第160話 遺跡
レンステッズ導校の地下に転移装置があり、転移先にはいつの時代の物だか分からない、古びた石造りの遺跡があった。
ラースとバルハルを学園の護りに残し、他の全員で来ている。
学園側も、理事長を筆頭に、ミドーレという教員、ウージル・サホーズにサーセル・クーンという守兵長が同席していた。
「何かの魔導の装置が埋設されているかもしれない。魔力の使用は極力控えつつ、まずは全体の造りを把握、図面に落とし込むところから始めよう」
俺の指示を受けて、リコがゾールとエリカを相手に手順の打ち合わせを始める。
「その・・あたしらも参加して良いのかい?」
エイレン理事長が遠慮がちに訊ねると、
「もちろん。俺は、魔人達がレンステッズを襲ってきた本当の狙いは、これだと思っている。貴女達・・学園には何か資料が残っていないだろうか?」
俺は、繰り返し襲ってきた魔人達の狙いが何だったのかを調べていたのだ。ただの人間の町を襲うにしては、あまりにも規模が大きく、無駄な死を撒き散らしただけだ。
「・・確かに、あれはおかしかった。あたしも不審だったんだ」
「ざっと見た感じは建物に価値は感じないけど・・」
調べてみないことには判らない。
あるいは、ここからさらに別の場所へ転移される可能性もある。
「レンステッズに有益な物・・場所なら、このままレンステッズの管理下に置いてくれれば良いが、もし、何かの魔物か・・そうしたものを蘇らせるためのものだった場合は、俺達が処分する」
西大陸の旧帝都にあった魔導装置・・あれは魔神種を召喚するものだった。
「魔神種・・そんなものが蘇ろうとしたのかい」
エイレン理事長が目を剥いた。
実際には蘇ろうとした・・では無く、蘇ったのだったが。
「ここは、魔力を吸うような感じはしないけど・・魔人が求める何かがあるはずだ」
「そうだね・・そう考えるべきだ」
周囲を見回しつつ、エイレン理事長が頷く。
「ウージル、それから・・」
俺はウージルの少し後ろに控えている青年を見た。
「サーセルです。御師様」
「サーセルか。2人はエイレン理事長の護衛だ。何かが起こったとき、最初の一撃だけは何としても防げ。後は俺達の内の誰かが駆けつける」
「はっ!」
「先生、探索の割り振りが決まりました。開始して良いですか?」
リコが許可を求めてくる。
「やってくれ」
頷くと同時に、エリカ、ゾール、サナエ、ヨーコ・・と全員が無言で遺跡の方々へ散って行く。
リコだけが残って、紙面に絵図を描いていた。
「こんな時しかお話し出来ないから・・少し良いかい?」
エイレン理事長が話し掛けてきた。
「どうぞ?」
「その・・あんた達の・・いや、貴方の目的は何です?」
改まった口調、表情でエイレン理事長が訊ねた。
「うちの女の子達が、理不尽な暴力や権力に怯えず、自由に生きられるだけの力をつけさせることだ」
「・・いや・・それ、もう達成してんじゃ?」
横で聴いていたミドーレが小声で呟く。
「まだまだ・・魔人で言えば、煌王と戦える程度だろうし、魔神種に1人で遭遇すれば命を失う可能性がある。厄災種にしても、幼体なら片付けられるだろうが、育った個体が相手だとどうなるか・・」
全体に力の底上げは出来ていると思うが・・。成長した厄災種が相手では苦戦するだろう。まだまだ安心にはほど遠い。
「取り急ぎ、ヤガール王国には、この子達を召喚した責任を取ってもらおうと思っている」
「ヤガールが召喚した子達なのですか?」
「故意か、事故かは知らない。だが、ヤガール王国が召喚装置を使用して、69人を強制召喚したのは事実だ」
「69人っ!?・・それは・・」
エイレン理事長が絶句する。
「ああ・・召喚した以上、送還できる準備があるはずだ。それでなければ、ただの誘拐だからな」
「送還・・勇者の送還・・聴かない話ですね。おそらく、行われたという記録は無いはず」
