第161話 これ、どうしよう?
それは、伝承というほど確かなものでは無く、ただ細々と口伝されてきた物語だった。
「厄災種かどうかも怪しいんだけどね・・人外の・・人の手に負えないものだろうって事は確かだろうさ」
レンステッズ導校が、この場所に建てられた理由が、封印された何かがこの地にあり、監視をする人間が常駐する必要があったからだという。
「まあ、今となっちゃ、覚えている人間の方が少ないんだろうけど・・」
「カリーナ神殿はこの事を?」
「もちろん、知ってるだろうさ。直接、訊かれたりはしなかったけど・・あっちの方が古いことに詳しそうじゃないか」
「・・なるほど」
レンステッズ導校への救援に駆けつけたと聴いた時にも違和感を覚えていたが、知人に依頼されたからといって、あのリアンナ女史が足を運んだという事実が、どうにも腑に落ちなかったのだ。
「これ・・中に入っているのは、厄災種なんかじゃ無いな」
俺は、エイレン理事長が魔封棺と称している箱状の構造物を眺めた。
磨き上げられた黒曜石のように艶光りする、どこにも継ぎ目の見当たらない立法体である。一辺が50メートルほどだろうか、見た目の質感は石のようだが・・。
「厄災じゃなかったら、何なんだい?」
「取り扱いに注意が必要な何か・・だ」
俺の神眼でも見透せないが、中で強大な気配を宿した何かが息づいているのは感じられる。
(・・魔人の狙いは、こいつだったんだろう。カリーナ神殿も・・リアンナさんも、これを護るために来た? でも、ここは放置されていたけど・・別の何かがあるのか?)
しばし考えを纏めてから、俺は控えているゾール親子を振り返った。
「リリアン、夢を見た?」
ゾールの愛娘は予知夢を見る。危険を予知する夢だ。自身では無く、身近な人間に降りかかる災害を予知する。
「ううん、みてないです」
リリアンがおかっぱに髪を切り揃えた頭を振った。
「そうか・・」
ちらと見ると、凶相の父親も小さく首を振っていた。
特に変わった様子は無さそうだ。
「魔人はこれを狙って来たのかのぅ?」
オリヌシが漆黒の立法体を間近に見上げながら唸った。
「そうなんだろうな・・ただ・・」
これは、魔人の手に負えるような代物では無い。
少なくとも、あの時、攻めて来たような程度の低い魔人には・・。
理由を明確に説明できないのだが、どうも面倒な仕組みになっている感じがする。手出しをするなら、相当の覚悟でやらないと大怪我をしそうだった。
「魔神種か・・それの類する何かかな」
厄災種ならば、大きく育ったものだろう。幼体などでは無い。
「・・そんな物騒なものが封じられるのかい? どんな魔導で・・そもそも、誰がそんな事を? あたしらは、魔神どころか、魔人だって手に負えないってのに・・」
エイレン理事長が顔をしかめた。
「リコ・・」
「先生?」
並んで立っていた4人組がこちらを見た。
「ここの正確な位置は見えてる?」
「はい」
「レンステッズ導校との位置関係は?」
「直下・・80キロくらいです」
「仮に、ここで以前のような魔神と戦いになった場合、レンステッズにも影響があるだろうか?」
「・・ありそうですけど、どうかな?」
リコがエリカを見る。
「ここ狭いですし、私達の技・・たぶん地上まで貫通するよね?」
「う~ん、80キロくらいなら届いちゃうかもぉ~?」
「加減すれば・・でも、それだと戦えないかな」
ヨーコが腕組みをして考え込んだ。
「魔神種を相手に加減は命取りだろう」
「・・ですよねぇ」
ヨーコが笑った。
「場所を移すというのはどうかの?」
オリヌシが提案する。
黒い立法体を別の場所へ移動させてから戦端を開けば良いのでは・・という提案だ。
「なるほど・・」
「でも、この場所だから封印できたって・・そんな事ってありませんか?」
エリカが周囲を見回しつつ言った。
「ここが?」
「封印に適した場所とか・・封印に必要な何かがあるとか」
「何か・・か?」
魔素の巡りも濃さも、さして変わった感じはしないが・・。
「う~ん、確かに、お嬢ちゃん達が言うような何かがあるのかもしれないね」
エイレン理事長が言った。
「そうなのか?」
「・・何となくだけどね。これについて記した何かが無いか家捜ししてみるよ」
「そうか・・なら、今日の所は引き上げだな」
頷きながら、俺はリコとエリカを見た。
2人が即座に頷いて見せる。この場所を覚えたということだ。これで、いつでも舞い戻ることが出来る。
「魔人除けに、少し細工をしておこうか」
呟きつつ、俺は右手を床に置いた。
その場の全員の視線が勢いよく集まったが・・。
「よし・・」
俺はすぐに立ち上がった。
「先生、何をしたんです?」
ヨーコが興味津々訊いてくる。
「ちょっとした魔導の警報器だ」
これで、何処に居てもすぐに感知できる。
「ふうん・・警報器ですか」
小首を傾げつつヨーコが呟く。
「ここを狙って来るのが魔人ばかりとは限らない。レンステッズを中心に、防衛線を構築しておこう」
「先生・・懲りずに何か来たみたいです」
リコが上を見上げるようにして言った。
「何か? どこに?」
「レンステッズの街を目指して動いています。それなりの気配ですね・・私の眼を阻害して姿をぼやかしています」
かなり隠密能力に長けた奴が居るらしい。まあ、姿をぼやかされたところで、位置を把握しているのだから問題は無いのだが・・。
「へぇ・・」
それは、なかなか興味のわく相手だ。
「ひとまず、学校に戻ろうか」
俺の提案に、全員が素直に頷いた。
すぐにエリカを中央に集まって各人が無言で武装を確かめ始める。ここへ来る時に確かめているので不具合など無いのだが、戦いが予想される時には必ず装備を確認するように決めてある。
「あたしが言うような事じゃ無いんだけど・・・最悪、学区だけは残るようにお願いできないかねぇ」
エイレン理事長がどこか諦めた口調で言う。
「大丈夫ですよ。町を護るつもりです。ただ、相手が何かによりますけど」
エリカが、エイレンに向かって微笑みながら転移術を発動させた。
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