第159話 北平原、異常なし!

 ラルード大平原に、カーゼス王国、シャーラ王国、トレーグ王国の兵士達が集結していた。速度を尊ぶということで、歩兵では無く、騎兵を中心とした編成となっており、数としては、わずか8千名程度である。


 狩弓で知られるシャーラの軽騎兵、トレーグの火炎魔導師団、カーゼスの土竜騎士団、そして飛竜騎士団・・。


 カーゼス王国は王子が遊学中、シャーラ王国は末姫と公爵令嬢が、トレーグ王国は宰相の次男、旧帝魔導師の長子がレンステッズに入学していた。

 そして、王族にあるまじき、聴くに堪えない非礼極まりない扱いを受けたのだという。

 護衛の騎士、隊士の大半が命を落とし、半狂乱になってレンステッズから逃げ戻って来たのだった。旧来、国境沿いで諍いの絶えない3国が、互いに共闘を申し出合い、わずか半月で遠征軍を編成、打ち合わせの通りにラルード大平原に集結を果たしていた。


 そして、全滅した。


 遠征軍の集結した大平原が炎上したのだ。

 それは予兆も何も無い、あまりにも唐突で理解し難い出来事だった。


 トレーグの魔導師団も何の前触れも感じられず、カーゼスの土竜、飛竜共に完全に虚を突かれたまま、炎に包まれて灰となってしまった。


 およそ、10キロ四方・・夏草の揺れる広大な草原が一変、灰褐色の乾ききった大地へと・・。


 いずれも各国の主力となる部隊である。

 短期決戦での勝ち戦を信じていたため、出し惜しみ無く戦力を投じた。

 それが全滅した。


 3国の王侯貴族が青ざめ、騒然となったのは言うまでも無い。


 レンステッズ導校に対して、正式に宣戦布告の文書を届けており、派兵の正当性を周辺諸国に向けて喧伝してある。今更無かったことには出来ない。なにしろ、周辺諸国の反対を強引に黙らせ、邪魔をすれば3国の合同軍が矛先を向けるぞ・・という恫喝まで行ったのだ。


 兵士は無限にわいて出るものでは無い。戦争の無い平時に兵として抱えているのは、地方領主なら50名足らず、戦争をする時には農民などから徴兵して数百名ほどに水増しをする。兵士の頭数が増えれば増えるほど給金が嵩むのだから、内情が豊かとは言えない地方領主にとっては、それが精一杯だ。農民の徴兵にしても、王都からの支援金を充てにして雇えるだけだ。募兵には時間がかかる。

 だから、今回の戦いでは、各王国の国王が直轄している騎士団、魔導師団を動かした。それでも楽に勝利できる目算だったから、王都を護れるぎりぎりの人数を残して、競うようにしてラルード大平原へと差し向けた。


 それが、全て焼失した。

 

 早馬や伝書鳩が周辺諸国を巡り、北の平原を中心にした諸王国が俄に緊張に包まれる。カーゼスも、シャーラもトレーグも、国を守る力を失ったのだから・・。

 虎視眈々と版図の拡大を狙っていた周辺の国々にとっては、これ以上無い好機である。

 ゲノール王国、サイゲン王朝、コショーン王国・・・レンステッズ導校へ祝辞を届ける一方で、軍事調練を行うという名目で、軍兵を国境めがけて移動させ始めていた。



****



「はいはい、ありがとうね」


 蕩々と祝辞を述べる使者を前に、レンステッズの理事長 エイレン・ホンスーンがウンザリした顔で生返事を返していた。


 もう何国目だか分からない。

 次から次に面会の申し込みが入り、断っても断っても使者が押しかけてくる。

 いずれも先勝の祝いと、共闘の申し入れだ。

 要は、勝ち馬に乗り遅れまいという涙ぐましい努力である。

 

「うちは、どことも一緒にやらないよ」


「そ・・それでは、孤立することになりますぞ?」


「孤立結構、大いに結構、ぜひ孤立したいもんだねぇ」


 投げ槍に答えながら、しっしっ・・と手を振って部屋から退出させる。

 ミドーレ、ボースンという高等教員、それにウージルとサーセルという守兵が見守っている。暴れようとすれば即座に取り押さえられ、外へ放り出される。強引な交渉は不可、面会時間は厳守、過剰な贈り物は廃棄・・交渉らしい交渉も出来ないまま、各国の使者が追い返される。