理事長が聴く範囲では存在しない事例らしい。まあ、アイーシャが難しいと言うくらいだ。送還する装置があるとは思えない。おそらく、一方通行の拉致だろう。
「出来ないというのなら、ヤガール王国に責任を取らせる」
ヤガールの王侯貴族を根こそぎ狩って回るつもりだった。
「・・・他の子達はどうなったんです?」
「知らないな。俺は、うちの4人・・いや、最初に助けた時はもっと居たんだけど、天空人に4人殺されてしまった。俺自身、2人殺したし・・残りは59人か。隣国の兵に掠われたらしいから、全員がヤガールに行ったわけじゃ無いけど」
頭の中で起きた出来事を反芻していると、
「て・・天空人? 会ったのかい?」
エイレン理事長の口調が元に戻った。
「会うも何も・・あいつらの天空界へ行って来た」
ついでに城も一つ粉砕した。
「あ、あんた・・それ、とんでもない事だよ?」
「はは・・なんか、アイーシャみたいな事を言うな」
なんとなく、目を剥いて詰め寄る様子がアイーシャを想わせる。
「・・アイー・・賢者様のことかい? まさか、賢者様にも会ったことがあるって・・そんなはずが」
呻くように言いながら、エイレン理事長が顔を引き攣らせる。
「しばらく、家に泊めて貰っていた」
「聖女レインに、賢者アイーシャ・・女帝リアンナ・・あんたって、本当に何者なんだい?」
「俺は、シン・・花妖精種のシン・・だったんだけど、まあ色々あって、おかしなことになってるな。元々は転生者らしいけど」
厄災の子で、薔薇ノ王で・・グラスランナーで、転生者で・・。
「転生?・・あんたが?」
「たぶんな。リアンナさんとアマンダ神官長が言ってたから間違い無いだろう」
「・・魔聖アマンダまで知ってんのかい」
老婆の顔に驚きを通り越して、呆れた感じの疲労が浮かんでいた。
「いや、アレは・・あの人はあまり知らない。そんな二つ名があったのか」
ただの5歳児とは思わなかったが・・。
「・・ヤガールのことは分かったよ。もとから、あたしがどうこう言える立場でも無いし・・それより、ここは? レンステッズはどうなるんだい?」
「学校をどうこうするつもりは無いよ?」
「・・鼻持ちならない奴も居るが、一生懸命に頑張ってる生徒も多いんだ。できれば、学業を全うさせてやりたいのさ」
エイレン理事長としては、学園の存続は守り抜きたいようだ。
「レンステッズは中立都市・・どこの支配も受けないって事になってる」
表向きの事だけどね・・と、理事長が疲れた笑いを浮かべた。
学園を運営しつつ、周辺諸国の統治下に入らないようにカリーナ神殿の力を借りるような事になっているが、本来的には神殿の影響下からも独立しておきたいらしい。
「ふうん・・」
俺は、エイレン理事長の顔をまじまじと眺めた。
文字通りに吹けば飛んでしまいそうな老婆だが、腹を括った様子が双眸に表れていた。
「カリーナ神殿には"教導"という立場で参与して貰うことになってる。あたし達の身勝手な言い分をレイン司祭様が飲んで下さったのさ」
「それで?」
「あんた達も、学校を・・レンステッズを護ってくれないかい?」
「なぜ?」
俺には縁もゆかりも無く、何の思い入れも無い場所だ。ここを護って、俺に何の益があるというのか。
「ああ、言葉が抜けちまった。どういうんだい、これ・・・もうね、ぶっちゃけ、魔人とか襲って来れば、レンステッズの人間には防ぎようが無いんだ。魔物だけなら・・それも数百くらいなら何とかできるんだけどね。この前みたいな大軍が来たらお終いさ」
「俺に戦えと?」
ますます意味が分からない。
「あんた達の手が空いている時だけで良いんだ。有事の時に協力を要請できる先は一つでも二つでも多くしておきたい」
「対価は?」
「厄災種・・ってのはどうだい?」
エイレン理事長が挑むように真っ直ぐに見つめてきた。
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