第133話 前門の鬼、後門の鬼。

『霊峰跡地で、一つ目の覇王を斃した子が待ってるよ』


 枝の上にとまった瑠璃色の小鳥が囀るように言った。


「・・霊峰・・シンギウス山ですか」


 女のような細面の青年が物静かに呟いた。蝋細工のような青ざめた肌に、黄金色の長い髪が腰まで届いている。双眸の色は濃い紅色をしていた。

 肌身の色が違えば、エルフだと言われても信じられる、すらりと繊麗な容姿をしている。黄金で縁取りをされた長衣を纏っていた。これといって武装らしきものは身につけていない。

 周囲に居並ぶ魔人達が異形なだけに、際だった異質さを醸し出していた。


「何人かな?」


『1人さ。まあ、5、6人の協力者が追加されるかもしれないけど・・10人を超えることは無いね』


「へぇ・・人の子が、煌王の前に1人で立つつもりなのかな?」


『煌王、覇王まとめて相手にする気らしいよ。我等が騎士ナイト様は・・』


「・・笑えない冗談だね」


 青年の美しい容貌の周囲で小さく稲光が爆ぜた。柳眉がわずかに険しくしかめられる。


『まあ、会ってみれば本当に笑えなくなるさ』


 そう告げた小鳥めがけて黒々とした煙のようなものが噴きつけられた。

 枝ごと石にされた小鳥を見上げながら、蛇身の魔人が美青年を振り返った。手も足も無い完全な蛇身の頭部に、8つの人面が鱗のように浮かび上がっている。


「如何致します?」


『如何も何も、行ってみりゃぁ良いじゃないか』


 不意の声は、ひらひらと舞っている白い蝶々から聞こえてきた。


「・・・小賢しい術者めが・・」


『ふふん・・人間様は、小賢しいのが取り柄でね』


「その者の名は?」


『本人に訊きな。ちゃんと頼めば教えてくれるだろうよ』


「・・ふむ、そうですね。ですが、呼んでいるのは私です。どうして、その者が指定する場所へ行かねばならないのでしょう?」


『この森が焼けちまうからさ』


「ほう・・その者は森の守護者なのですか?」


『森の守護者はエルフだよ。で、あたしはお節介でしゃしゃり出てる婆さん。あんた達の相手をやるのは、花の妖精さんと愉快な仲間達さ』


「・・花の?それはまた・・希少種ですね」


『まあ、ぶっちゃけ罠を仕掛けて、不意打ちをやりたいってんで、霊峰跡地に誘うように頼まれてんのさ。素直に誘いに乗ってやってくれないかねぇ?』


「おやおや・・そのような事を言ってしまって宜しいんですか?」


『よろしいのさ。好きにしろって言われてんだから。霊峰跡地に来れば殲滅、来なければ、ここの森ごと殲滅・・・どっちにしても皆殺しにするから良いんだってさ』


「ほう・・」


『すまないね。覇王とかゴブリンくらいにしか考えて無い子でさ。煌王ってのは強いんだって何度も言って聴かせたんだけど』


「私を煌王と知って、その物言いですか。魔人の威も地に落ちましたね」


『・・ああ、駄目だ。時間切れ・・・来ちゃったよ』


「ん・・?」


『じゃあね、色男さん。顔をぶたないようにお願いしてごら・・』


 何やら言いかけた白い蝶を、全身に炎を纏ったような魔人が焼き払った。


「来た・・か」


 煌王が、美しい容貌を上空へと向けた。

 そこに、真っ白に輝く球体が出現していた。魔人にとっては苦痛に感じられる、肌身がひりつくような聖属性の輝きが辺り一面を照らし出し、みるみる巨大に膨張しながら落下してくる。


「人の身で、この聖光は・・たいしたものだが・・」


 煌王がほっそりとした手を振った。

 瞬間、黒々とした突風が巻き起こって上空を覆い包もうとする巨大な光塊を千々に砕き散らした。


「・・ん?」


 煌王がわずかに眼を眇めた。

 砕いた光塊がそのまま数千、数万の光る槍と化して降り注いできたのだ。

 

「面倒な・・」


 呟きながら、煌王が頭上へと両手を持ち上げた。

 瞬間、閃光が瞬いた。

 

