第145話 妖精が来た!

「見付けたっ! 花の人っ!」


 いきなり耳に響いてきたのは、若い女の声だった。

 肉声では無い。遠話のような魔導を使った声の伝達のようだった。


「今のは・・?」


 その場の全員に聞こえたらしく、全員の視線が俺に向けられていた。バルハルが背負っている館の中、ちょうど昼食を終えて各自が思い思いに過ごしていたところだ。

 俺は居間で本を読んでいた。

 

「誰だ?」


 俺は顔をしかめつつ、近くに居たエリカに訊いた。


「どなたでしょう?覚えが無い・・ですよね?」


「無いな・・この声・・エリカ達と同い年くらいかな?」


「そんな感じですかね・・リッちゃん?」


「わたしも知らない。でも・・先生を花の人って呼ぶから・・」


 リコが首を傾げつつ、ふと何かに気付いたように窓を開けて外を覗き見た。

 その視線の先に、高速で飛んでくる光の玉があった。


「先生・・」


「・・似たような奴は見たことがあるけど」


 かなり前になるが、東大陸の奴隷市から鳥籠に囚われていた羽根のある小妖精達を助けた事があった。


「助けてっ! 花の人っ!」


 大声で助けを求めながら開け放っていた窓から文字通りに飛び込んで来た。

 

「大変なんだっ!」


「・・・いきなり何だ?」


 俺は眼前すれすれに突進してきた小妖精に向けて掌を差し出した。すぐに意図を察して、小妖精がひらりと掌に降り立つ。


「女王様が食べられちゃう! 助けてよっ!」


「鳥にでも捕まったのか?」


「ち・・違うよっ! 何か・・魔物の親分っぽいやつなんだよっ!」


 人間なら14、5歳といった容貌の小妖精が、小さな手足を上下させて懸命に訴えかけてくる。


「魔物?」


「他の妖精の戦士にも応援に来て貰ってるのに、どうしようもないんだ!」


「・・ふうん」


「ねっ? お願いっ! 里のみんなを助けてよっ!」


 まくしたてる小妖精を俺はしげしげと見つめている。どうしても顔を思い出せない相手だった。


「よく俺を見付けたな」


「良い匂いがしたんだ。花の人の匂い!」


「・・匂い?」


 俺は本に栞を挟んで閉じると、自分の身体を嗅いでみた。清浄の魔法を使っているから汚れているという感じはしないが・・。


「薔薇の香りですよ」


 エリカがどしどしと何かの生地を叩きながら言った。お菓子を作るとか言っていたが・・。


「薔薇?・・いや、俺は香水とか付けないぞ?」


「匂いというか・・魔素のような、霊気が香る感じ?・・なんです」


 リコが淹れたての紅茶を手にソファーに腰を下ろした。


「パパ、トテモ、イイニオイ」


 タロンが、紅茶のポットを手に漂うように浮遊してくる。


「霊気・・自分だと良く分からないな・・花の匂いなのか?」


「薔薇ですね」


「薔薇です」


 リコとエリカがきっぱりと断定する。


「・・そうなのか」


 なんとなく居心地の悪いような気分になりつつ、掌に載せた小妖精へ意識を戻した。


「おまえ、名前は?」


「ヨキよ。花の人は?」


「シンだ」


「シン・・助けて下さい!」


 小妖精が掌の上で頭を下げた。


「魔物を斃すくらいなら良いが、その後の面倒までは見れないよ?」


「そ、それで十分よっ! 魔物さえ何とかしてくれたら良いのっ!」


「よし・・どっちだ?」


「え・・と、ここからだと真西・・それで途中で結界をくぐるの」


「そうか。リコ?」


「・・西に80キロほどで・・岩混じりの断層帯が壁のようになっています」


「すっごい! 見えるんだ! そこよっ! そこに結界があるの!」


「エリカ?」


「う~ん・・安全を見て、5回くらいに別ければ・・」


「まあ、待て」


 俺は、タロンが注いでくれた紅茶を飲みながら、手に乗っている羽根妖精を神眼で鑑定した。


 直後、右手から飛びたとうとした羽根妖精を俺の左手が掴み獲っていた。



 ・・・ゲッヒュゥゥゥーーーー・・



 小さな身体から絞り出された呼気が妙な音を鳴らした。

 

「上手く化けた」


 俺の神眼が"双"止まりだったなら見破れなかったのかもしれない。だが、今の神眼は"千"だ。


 固有名は、ピューダ・オルジャル。種族は、上級悪魔となっていた。


「シン・・魔族に仇成す者・・我が呪詛が届かぬか」


 呻くように言った羽根妖精・・だったものが、ゆっくりと崩れるようにして姿を変えて、青黒い肌身をした頭の大きな軟体になっていた。どこか、海のクラゲを想わせる形になったピューダという悪魔を、俺の左手はしっかりと掴んでいる。


「その小妖精に化けたのはいつからだ?」


 操辱・指による尋問を仕掛けてみる。


「・・初めて貴様に会った時からだ」


 虚ろな声で答えた。操辱が効いたらしい。


「だが、あの時の妖精とは姿が違う」


「・・同じ籠に居た」


 鳥籠から助け出した小妖精のどれかに、この上級悪魔が化けていたらしい。しかし、わざわざ、籠に捕まっていたのは何故だろう?


「なぜ、あの場に・・奴隷市に紛れていたんだ?何の目的で侵入していた?」


「・・・種の育成と・・回収」


「種・・ああ、厄災種か」


「・・そう、貴様達が厄災種と呼ぶもの・・災厄の種」


 厄災種というのは、色々といわくのある存在らしい。


「今、わざわざ俺に捕まりに来たのは、どうしてだ?」


「・・位置の特定と捕縛針の打ち込み」


「ふうん・・?」


 転移のための座標特定を終えたということは・・。

 

「エリカ」


「はい!」


 エリカが対転移術用に準備してある返しの呪を起動させる。こちらへ転移をしてくる存在を、そのまま不特定の座標へ乱れ飛ばす術である。


「敵ですかぁ?」


 仮眠をとっていたサナエとヨーコがアマリス達と連れ立って姿を見せた。


「上級悪魔だそうだ」


 俺の左手に握られて声にならない擦過音のようなものを口らしき部位から漏らしながら、青黒い軟体生物が干涸らびて砂状に崩れ始めた。


 あるいは、誰か別の人間の手に掴まれたのなら逃れ出るなり、反撃するなり出来たのかもしれない。しかし、よりにもよって、俺の左手は悪魔にとっては最悪の相性である。


 やがて、大量の熱が身体に流れ込んできて魂石が手の中に遺された時、


「・・来ました」


 エリカが呟いた。

 窓の外に見える風景が大規模な転移によって歪んで見える。本来なら、転移からの急襲で一気呵成に攻めてくるところなのだろうが・・。

 エリカの反呪によって、あらぬ所へと飛ばし返される。


「リッちゃん?」


 サナエがリコの顔を見る。


「見えた・・大まかに7地点・・82体」


 リコが宙空を見つめたまま、サナエの背に手を当てた。


「見えるっ! 私にも見えるぞっ!」


 サナエが妙な口調で騒ぎながら片手棍を頭上へと突き上げた。


「ホォォーーーリィィーーーー・・・メテオォーーーシャワァァーーーー」


 サナエの声が居間に響き渡った。

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