第134話 ストップ・ザ・センセイ

「いっぱい飛びましたねぇ」


 サナエが満足そうに笑っていた。

 言うまでも無い。

 血魂石を破壊した際に飛び出した光る玉の事だ。


 魔人の数も多かったし、覇王の上の煌王も来ているということで、ラースやバルハル、さらにはタロンの軍団まで起動させて取り囲んでいたのだが・・。

 

「・・雑魚だったな」


 これでは何の鍛錬にもならない。反撃を受ける事なく一方的に鏖殺してしまった。身内でやる模擬戦の方がよほど緊張感や充足感がある。


 だが、


「でも、かなり色々手に入りました」


 ヨーコ達は嬉しそうにしていた。


 光る玉は、オリヌシやアマリス達、さらにはラースやバルハル、タロンにも飛び込んで行ったのだが・・。


 そう・・だがっ!なのである。


(なぜだ・・?)


 俺に飛び込んで来た玉は1つだけだった。それも、付与・回 という恐ろしく地味なものだった。

正直、心底がっかりした。


 鍛錬によって地力の底上げはできるが、魔技や武技といったものは頭打ちになってしまう。この先を目指すなら、覇王だの煌王といった触れれば死ぬような雑魚を相手にしていても時間の無駄だろう。雑魚を相手にいくら強くても意味がないのだ。世界には、理不尽なほどに強い強者がひしめいている。こんな程度で足踏みをしている暇など無い。


「魔界とかに行ってみないと駄目かもな」


 つい思っている事が口をついて出てしまった。

 

 その呟きに、ぎょっと全員の視線が集まった。

 とりわけ、アイーシャの眼が食い入るように俺の顔に注がれていた。


「あ・・あんた、今・・なんて?」


「魔界?」


「・・・馬鹿なの?馬鹿なんだね?あんた頭おかしいよね?」


いきなり失礼な事を言い始めた。


「魔界なんて、人間が踏み入れるような場所じゃぁ無い! 悪魔が強いだ弱いだ言ってんじゃないよ? そもそも人が生きていける環境じゃ無いんだ」


「どんな場所か知っているのか?」


「知っているさ。昔、魔王の顔を拝んでやろうとか息巻いてた奴の嫁をやってたからね」


「空気が無い・・・とかですか?」


「ああ、あんた達なら分かるか。酸素が少ない世界なんだよ。当然、水も少ない」


耐性と魔法で命をつなぎながら、転移術でこちらと往き来しつつ攻略していこうという事になり、当時の仲間たち18人と共に乗り込んだが、生命力の減衰が激しく、生命を維持するだけで魔力量がいくらあっても足りない状況に追い込まれ、おまけに転移術を阻害する悪魔が出現して次々に仲間が命を落とし・・・。


「そんで逃げ帰ったのさ」


「悪魔というのは手強いのか?」


「さあね、全部の悪魔と出くわしたわけじゃ無いから・・・あたし達が遭遇したのは、せいぜい、煌王か・・貴王ってところだったね。ただ、なんて言うのかね・・多分なんだけど、あれは悪魔っていうより、悪魔に使役されてる人形だった感じだ」


「・・人形・・糸付きの?」


「あんた・・・あれを見たことがあるのかい?」


アイーシャが声を憚るように潜めた。

俺は、遭遇した悪魔について話して聞かせた。


「なるほどねぇ・・・ちゃんと実物を見て言ってんだね。馬鹿だと言って悪かったね」


「それは良いけど・・・煌王程度なら行くだけ無駄だな。耐性上げには良いかもしれないけど・・」


「煌王程度とか言っちゃう異常さを突っ込みたいところだけど・・・召喚されて2年目? 3年目だっけ? 馬鹿みたいに成長が早いね。いったい何をやったら、そんな事になっちゃうんだい?」