 一瞬だが視界を潰された魔人達が不快げに眼を背ける。


「・・むっ!?」


 振り向くように身を捻りながら煌王が手を振った。その指先で激しい衝突音が鳴り、風切り音が煌王の左右を走り抜けていった。

 居並ぶ蛮王、狂王達が血煙をあげて腕を切られ、胴を切られて地面に転がっていく。

 それは、斬撃を飛ばすだけの単純な武技だった。

 上空の聖光で注意を引き、閃光による目眩ましからの、武技による不意打ち・・単純だが、その一つ一つが侮れない威力を持っていた。

 さすがに覇王達はそれぞれが武器を手に防いで無傷だったが・・。


 降り注いできた聖光の槍によって引き連れてきた魔人達が次々に斃れて灰になっていく。盟主以下の魔人など、このわずかな間で壊滅状態だった。

 狂王達ですら軽くない手傷を負ってしまっている。


「おのれっ!」


 火炎で身を包んだ魔人が怒声をあげて上空めがけて巨大な炎の奔流を噴き上げた。

 上空で散らせて周囲を火の海にしようというのだろう。

 だが、


「・・なにっ!?」


 空へ噴き上げたはずの火炎が跡形も無く消え去っていた。

 打ち消されたのでも、防がれたのでも無い。

 まともに浴びれば覇王ですら無事には済まないほどの火炎が、蝋燭の炎が風で消えるように、フッ・・・と音も無く消え去ったのだった。


「どうしました?」


 煌王の問いかけに、火炎の魔人が上空を凝視したまま小さく首を振った。

 分からないのだ。

 

 その時、また魔人達の眼前で強烈な閃光が瞬いた。


「同じ手を・・」


 煌王が軽く手を振って、襲い来る不可視の斬撃を打ち消した。

 直後に間を置かず、ほぼ同威力の斬撃が襲ってきた。


「む・・」


 煌王が不可視の斬撃を握り潰すように掌で受けながら、ちらと視線を足元へ向けた。

 いきなり、魔素の凝縮などの前触れも無いまま劫火が噴き上がった。

 煌王の身に届くほどのものでは無かったが・・。

 覇王達が舌打ちをしながら、防御の魔法を使って防ぎ止めている。

 

「気をつけなさい」


 煌王が覇王達に声を掛けた時、頭上から無数の黒矢が降り注いだ。

 覇王の肉体を貫通するほどの威力は無いようだったが、一矢一矢が重く、裂傷を負う覇王も居た。


「包囲して遠間からの遠距離攻撃ですか・・・人の身にしては、威力も申し分ない・・見事だと褒めてあげるべきですね」


 呟くように言った途端、


「ゥ・・ガァッ・・・」


 煌王が、華奢な身を仰け反らせて苦鳴を放った。

 信じ難い事に、腹部に大きな穴が開いていた。


「・・ど・・どこ・・から?」


 鮮血を口から溢れさせながら、呆然となった煌王の視界の中、大鬼のような巨漢と小柄な甲冑の騎士が姿を現し、長柄の武器を手にそれぞれ覇王達に向かって斬り込んでいった。

 応戦しようとする覇王達だが、煌王と同じように足元から触手らしきものに貫かれて動けなくなってしまった。巨漢の大剣が覇王の1人を斬り伏せ、小柄な甲冑騎士の長柄の武器がもう1人の覇王を殴り伏せる。さらに振りかぶって、倒れた覇王の首を半ばまで斬り裂いた。

 そのまま、この場に留まらずに駆け去って行く。


「貴様らっ!」


 火炎の魔人が声をあげて全身から炎を噴き上げた。

 瞬間、大気が色づくようにして巨大な粘体が姿を現すと、声を上げる間を与えずに火炎の魔人を包み込んでしまった。

 

「ぁ・・れは・・」


 炎を喰う神獣だと唇を震わせる煌王の目の前で、



 ・・ドシッ・・・



 残った最後の覇王が頭頂から叩き潰されて地面に飛び散った。


 音もなく姿を現したのは、漆黒の鬼鎧を身に纏った剣士だった。右手に細剣を、左手に騎士楯を持っている。


 斬り伏せられながらも何とか再生を試みている覇王達が、細剣で穴だらけにされて粉々になっていった。


「ゃめ・・ろ」


 煌王の絞り出した声も虚しく、覇王達の血魂石が甲高い呪詛の叫びを遺して貫き砕かれていった。

 

「魔界へ行く方法は?」


 鬼鎧の剣士が、細剣の切っ先を向けた。

 直後、腕が千切れ飛んだ。煌王は身を引き攣らせて苦鳴を噛み殺した。

 無様に悲鳴をあげるなど煌王の矜持が許さない。


 しかし、


「魔界へ行く方法は?」


 冷え冷えとした若者の声が訊ねてくる。鋭い細剣の切っ先が、もう片方の腕を指していた。

 そして、腕が千切れ跳んだ。


「魔界へ行く方法は?」


 細剣の先が、煌王の片足へと向けられた。


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