう。四週間、一人も希望者が来ないんだから」
俺は苦笑して見せた。
「そうなのか?」
「うん、何もしなくても、国王様が生活の面倒を見て下さるって話らしくて、わざわざ危ない事はやらないんじゃないかな?」
「ああ、あの話って本当だったんだ」
「俺も、ぼうっと待つのが馬鹿らしくなったんで、売れそうな獲物を狩りに行こうと思って」
俺は手描きの地図を折り畳んで上着のポケットへ納めた。
「神殿に行ってみる。どうもありがとう」
「ミューゼル様だったぜ?」
「ああ、だったら、本当に訓練の話かもな」
俺は軽く手をあげて二人と別れた。
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8月5日、誤記修正。
生活は問題なのだけど(誤)ー 生活は問題ないのだけど(正)
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