「日々、死線をくぐってるんですぅ~」


サナエの発言に、


「死線って・・」


 大袈裟な・・と笑いかけて、アイーシャが口を噤んだ。

誇張無しに、文字通り死の淵を彷徨っている少女達の凄惨な絵面が脳裏に浮かんだのだ。アイーシャの視線がリコからエリカ、ヨーコへと向けられて行く。どの少女も諦観したような微笑を浮かべていた。


「あんた・・」


アイーシャが俺の顔を見た。


「もうね・・なんて言うか・・まあ、良いわ。ちゃんと強くなってんだし、なんか大丈夫そうだからね」


 普通は心が壊れちゃうもんだけど・・と、ぶつぶつ呟いている。


「きちんと治癒をして、後遺症とか残らないように配慮してるよ?」


「あぁ、まあ、良いんだよ。この子達が受け入れてるっぽいし・・不憫っちゃぁ不憫だけど、こういうのは当人しだいからさ。外野のあたしなんかが、ぐだぐだ言う事じゃ無いからね」


「いや、だから・・」


「良いんだよ。もう、良いんだ」


「いや、あのな・・ちゃんと強くなってるだろ?」


「まあねぇ・・」


「先生が、身代わりの呪人形を作ってくれたんです!だから大丈夫ですよ!」


ヨーコが笑顔でフォローする。

致命傷を受けても1度だけ身代わりになって所持者の命を守るという魔導具である。


「・・・それ、ほぼ伝説の魔導具だから大っぴらに口にするんじゃないよ?」


 アイーシャが嘆息した。


「あ・・そうなんですか。まあ、そうかなぁ・・って、思ってましたけど」


「作り方が分かっても素材に辿り着けないもんなんだけど・・まあ、あんた達だからねぇ」


「アイーシャさんも作れるんですか?」


エリカが訊いた。


「そりゃ作れるさ。ただ、あれって面倒なんだよねぇ」


「先生は毎日くれてましたけど、やっぱり作るの大変なんですね」


「いや、魔導具造りの鍛錬を兼ねてるから問題ない」


 元々、他の魔導具を作る過程で思い付きで製作した魔導具だった。量産とまではいかないが、必要な素材は在庫があったし、代用できる品も揃っている。

 模擬戦は、殺すつもりで放つ技でないと意味合いが薄れるため、必要不可欠な魔導具となっていた。少女達は、常に複数個の呪人形を所持して模擬戦に挑んでいる。

 臨死体験を最も多くやっているのはサナエだった。続いて、リコ。それから、エリカ、ヨーコの順になる。

 サナエが回避行動を苦手にしているせいもあるが、回復役から狙うというセオリー通り、俺がサナエから仕留めていくから仕方が無い結果だ。


「まあ、持っていた方が良いのは間違いないんだけど・・あんたらの先生、魔界がどうとか言っちゃってるし」


「いや、魔界の鍛錬は効率が悪そうだ。他に程よい実戦場所があると良いんだけど・・」


「う~ん、こっちの世界であんた達の相手になるような奴となると・・・それも、繰り返して戦えた方が良いんだろうから・・」


 アイーシャが唇をひん曲げて考え込んだ。


「いや、そうか・・迷宮のような場所が良いんだね」


「そうだけど・・ただ、大亀の迷宮はもう素材採りくらいの役にしか立たないよ」


「東大陸の迷宮はどこを潜った?」


「大亀のところと、リン・リッド・・あとは霊峰跡地くらいかな」


「そうなると、東北部のアプレード迷宮、東のマノ遺跡・・西大陸なら、シーフォ流砂跡、旧帝都跡・・とか良いかもね。魔素が強くて普通じゃ行けないんだけど、あんた達なら関係ないだろ?」