「やれやれ・・賑やかなことだね」


 エイレン理事長が、壁際に控えるように立っているウージルを見て苦笑した。


「お役目ご苦労様です」


 ウージルが折り目正しく一礼する。


「・・はは、本当に人が変わったようだね」


 エイレン理事長が軽く嘆息しつつ、机上の書状を開いて目を通す。


「それで、シン様はどうなんだい?」


「どうとは?」


「探し物は見つかったのかい?」


「さて・・それらしい話は聴いておりませんが」


「じゃあ、もうしばらく、レンステッズに居てくれるのかね?」


「それも分かりかねますが・・出立する時はお知らせ頂けるでしょう」


 達観した顔で、ウージルが告げる。


「・・できれば、この騒動が鎮まるまで御滞在頂きたいんだけどね?あんたからお願いして貰えないかね?」


「何かを依頼するなど畏れ多いことです。私の立場では・・」


 ウージルが苦笑しつつ首を振る。


「う~ん・・なら、そういう主旨でお会いしたいと取り次いで貰えるかい?」


「承知しました」


「・・おやおや、これはカーゼスからだよ。なんとまあ・・この後に及んで、降伏勧告みたいだね」


「さすがはカーゼス王・・まだ折れませんか」


「あんた、何か知ってるのかい?」


 理事長がウージルを見た。


「噂程度ですが・・あの国が飛竜を使役できるのは、成龍を飼っているからだと・・」


「成龍ね」


 理事長がふんと鼻を鳴らした。何も知らない以前ならともかく、今となっては龍など珍しくも無い。滞在中の御一行は幻のはずの巨龍を4頭も呼び出せるのだ。そして、その巨龍はなんら魔導的な縛りも無く、4人の少女達に従っているのだった。

 カーゼス王が成龍を頼みに強気に出ているというのなら、もうカーゼスに勝ち筋は無い。いや、シン一行が滞在している限り、元からカーゼスに勝ち筋など存在しないのだ。


「いっそ学園で教鞭をとって貰いたいね。これを機に、身分に甘えた生徒共を一掃しちまうってのはどうだい?」


 王侯貴族の子供達は揃いも揃って自意識が高く、見栄と自尊心で凝り固まっているため扱いが面倒で仕方が無いのだ。


「婆ぁさん、さすがに笑えねぇぜ・・・半分以上が居なくなっちまう」


 教師を務めるミドーレが呆れ顔で言う。


「理事長とお呼び・・ったく、いつまでたってもクソガキのままかい、ミドーレ坊主は」


「そうは言ってもよぉ・・もう、これで染みついちまってるからよ」


「あれそうかい?・・シン様の前じゃ、貰われてきた子猫より可愛いそうじゃないか?」


「そりゃ言いっこなしだぜ・・あの人を前にしたら、生きた心地がしねぇんだよ。しょーがねぇーだろ」


「まあね・・おまけに、聖女様のお知り合いで、リアンナ様のお弟子さん・・もう、これ以上無いくらいの危険人物だね」


「だろ? 婆ぁさん、あの人にゃ逆らったら駄目だぜ?」


「当たり前だよ。誰が逆らったりするもんかい。あたし1人ならともかく、そこいらじゅうが丸ごと消されちまう。そんな危ない橋は渡れないよ」


「本当に頼むぜ。俺は家を買ったばかりなんだからな」


「五月蠅いねっ! 何が家だ。嫁もいないってのに、家だけ買ってどうすんだい?」


「っせぇな! 小さくたって、良い家なんだ!」


「・・ったく、どうしようもない子だね」


 エイレン理事長が嘆息したとき、扉が軽くノックされた。


「誰だい?」


「エリカです。今良いですか?」


 扉越しに聞こえてきたのは、最重要人物の連れている少女の1人だった。

 ウージルが大急ぎで扉に飛びついて、内側へ引き開ける。


「良かったんですか?何か相談してたんじゃ?」


 居並ぶ面々を見回しつつ、エリカが理事長室へと入って来た。


「あなた達の訪問を差し置いて話し合うような話題はありませんよ」


 ウージルが低頭する。


「先生からエイレンさんとウージルさんを呼んでくるように言われて来たんですけど・・あ、もちろん、他の人も一緒に来て貰って大丈夫ですよ?」


「すぐ行くよ。どこへ行けば良い?」


 エイレン理事長が席を立った。


「転移しますから、私の体に掴まって下さい」


「転移かい・・伝説の秘術を体験できるとは嬉しいねぇ。どこへ連れて行ってくれるんだい?」


「学校の地下・・かな? 結構、深い場所なんですけど。遺跡みたいな・・人が作ったような施設を見付けたんです」


「・・なんだって!?」


「ここの地下に、そんな場所が?」


「学校の持ち物だろうし、扉を開ける前に理事長さんとウージルさんに立ち会って貰おうって事になって・・あ、できたら、調査したり記録したりが得意な人とか一緒に来て貰えると良いんですけど」


「それなら、この婆ぁさん・・じゃなくって、理事長が得意だ・・です」


 ミドーレがエイレン理事長を指さす。


「そうですか。それなら良いですね。何か準備がいります?」


「記録用の魔導具を持参したいね。10分ほど待って貰えるかい?」


「ちょっと訊いてきますね」


 言うやいなや、エリカの姿が掻き消えた。

 声を掛ける間も無い、一瞬の事である。


 そして、


「大丈夫みたいです。少し冷えるみたいなので、外套も用意して置くようにと言われました」


 わずかな間を置いて、再びエリカが戻って来た。

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