 霊峰跡地、さらには地下の魔素溜まりを鍛錬場にしていたくらいだ。もう魔素の濃淡など関係ない。


「敵の程度は?」


「あたしが現役だった頃で言うと、リン・リッド、トンロン、マノ、シーフォ、アプレード、旧帝都・・って順だったかな?」


「トンロン?」


「ああ・・あんた達が大亀の迷宮だって言ってるところさ」


「迷宮というのは時間の経過で魔物とかが強くなったりするんですか?」


 リコが訊いた。


「短期間ではそんなに変わらないんだけどね。でも、百年単位くらいで観れば、じわりじわりと強さは増していくよ」


 アイーシャが迷宮に潜っていた当時からは数段強さを増している可能性が高いらしい。アイーシャの観察では、迷宮主は斃される都度、わずかだが強さを増して蘇るそうだ。


「・・なるほど」


 脳裏に、可哀相な大亀の姿が浮かんだ。

 もう何度斃したのかすら覚えていない。今では、地上への転移役として利用しているだけの"仕掛け"扱いである。


「リン・リッドは・・今更、行く気にならないし・・東の・・マノというのは?」


「マノビルって王家が管理している迷宮でね、兵士の鍛錬場として占有しているんだけど、迷宮主までは辿り着けてないんだ。せいぜい、100層に行ったかどうかってところだね」


「ふうん・・」


「西大陸のシーフォは流砂で地形がくるくる変化して面倒なんだけど、虫っぽい魔物が強くてね、落とす素材もそれなりに美味しい」


「・・アプレードは?」


「レンステッズ導校の転移門から移動した先にある迷宮さ。一応、厳重に封印されている事になっているけど・・まあ、ちゃんと裏口があって部外者だって中に入れるんだ。低層でも盟主並の強さをもった魔物が出てくるよ」


「良さそうだな」


 鏖殺特性による補正無しで、魔人を相手にする感覚だろう。先々の階層ではもっと強い魔物との戦闘が体験できそうだ。


「いいや、あたしがお勧めなのは旧帝都さ」


「どうして?」


「悪魔が支配してるからさ」


 アイーシャがニヤリと笑みを浮かべて見せた。


「・・ほう」


「この・・仮に人界って呼んどこうか。あたし達が暮らしている世界における悪魔達の橋頭堡・・こちらの人界と魔界を結ぶ境界門があるんだよ。迷宮ってわけじゃない。まあ、大昔の帝国の・・かつては魔導帝国と呼ばれていた大国の城だからね、魔導の仕掛けはあちこちにあるし、防衛用のゴレムも揃ってる。城壁も魔素を吸って修復するし・・自前の結界もそれなりさ」


 アイーシャが旧帝国について説明した。


「やけに詳しいな」


「まあね・・あたしが・・あたし達が滅ぼしたんだから。あたしや、当時つるんでた奴等を召喚しやがった国なのさ」


「ああ、そんな事を言ってたな」


「そんでもって、あそこにあった召喚陣をまるっと書き換えてね、悪魔を召喚する魔法陣にしてやったのさ」


「・・凄い」


 リコが感心したように呟いた。


「あの時は本気でこの世界に腹を立ててたからね。どうやって滅ぼしてやろうかって、そればっかり考えてたから・・まあ、別に後悔とかしてないよ?」


「それだけの魔導の腕があっても、送還・・・この子達を元の世界に戻すことは難しいのか?」


 俺が訊くと、


「難しいね・・10回に1回くらいなら、どこかの世界へ飛ばすくらいは出来ると思うんだけど・・・それがどこなのか・・そもそも、どの時代の何時なのか・・まったく操作できないんだ。こう見えて、それなりに元の世界に未練があってさ、なんとか戻りたかったんだけどねぇ・・当時は、召喚をやった帝国にその手の魔導が隠されてるんじゃ無いかって・・魔導師を捕まえて片っ端から拷問にかけたんだけど、どうにも出来なかった。そんで、腹いせに魔界に繋げてやろうかって・・悪魔召喚の魔導は存在したからね」


 アイーシャが苦笑しつつ首を振った。


「賢者とか呼ばれてたんじゃなかったか?」


「阿呆が勝手に呼んでるだけさ」


 アイーシャがふんと鼻を鳴らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る